彼女は魔法を信じない

貞治 参が書いた小説集です。

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[6分で読める] 化学部には客が来ない [短編小説]

掌編・短編小説

「お客さん、全然来ないねー」

「来ないねー」

 香川瑠衣は丸椅子に腰を下ろし、すべすべとした黒い机の上で頬杖をついていた。左肘がひんやりと冷たい。目の前にはレモンが一個置いてある。

「何で来ないんだろーねー」

「何でだろうねー」

 瑠衣は左手に頰を乗せたまま、ちらと視線を右に向けた。教室の前方。適当におうむ返しを繰り返し、やはり瑠衣と同じようにぼうっとしている前橋隆がそこにいた。椅子に座り、教壇に突っ伏している。瑠衣たち普通の高校生には珍しい白衣姿だ。

 教室の外は、音と色が混ざり合い、雑多にわめき合っている。

 どこかからかくぐもったリズムと嬌声が響いてきた。講堂で、ライブでもやっているのだろう。激しい曲調、ときたまシャウト。瑠衣の知らない曲だった。ぜんぜん興味がわかない。なんであんなので盛り上がれるんだろ。なにがそんなに楽しいんだろ。ていうか、なんかだるい。

「客寄せとかに行ったりしないのー」

「行ったりしないー」

「なんでー」

「めんどいからー」

 それでいいのか化学部部長、と思わなくもない。

 右手を伸ばし、実験台上のレモンをつかむ。冷蔵庫から取り出したばかりなので、掌がヒヤっとする。冷たいレモンって、酸っぱさが増してそう。思い切りかじって見たい気もする。口を開けてレモンの黄色い曲面に歯を立てる。思いっきり歯を立てる。ガリっ。爽やかな香気がブワッと広がり、口から鼻へと突き抜ける。冷たい透明な汁が果皮から滲み、歯を伝う。舌にキリリと刺激を残して、喉に流れる。くん、と飲み干す。

 まあ、かじらないけど。実験道具だし。想像だけで、口がすぼんだ。

「やっぱりあれかなー」

「あれだねー」

「パンフかなー」

「パンフだろうねー」

 前橋隆は、のそりと上体を起こした。教壇にポンと置かれていた青い表紙の小冊子に手を伸ばす。あくびをしながら、パラパラめくる。パフと閉じる。

「やっぱり載ってない」

 瑠衣のパンフも、隆が言った通りだった。化学部の出し物が記載されていないのだ。

 当然、化学部は文化祭の出し物申請について、正規の手続きを踏んでいた。実行委員会の了承も得ている。パンフ用の紹介シートも隆が作成し、委員会に手渡ししたと言っている。それなのになぜか、化学部のページだけが抜けている。いや、化学部だけなのかどうかはわからない。他にも、申請したにも関わらず載ってない部活があるかもしれない。

 まあ、とにかく、これは実行委員会の不手際なのだろう。この手落ちのお陰で、在学生はおろか一般のお客さんも、ここ化学実験室で開催されている化学部の出し物の存在に気づいていないはずだ。

 ただ今のところ、弱小部だし、部長があんまりやる気ないので、ま、誰も来なくてもいっか、という雰囲気にはなっている。文化祭のための準備も実験器具と材料を用意しただけ。レモン電池とスライムとスーパーボールとつかめる水。この実験室の入り口に看板だけ設置されているが、白い模造紙に「化学部こちら」と書かれただけの簡素なもの。室内の装飾は皆無。利便性と安全性に考慮されたいつも通りの化学実験室。実験説明書なんかもない。部長の頭の中にはあるらしい。

 あ、曲が終わった。拍手と歓声。次は知ってる曲かな。どうでもいいけど。

 廊下の向こうからは再びざわめきが聞こえて来る。四組のお化け屋敷へどうぞー、写真の展示やってまーす、くつろいでいきませんかー、八組の映画はこちらでーす。張り切った声の客寄せに交じって、ときたま馬鹿笑いが起こる。そうかそうかそんなに楽しいのか。子供も生徒も大はしゃぎだ。

「でもさー、」

 瑠衣は言いながら開け放っているドアの方を見た。実は全く客の姿が見えないこともない。たまーに、ちらちらと人影が見えるのだ。多分、校内を彷徨いているうちにたまたま化学実験室の前までたどり着いたのだろう。

「すぐそこまで来てるお客さんもいるのに、なんで入って来ないんだろうねー」

「なんでだろうねー」

 隆は教壇の上に組んだ腕を載せ、そのうえに顎を載せて瑠衣の方をぼんやりと見ている。

「部長にやる気があるように見えないからかなー」

「見えないからかもねー」

 分厚い、黒いカーテンは閉まっている。外の様子は見えない。あの方角。思考は自分の家へと飛んだ。ああ、早く終わらないかな。帰りたい。ベッドに転がりたい。ベットに乗ってドロドロになりたい。文化祭なんてやりたい人だけがやればいい。横になって、ただ外から眺めていたい。でも、まだ身体はここにいる。硬い丸椅子に座っている。机に頬杖ついている。ぬるくなったレモンを弄んでいる。

「あのー、すみません」

 ハキハキとした声。誰か来た。ドアを見る。私服の、大学生っぽい男性が突っ立っていた。黒い、縁の厚い眼鏡をかけている。

「はい、どうぞ」

 隆は、さっきまでのだらけ具合はどこへやら、立ち上がりテキパキと来客対応を始めた。にこやかなスマイルまで浮かべている。さすがだ、化学部部長。

 瑠衣も背筋を伸ばした。伸ばしただけで何もしない。椅子に座ったまま、ただ身体をよじり、目線だけは男と隆の方を向いている。

 初めての客。開始から一時間くらいは経っている。ここまで客が来ないと、男は一体何しにここにやって来たのだろう、と疑問に思ってしまう。いや、多分出し物である化学実験に興味があって来たんだろうけれども。

 隆の流暢なレクチャーの元、男はレモン電池を完成させた。大学生にとってこの実験は簡単すぎるのでは? と瑠衣は思った。でも、男は笑顔を浮かべているので、きっと満足しているのだろう。その笑顔を見て、その瞬間だけ、瑠衣の心は少し軽くなる。立ち去り際、男はスッと自分のパンフを部長に差し出した。

「お願いします」

 なんのことだろう、と一瞬思ったが、隆が取り出したものを見て合点がいった。

 伊那部高校文化祭には、毎年恒例の行事、スタンプラリーがある。各部やクラスの出し物を周り、スタンプを集めるのだ。集めた数に応じて、ささやかな景品が実行委員会から貰えるらしい。

 隆にポンとスタンプを押してもらった男は、礼を言い、入り口から出ていった。

 と、思いきやヌッとドアから顔を出し、こう尋ねた。眼鏡が光った気がした。

「こちらの部員さんはお二人だけですか?」

 隆が答える。

「部員は僕だけです。そこの、彼女はお客さんです」

「そうですか。他には部員はいない、お一人だけ?」

「――いえ。確かもう一人いた気がしますが、部活動に参加しているわけではないので、幽霊部員ですね」

「ご丁寧にありがとうございます」

 男が頭を引っ込めた。

 と、思いきや、再びヌッと現れた。

「なんか、卵の腐ったような匂いがしますが、大丈夫ですか?」

「ご心配なく。腐った卵の匂いです」

 男は今度こそ去っていった。

 瑠衣はすんすんと鼻を動かした。何も臭わない。ていうか、鼻が詰まっていて、うまく息できない。

「変な匂いしてるのー?」

「うん、朝からね」

 なんともない様子で隆は答えた。

「昨晩は何もなかったはずなんだけど、朝、来てみたら腐った卵が入り口前の廊下に置いてあった。その匂いがまだ残ってるんだと思う」

 うえー、腐った卵置いてくとか何がしたいんだ、その犯人は。

「あ。だから人が入って来ないのかなー。変な匂いするから。ねー、これってもしかして嫌がらせじゃない?」

「わからない。あるいは、これは実行委員会の仕業かもしれない」

「なんで、実行委員会がそんなことするのー?」

「さあ。化学部に客が来て欲しくないのかもね」

 隆は肩をすくめた。

 瑠衣は伸ばしていた背筋を屈め、もう一度すんすんと匂いを嗅ぐ。何も匂わない。

 時計を見る。そろそろ時間だった。クラスの手伝いに行かないといけない。とたん身体が重くなった気がした。

 最後にもう一度、レモンに触れる。触感でまだ瑞々しいレモンを味わう。なぜかわからない。だけど、今日はレモンに触れていたい。

 ひとつため息をついて、瑠衣は椅子から立ち上がった。


[4分で読める] ノーネクタイの男 [短編小説]

掌編・短編小説

「ところで、あそこにいる彼は、一体なぜ一番上のボタンを留めているのだろう?」

 学会の懇親会会場で私と会話していた教授は、唐突に話を区切り、どこかを指し示した。私も振り返って見る。視線の先には同期の柏がいた。水色がかったカッターシャツにベージュのスラックス。確かに、ボタンを全て閉めている。ノーネクタイだ。

「オシャレか、フォーマルのつもりでは」

 教授は唸り、柏の腰のあたりを指した。

「だが、彼はシャツをズボンに入れてない」

 なるほど、だらしない印象だ。チグハグでオシャレとも言い難い。

「彼はいつもあんな格好かね?」

「いいえ。今日だけ何か理由があるでは? 首のキスマークを隠したい、とか」

「なるほどね」

 言いつつも、教授はまだ納得はしていない様子である。視線を柏の方から外さないまま、しばし黙り込んだ。突如、再び話し始める。

「彼、何か落ち着かない様子だね。シャツのボタンをいじっては頻繁に視線を動かしている。……彼のボタン、変ではないかね?」

「黒色のボタンを白い糸で留めてますね」

「ここからではよく見えん。よし、君、彼に話し掛けたまえ」

 変なことにこだわるものだ。そう思いつつも、私は柏のほうへと向かった。教授も後ろからついてくる――。



「上の空でしたね。何かわかりましたか」

 私と教授は柏との短い面談を終えて、元の場所へ帰ってきていた。

「ああ、四つ穴ボタンの留め方が奇妙だ。

 四つ穴を右上から時計回りに一二三四と名付ける。普通ボタンの表に見える糸は一二・三四と平行に結んでいるか、あるいは一三・二四と斜めに結んでいるかのどちらかだ」

「確かに、私のシャツのボタンはそうですね」

 私は自分のシャツを引っ張って確かめた。

「彼の七つのボタンはそうではない。それぞれバラバラ、中途半端なつけ方だった」

「奇妙ですね」

「……君、そこで、私は考えたのだが。あれは暗号ではないだろうか?」

 突拍子もないことを、教授は口にした。

「四つ穴ボタンを一つ留めたとき、表に見える糸のパターンの数を計算してみたまえ」

「そうですね……。穴のペア一つのみでボタンを留める場合、一二、二三、三四、四一、一三、二四の六通りです。次に二つのペアだと、六個から二個を選ぶので、十五通り。三つで二十通り、四つで十五通り、五つで六通り、六つで一通り。合計して六十三通りです」

「ボタン七つで?」

「六十三の七乗……。途方もない数です」

「情報伝達には十分なパターン数ではないか」

「確かに、暗号化の方法を決めておけば、あらゆることを伝えることが出来そうです」

「そうだろう。柏くんはきっと、重要な情報を誰かに伝えたがっているのだ。一番上から、一二・二三・三四で上に開いたコの字、一二・三四で縦棒二本、二三・三四・四一で右に開いたコの字、二三・三四でL字、次も同じくL字、一二・二三・三四・四一でロの字、最後は三四で左側に縦棒一本。これさえ解ければ、彼の目的がわかるかもしれん!」

 私はため息にも似た相槌がこぼした。

「先ほどからキョロキョロあたりを見渡しているのは、相手が見つからないか、相手を知らないかのどちらかだろう。

 彼は今、ある組織にマークされているのだ。だからこのように回りくどい方法で情報を伝達せざるを得なくなった。ずっと見張られているのかもな。

 さあ、これで、ノーネクタイの男の謎が解けたぞ。ボタンを閉めていない理由も、シャツをインさせていない理由も明らかとなった。全てはボタンを見せるためだったのだ」

「……そうですね」

「どうしたのかね、君? まるで呆れたような顔をしているが……」



 私は彼女に、件の暗号について話してみた。

「面白いわ。ボタンを全部閉めているという観察事実から、暗号の存在まで見抜くなんて。でも、実際のメッセージは教授の考えよりもずっと単純なんじゃないかしら」

「どういうこと?」

「暗号を上から並べて描いて、上から一つ目と二つ目、三つ目と四つ目、六つ目と七つ目をつなげるじゃない? そうすると……」

 HELPという英単語が浮かび上がった。

「助けてほしかったんじゃないかな、教授みたいな人に。ところで、柏さんのその後は?」

「警察に拘束された後に失踪、今は行方不明」

「怖いわね……。柏さん、無事かしら」

[中編] 禁忌の呪文、魂の行方( 13 of 13 )

[中編] 禁忌の呪文、魂の行方

「私の身体が魂を失っていた間、その魂はどこへ行っていたのか? 実際に、ヒトカタ化された私にはわかるわ。今度はその話をしましょう」
 心ここに非ずといった感じのヒコサだったが、パレットの声は聞こえているようだ。かすかにうなずいたのを確認すると、パレットは話を始めた。
「魂の行く先はね、『可能性の海』なの」
 ヒコサがピクと反応した。おうむ返しに応える。
「可能性の、海……?」
「そう。そこではね、あらゆる魂の可能性だけが彷徨っている。そのほとんどを占めるのは、現実に生まれてくることのなかった魂たちよ。私たちみたいにこの世に生を受けることのできる可能性は、ほんの一握りなの。その生まれる魂の特徴というのは、考えることができる、ということ。逆に言えば、大部分の魂は考えるということができないの。だから、こっち側の世界には普通はやってこない。そのままでは生きていくことができないから。
 その海では、時間の概念はなかったように思うわ。一秒しかいなかったような気もするし、数百年くらい長い年月の間そこにいたような気もする。だけど、その間、私はいろいろな魂の可能性を見てきたの。さっきも言ったけれど、そのほとんどは考えるという重要な特徴がないから、覗き込んでも私は何も感じなかった。それらの魂には感情すらないもの。だけど、極まれに人として生きる可能性の高い魂に出会うこともあった。あるときはその魂の夢を覗いたわ。またあるときは、非言語的で理解できなかったけど、なにかとても優れた理論を描いている魂もいた。さらに別の魂は、強く激しい想いだけを持っていた。
 私は思ったわ。生を受けるって、それだけで素晴らしいことなんだって。別に他の生まれてこなかった魂たちを下に見ているわけではないの。ただ、生まれてくるっていうのは、本当にたまたまなのね。圧倒的に確率が低い。生まれてきて必ずその魂が幸せになれるとは限らないし、その寿命を全うできるわけでもない。だけれど、生まれてきたからには、精一杯生きなきゃって思うの。生まれてこなかった魂たちのためにもね。
 私、色々と変わったと思う。ヒトカタ化される前の私と、今の私。『可能性の海』に行って、あらゆる可能性を見てきて、色んな知識も身についた。様々な価値観もね。そうでなきゃ、こんなふうに落ち着いて話してなんかいられないわ。きっと昔の私ならまずパニックに陥ったことでしょうね。ショッキングな出来事があまりに起こりすぎていて。でも、今の私は大丈夫」
 ヒコサも徐々に落ち着いてきたらしい。顔をパレットの方に向け、真剣に話を聞いている。今パレットが話していることは、ヒコサだけでなく東の国がついぞ到達することのできなかった世界なのだ。魔法の概念のみならず、あらゆる学問の根幹を揺るがしかねない事実だった。
 「ここまでの話で、もしかしたらヒコサにも見当がついたかもしれない。結局、石板の魔法とは、ヒトカタ化とは、なんだったのかという問題について。『星と魂の交換説』は間違っているけれど、擁護するのなら『魂の交換』という部分だけは合っているの。つまりね、現実世界に存在している生き物の魂と、『可能性の海』に存在している魂を交換するのが、その魔法なの。ヒトカタのように術者の指示に従う、まるで操り人形みたいな生き物が誕生してしまうのは、さっきも言った通り、その魂には考えるということができないから。パピル語を通じて命令を受け取ることはできるけれど、それがどういうことであるのかは一切考えない。魔法の力でただただ動くだけ。そんなふうに生まれてこなかった魂を連れてきて、奴隷のように働かせるのって、どう思う? それからせっかく生まれ出でた魂を『可能性の海』に帰してしまうのって、どう思う?」
 パレットはここまで、目を伏せながら語った。
 単なる生死の問題ではない。非常に高尚ではあるけれども、現実世界しか知らない人たちにとっては、取っ掛かりさえつかめないと思われる哲学的で空想的な話。それをヒコサがどのように受け取っているのか、興味を持って顔を上げると、ヒコサと目があった。食い入るようにパレットの瞳を覗いているようだ。
 見覚えのある表情だった。ヒコサが必死で何かを考えているときの顔。脳ばかりを働かせて、顔の筋肉は一切変化を起こさない。ただ話だけはちゃんと聞こえているようなので、パレットは続きを語り始めた。
「いつものように『可能性の海』を彷徨っていたら、突然光の道が目の前に現れた。もちろん、これは比喩なのだけれど、今そのことを言葉にしようと思ったら、こういう表現しかできない。私はその道に導かれた。そして、気づけばこの世界に舞い戻っていたの。それがついさっきの出来事。
 ヒコサが話をしてくれて、合点がいったわ。あの光の道はネロウが敷いてくれたものなんだって。ネロウの魂は『可能性の海』を通ってそれから別の世界へ行ってしまった。おそらくそのまま消滅するんだと思う。だけど、その間に私が元の世界に戻れるように、ちゃんと道を示してくれたの。ネロウは『俺にはプレイヤの理論はちんぷんかんぷんだった』なんてことをしゃべっていたらしいけど、でも、最終的にネロウは到達したのよ、プレイヤと同じ理解に。あのネロウがよ! いつも学校の成績が下位だったあのネロウが! 『俺はバカだから』なんて口癖みたいに言っていたあのネロウが! だからネロウにはできたの。私の魂を救い上げることが、ね。
 きっと必死に勉強したんでしょうね」
「……僕は、自分も、ネロウに負けないくらい必死になってやってきたと思っていた。だけど、」
 ヒコサの強張っていた口が動き出した。
「敵わないんだなあ、ネロウには」
「でも、それじゃあ困るわ」
 かすかに眉をひそめたヒコサ。パレットが何を言っているかわからない、という表情をしている。
「ヒコサにも、プレイヤの理論を理解してもらいたいの。そうでなきゃ、できないことがあるから」
「……できないこと? 僕に、何をしろっていうんだい?」
「パピル語が使われていた時代の、全ての遺物の破壊よ」

「破壊……? 石板やそのほかの魔法遺物を破壊するだって……?」
「そうよ。ふつうの方法では破壊できないことは知っているわ。だから、プレイヤの理論を学ぶ必要があるの。そこに魔法を完全に解除し、失効させるヒントがあるに違いないわ。
 さっきまでの会話でわかったでしょう? 東の国が遺物に憑かれていること。そのせいで間違った方向に軍も研究者も向かっていること。それから、実際に魔法を使ったときにどんなことが起こるのか。魂の行方、『可能性の海』のこと」
「だが、しかし、それでは戦争に――!」
「いずれにせよ、東の国は戦争には勝てない。私が保障してあげる。このままでは亡びる運命なのよ。パピル時代がなぜ崩壊したのか。超高度な魔法技術を持っていながら、どうして滅びゆく運命を止めることはできなかったのか。考えたことはある?
 東の国が生き延びるためには、国を牛耳っている連中のさらにその奥にいる遺物を取り除かなければならない。わかるでしょう、ヒコサなら」
 眉の間にしわをよせ、険しい顔で、思考を続けるヒコサ。しかし、残念そうに首を振った。
「……僕自身が犠牲になることは構わない。だが、もし僕が遺物を破壊するなんてそんな大それたことを行えば、僕の家族が処刑されてしまう」
 パレットは少なからず衝撃を受けた。しかしよくよくヒコサの年齢を考えてみれば、結婚していることぐらい当然とすらいえるのだった。
「……そっか。ヒコサにも、守るべきものがあるのよね」
「すまない。だが、軍や研究者の暴走を止めたいとは考えている。だから、時間が欲しいんだ。……僕は、家族を連れて西の国へと亡命する」
「……そんなに簡単にできると思っているの? 下手したら、全員――」
「しかし、他に方法がないだろう! どのみち、僕らだけでは手に負えないことなんだ。西の国の協力は絶対に必要だ。一つの国家を転覆させるんだぞ!? 家族の安全を西に保障させる。それからだ、動くのは。すまないが、これだけは譲れない」
「……なんか無茶なことを言ってしまったわ。ごめんなさい」
「いや、パレットが謝る必要はない。原因と責任は無知だった僕らにある」
「……」
「僕は、僕自身のことがもう信用できなくなっている。今この発言だって、僕の本来の意思なのかどうかさえわからないんだ。遺物から離れなければ変わらない。このまま東にいれば状況は悪くなる一方だろう。だから、どうしても西の国に渡る必要がある。
 パレット、君は軍の関係者でも東の国家の一員でもない。君だけを逃がすことなら容易にできるはずだ。だから、先に西へ行って待っていてくれないか? 僕は、必ずそっちへ向かうつもりだ」
「……本気なのね?」
「もともとは君が言いだしたんだろう? 遺物の破壊なんてこと」
「そうだったわね」
「こんなふうに変わってしまった僕だけど、今は」
「信じるわ、ヒコサ」
「……ありがとう、パレット」
 ヒコサが深々と頭を下げた。
 そして、まさにこの瞬間こそが、いずれ大勢の人間を巻き込むことになる、パレットとヒコサによる壮大な闘いの始まりであった。

 あの世へと行ってしまったネロウだが、パレットの無茶も許してくれそうな気がする
 いや、「そんな危ないことはさせられない」なんて怒られちゃうかな?
 「幸せになってほしいだけなんだ」とも言われてしまうかもしれない。
 ううん、私は、自分のすべきことが見つかって幸せよ。
 これでいいよね、ネロウ――。
 頭を垂れ、手を胸に当てて、パレットは祈った。
 ネロウの魂が、そしてすべての生き物の魂が安らかならんことを――。

word で段落ごとに空行を挿入する ~ネット小説は空行があったほうが読みやすいらしい~

エッセイ(雑記)

 簡単な小ネタ。

 ネット上で小説を読むとき、適度に空行があったほうが読みやすい、ということはよく言われています。

 空行なしでギチギチにつまっていると、それだけでブラウザバックされてしまうことがあるそうです。

 以下二つの例をご覧ください。

 ☆ギチギチの例
 むせかえるような緑、肌にまとわりつく湿気の中を、浪坂は走っていた。光は枝葉に遮られ、あたりは暗い。おまけに霧らしきものまで出てきている。視界は最悪。突然目の前に広葉樹が現れ、行く手を阻む。ゴツゴツした幹に手をついて回避するとともに、浪坂は再び走り出す。
 方角だけはわかっている。目印があるとも聞いている。このまま行けば目的地にはたどり着けるはずだ。
 いくつかの樹を身をよじって避けながら、浪坂は考える。
 一体誰だ? こんな樹海の奥に古書店なんか作りやがったやつは――。
 プロの泥棒として腕を鳴らしている浪坂は、これまで数々の難所に潜入してきた過去がある。こんなところに何もあるはずがない、と思えるような辺鄙な場所にお宝が隠されていたこともある。隠しておきたいものは、往々にして人目につかない場所に置くものだ。素人ならそうする。
 しかし、こんな道すらないような森林に、泥棒以外の誰が分け入るというのだろう。いや、普通の泥棒ならこんな場所に何かがあるとは考えない。浪坂だって依頼を受けなければ、信じられなかった。人の訪れない地にぽつんと佇む一軒の古書店が、人類にとって非常に重大な「ログ」を保管しているなどという噂を。
 足を止める。
 少し開けた場所に出ていた。半径五メートル以内に樹はおろか草も生えていない。霧に阻まれるも、ここだけぼんやりと陽の光が差している。むき出しの地面は湿っていて、踏みしめれば簡単に足跡が残せる。
 浪坂の視線の先には、その地面の中央に描かれた奇妙な紋章があった。木の枝で描かれたのだろうか、雨が降ればすぐにでも消えてしまいそうなそれは、三角形と逆三角形を重ねたような形をしていた。
 ――これが噂の六芒星ってやつか。

 ☆段落ごとに空行を挿入した例
 
 むせかえるような緑、肌にまとわりつく湿気の中を、浪坂は走っていた。光は枝葉に遮られ、あたりは暗い。おまけに霧らしきものまで出てきている。視界は最悪。突然目の前に広葉樹が現れ、行く手を阻む。ゴツゴツした幹に手をついて回避するとともに、浪坂は再び走り出す。

 方角だけはわかっている。目印があるとも聞いている。このまま行けば目的地にはたどり着けるはずだ。

 いくつかの樹を身をよじって避けながら、浪坂は考える。

 一体誰だ? こんな樹海の奥に古書店なんか作りやがったやつは――。

 プロの泥棒として腕を鳴らしている浪坂は、これまで数々の難所に潜入してきた過去がある。こんなところに何もあるはずがない、と思えるような辺鄙な場所にお宝が隠されていたこともある。隠しておきたいものは、往々にして人目につかない場所に置くものだ。素人ならそうする。

 しかし、こんな道すらないような森林に、泥棒以外の誰が分け入るというのだろう。いや、普通の泥棒ならこんな場所に何かがあるとは考えない。浪坂だって依頼を受けなければ、信じられなかった。人の訪れない地にぽつんと佇む一軒の古書店が、人類にとって非常に重大な「ログ」を保管しているなどという噂を。

 足を止める。

 少し開けた場所に出ていた。半径五メートル以内に樹はおろか草も生えていない。霧に阻まれるも、ここだけぼんやりと陽の光が差している。むき出しの地面は湿っていて、踏みしめれば簡単に足跡が残せる。

 浪坂の視線の先には、その地面の中央に描かれた奇妙な紋章があった。木の枝で描かれたのだろうか、雨が降ればすぐにでも消えてしまいそうなそれは、三角形と逆三角形を重ねたような形をしていた。

 ――これが噂の六芒星ってやつか。

 どちらが読みやすかったでしょうか。

 若干、空行アリのほうが目に優しい感じがしませんか? まあ、個々人の好みの問題かもしれませんが。

 しかし、ですね。

 私は普段 、執筆しているときは空行要らない派なので、出来上がった文章には空行が入っていないのです。書くときには、空行はまどろっこしいだけです。したがって、ネットに上げるときはわざわざ空行を入れなければいけません。

 ただ文章が長ければ長いほど、空行アリ↔空行ナシの変換が面倒になるのですね。作業内容は至極単純なのですが。

 そこで、word 2010 で空行アリ↔空行ナシ変換を一発で行う方法はないかと調べてみたわけです。

 簡単なことでした。

 置換機能を使えばよいのです。

 やることは簡単です。「ホーム」→「編集」→「置換」で置換画面に移ります。

 「オプション」を開き、「あいまい検索」のチェックを外します(重要)

 あとは、段落記号「^p」を段落記号二個「^p^p」で置換すればよいのです。



 とても簡単ですね。
 
 空行アリ→空行ナシの場合は、段落記号二個「^p^p」を段落記号「^p」で置換すればいいです。

 このくらいの機能なら、word のバージョンが違っても使えると思うので、空行アリナシ変換がこれまで面倒くさいなあと思っていた方は、ぜひ試してみてください。

 ではでは。

[中編] 禁忌の呪文、魂の行方( 12 of 13 )

[中編] 禁忌の呪文、魂の行方

 ヒコサは時々涙声になりながらも、必死に泣くまいと耐え、パレット復活までの経緯を説明してくれた。
 ネロウが、犠牲になった、私のために――。
 パレットは考えた。
 ずっと責任を感じていたに違いない。あれほど石板に憑かれたせいだと説得したのに、私のせいでもあると説得したのに、ネロウはそれを背負って逝ってしまったのだ。他に魂を取り戻す方法がなかったとはいえ。ネロウ以外にその手段を実行できるものがいなかったとはいえ。
 私のことなんて、別に放っておいてくれても――。
「ネロウは、君に対して責任を感じていた。それは確かだ。だが、」
 まるでパレットの心を読んだかのように、ヒコサはぽつりぽつりと話を再開した。
「それだけじゃない。ネロウの想いは、それだけじゃあ、なかったんだ」
 じっとパレットの目を見つめるヒコサ。
「パレットが気づいていたかどうかわからないけど、ネロウはさ、好きだったんだよ、パレットのことが」
 パレットはその言葉に胸を突かれた。十四歳のときの、少年だったころのネロウの笑顔が次々と脳裏によみがえってくる。胸に受けた衝撃は、そのまま体の中を上昇し、やがて涙へと形を変えて外にあふれ出てきた。
 わっと両手で顔を覆った。
 しばらくの間、そうやってネロウとの思い出に浸っていた。
 照れたように頭を掻いているネロウの姿が、ずっと脳裏に焼き付いて離れない。
「端から見ていると、丸わかりだったんだけどね。ま、ネロウはバレていないと思ってたみたいだし、パレットもその様子じゃ、気づいてなかったみたいだね」
 ヒコサの目元がふっと和らいだ。まるで楽しかったあの頃のことを思い起こしているかのように。
「ネロウの想いは変わらなかったみたいだよ。それはネロウと対峙したときにわかったんだ。あのときは僕の頭にも血が上っていたから、それと気づけなかったけど。今考えてみると、あれはひどく無様な挑発だったよ。心にもないことを言ってしまったものだから。今なら顔が見えなくても声の調子でわかる。こう言っちゃなんだけど、いい歳にもなって初恋の相手のために命を懸けたんだ、純粋だろ? ネロウは」
 ホントにもうバカなんじゃないのか? ネロウも、それからヒコサも。
 十四歳以降の残りの人生を全て捨てたようなものじゃないか――。
「なんで私なんかのために、とかそんなことを、パレットはもしかすると考えてしまうかもしれない。だけど、あいつも僕も好きでやったことなんだ。だから、パレットは僕らの選択と行動について、責任を感じたり、気を病んだりする必要はないんだ。
 むしろ素直に喜んでほしい。それが、僕が今一番思っていることだ。パレット、君自身がこの世界に帰って来れたことを喜ぶんだ。それが、ネロウに対する最大限の弔いになるんだよ」
「……ええ。わかったわ」
 パレットは涙をぬぐと、無理やりにでも笑ってみせた。
「私、この世界に帰ってくることができて嬉しいの。それはホントなの。やらなくちゃいけないことだってできたし、ヒコサにだって会えた、死んでしまって哀しいけれどネロウの話も聞けた」
 話しているうちに、自分の中で何かが解放されたかのような感覚を覚えた。次第に気力が、熱情が、身体の奥底から湧き上がってくる。
 それはまさしく、生きているという感触だった。
「ありがとう、ヒコサ。それから、聞こえてるかしら? ネロウにも」
 天井を突き抜けた遥か上空を見つめ、気持ちを込めてつぶやいた。
「ありがとう」

 ゆっくりとした時間が経過した。
 二人はやわらかい椅子に座ったまま、それぞれが自分の感情を整理し、ネロウに想いを馳せていた。
 昂ぶった感情が落ち着き始めたところで、パレットは尋ねた。
「ところで、この身体、どうしたの? 今の本当の私の身体は、きっとずいぶん歳をとっていると思うけれど」
 いきなり現実に戻されたヒコサは、目をパチクリと瞬かせて言った。
「ああ。実は……」
 少し言いにくそうな感じだ。
「造りなおしたんだ。君の本当の身体から『細胞』っていうほんの小さな欠片を取ってきてね。東でも最新の技術さ。ただそれで再生できるのは、身体だけ。魂の方はどうにもならないんだ。だからネロウと僕とで君の魂の行方を追っていたわけだけど」
 一呼吸を挟んで続ける。
「……それで、君の元の身体の方だけど、数年前に死んでしまったよ」
「まあ、そうなの!?」
「ヒトカタ化された生き物の寿命が、本来よりも短縮化される、というのはすでに示されているんだ。交換された魂ともとの生き物の身体は互いに異物みたいなものだからね。どうも反発が起こるらしい」
「……」
「ただ、伝え聞くところによると、君の元の身体は平穏に暮らしていたらしいよ。実はあれから君のご両親と君の身体は西の国に移住したんだけど、そこで安らかに生涯を終えたそうだ」
「……やっぱり、」
「ん?」
「やっぱり、いまだにあの石板の魔法は使われ続けているのね」
 ヒコサが口を開いて硬直した。
 暖かく優しかった雰囲気は吹き飛び、急に張りつめた空気が部屋中に漂い始めた。

「ひ、必要なことなんだ。研究のために。ほとんどは爬虫類や鳥類に対してだよ。に、人間に対して魔法を使うのは、ほんのごくごく一部にしか、」
 ヒコサが慌てたように弁明を開始した。
「それも、西の国のはずれの、」
 瞬間、ヒコサは自らの失言を悟ったらしかった。東の国の思考に慣れすぎた結果だった。ハッと口を押える。しかし、しどろもどろになりながら、それでも言葉は続けた。
「い、いや、これは決して悪用しようなんて思惑があったわけじゃない。仕方なかったんだ。研究所の意志だったんだ。僕は一員としてそれに従う必要があった。でなければ、魂の行方の研究なんてやらせてもらえないし、その蓄積された知識にすらアクセスできなくなってしまうから!」
 冷ややかな目で見るパレットに、額に汗をうかべながらヒコサは必死にその「実験」の詳細の説明を試みた。
 しかし、そのことは、パレットの逆鱗に触れる結果にしかならなかった。
「やっぱり、ヒコサもそうなっちゃったんだ」
 自分でも声の温度が低くなっていることがわかった。
「……僕が、どう、なったって?」
「東の国が石板の魔法を軍事利用しようとしていた、っていうのはプレイヤが言っていたことよね。ホント、非人道的なやり方」
 吐き捨てるように言う。
「でも、これは私の想像だけど、それは順序が逆。石板が、東の国の軍関係者や研究者に憑いたんだと思う。ヒトカタ化の魔法を使わせるように。そのために彼らは後付けで軍事利用なんてアイディアを捻出したの」
 ヒコサの呼吸が数拍の間止まっていた。やがて、勢いよく椅子から立ち上がり、息を吸い、パレットを見下ろし、言葉を紡ぐ。
「い、いや、それじゃ、君は、僕らが石板に操られているっていうのかい? 今までも、そして今現在も」
「石板に操られればどうなるかは、もうとっくの昔に知っているはずでしょ?」
 力なく椅子になだれ落ちた。
「そ、そんな馬鹿な……」
「さっきヒコサの話の中に、ネロウの師匠のプレイヤが魂の行方を探った経緯があったわね。プレイヤは確か、紙の上でそれを示して見せたんじゃなかったかしら。そして実証の方法については大いに悩んだって。その結果、自分を犠牲にするより方法はないことに気づいたって。きっとそれが唯一、石板の魔法に対しての有効な手段だったのよ。
 魔法国家であるはずの東の国における研究の進捗が芳しくないのは、それが全て石板の意志だったから。間違った仮説、ええと『星と魂の交換説』だったかしらに東の研究者たちが固執したのも、きっと石板の思惑なんだわ。あるいは、憑かれていることを研究者たちは自覚したうえでやっていたのかもね。頭がおかしいってこのことを言うのね」
 ヒコサは手の中に顔をうずめた。と、思うと頭をガシガシとかきむしった。パレットは構わず続けた。
「これも多分なんだけど。今の東の国における標準的な仮説がどんなものかは知らないけれど、きっとそれも的外れなはずよ。
 なにか宗教じみた感じがするわ。さっき見た白いローブの集団も我を忘れて熱狂していたように見えた。もしかすると、東の国全体が、実は石板の、いいえ、石板に限らないかもしれないけど、パピル文字がつかわれていた時代の遺物に支配されているんじゃないかしら?」
 今や、ヒコサは放心したように椅子にもたれかかり、天井の方をうつろな目で向いていた。
「だから、戦争に負けるんだわ」

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