彼女は魔法を信じない

貞治 参が書いた小説集です。

ミント栽培記録②

エッセイ(雑記)

 6月20日はペパーミントの日らしいです(参考)。

 ということで最近の栽培状況をば。

 結構育ってるやつもあれば、枯れてしまった芽もあり、なかなか一筋縄ではいかんですな。

 ちなみに、ミント特有の匂いはまだ全くしません。なんででしょう?



[中編] 禁忌の呪文、魂の行方( 7 of 13 )

[中編] 禁忌の呪文、魂の行方

 ネロウがヒコサから事の次第を全て聞き終えたとき、遥か地平から太陽がゆっくりと昇ってくるのが見えた。こんな時間に起きていることは滅多にないため、日の出を眺めるのはネロウにとっては珍しいことであった。しかし、今はその赤く美しい日の光もただただ目障りなだけだった。
 悔やんでも悔やみきれない。
 あのときああしていれば、などという仮定の話が次々と浮かんでは消える。そもそも自分が野放しになっているこの事態が間違っていたのだ、とネロウは思った。
 ヒコサの話を思い返す。始まりは夜。村中が寝静まったあとのことである。

 ヒコサは寝付けない夜を過ごしていた。何度も何度もベッドの上で姿勢を変える。妙に胸騒ぎがしてならなかった。
 また何か石板に関連した問題が起こるのではないか? ネロウを一人家に帰したのはまずかったのではないか?
 悪い予感がふつふつと心に浮かんでは、堆積していく。
 出発前の今夜だけでも誰か見張りをつけるべきだった――。
 暗闇の中、目を開ける。一度思い立ったら、そうせずにはいられなくなってしまった。ネロウの様子を確認するため、ヒコサは物音を立てずに着替えたのち、そっと家を出て行った。
 ヒコサの家は村からは少し離れた高台にあった。走って坂を下り、村の中央を通る大きな通りへと急ぐ。手に持ったカンテラが上下に揺れて、あたりに光を散らばらせる。
 あと少しでネロウの家にたどり着く。ヒコサの息も切れてきたそのとき、目の前を同じ方向に走っている人影を見つけた。その人物も灯りを手にしている。
「パレット! どうしたんだ、こんな時間に」
 パレットが振り向いた。暗くてよく見えないが、顔色が優れないようにヒコサには思えた。
「ヒコサ! 私、ネロウの様子を見に行こうと思って」
「パレットもか。僕もなんだ」
 互いに呼吸を落ち着けながら会話をする。パレットのような若い女性が夜中に村の外を歩くことは珍しいことだが、村では犯罪が起こったことがあるとは聞いたことがないし、危険な獣が近くにいるわけでもないため、パレットの外出は特に問題がない。ヒコサはパレットに提案した。
「二手に分かれよう。パレットは林の方へ行ってくれないか?」
「石板の様子を見てくるのね」
 パレットはヒコサの考えを察したようだ。
「そうだ。僕はネロウの家に行った後、すぐに後を追うから」
「うん、わかった」
「気を付けて、パレット」
「ヒコサもね」
 パレットが道を引き返し、村の外、林の方へと向かっていった。その背中を立ち止まって見送った後、ヒコサは再び走り出した。
 やがてネロウの家へとたどり着いたヒコサは、真夜中にも関わらずドンドンと激しくドアを叩いた。数十秒後、ドアからネロウの父親が出てきた。だらしない格好で、迷惑そうな顔をしている。
「なんじゃ、こんな夜中に。眠れないじゃろうが」
「すみません、ネロウは今、家にいますか?」
「ネロウ?」
 父親は眉をひそめた。
「部屋で寝てると思うが……、ちょっと待ってろ」
 そう言い、家の中へと戻っていったあと、再び玄関に戻ってくるまでそれほどかからなかった。
 ヒコサの予感は的中した。ネロウはすでに家にいない。ネロウの意思か否かは定かではないが、最悪の場合を想定しなければならないだろう。
 ヒコサはパレットを追いかけ始めた。走りながらも、様々な想定が頭の中をよぎっていた。
 トカゲ、犬ときて、次はなんだ?
 頼むからどうか、人間だけはやめてくれよ――!
 月が見えない夜。林は暗闇となり、静かに佇んでいる。ヒコサはその入り口を目指して、全力で駆けていった。

 走っても走ってもパレットの姿は見えなかった。群がる木々を避け、足元に灯りを向けて注意しつつ、進みにくい林の中を駆け巡る。
 基地を通り過ぎた。現在石板が置いてある場所までは、まだ距離がある。
 目指す場所はすでに知っていた。ヒコサ自身、ネロウやパレットと一緒に石板をもとの位置に戻しに行ったのだから。
 途中、木の根っこに躓き、カンテラを前方に放ってしまった。危うく火が消えてしまうところだったが、なんとかまだ使えるようだ。落ちたカンテラを拾い、握り直し、用心しつつも足は懸命に動かした。
 と、視界が開けた。例の場所に出たのだ。明かりが見える。パレットのものだった。パレットを含む三人の人物の姿が認められた。パレット、ネロウと、もう一人は誰だ……?
「ヒコサ、早く! ネロウを止めて!」
 パレットの声だ。石板の前で何者かを抱きしめている。いや、あれは、持ち上げようとしているのか? とにかくネロウだ。ネロウは石板の前にひざまずいて、両手を胸の前で組んでいた。その口からはひどく低い男の声と、聞きなれない言葉が発せられていた。
 魔法が発動してしまう!
 ヒコサはカンテラを投げ出し、ネロウに飛びかかった。ネロウの前に立ち、両肩をゆさぶってネロウを催眠状態から目覚めさせようとする。しかし、ネロウが起きる気配は全くなかった。頬を叩いても同じ。ぶつぶつと呪文らしき言葉が延々続く。
 こうなったら仕方ない。ネロウを石板から引きはがす!
 ヒコサはネロウの後ろから両脇に手を入れ、渾身の力を込めてその場からどかせようとした。が、信じられないほど重い。ネロウの体重のせいだけではなく、何か別の力がかかっているかのようだ。ヒコサがうめき声を上げ、必死になって踏ん張るも、その甲斐なく、ネロウはびたりと地面にくっついたまま離れない。
 パレットを見る。おそらくパレットも同じだ。石板の前の人物――子供に見える――をどかそうとしているのだろう。だが、やはり動かないらしい。
「すまない、ネロウ」
 埒があかないと見たヒコサは、ネロウの顔面に精一杯のラリアットを喰らわせた。腕に痛みと衝撃が走った。ネロウがぐらつく。鼻から血が出始めた。
 これならいける! よし、もう一発!
 ヒコサが次の一撃を構えたとき、ふいにそれまで聞こえていた声が消えた。
 ネロウの口が閉じていた。
 ヒコサの背後、石板前にいるはずのパレットと子供の気配も同時に消えていた。
 恐る恐る、ヒコサは振り返った。そして、それを見、驚愕のあまり目を見開いたのだった。
 座ったままのエルドと、そのエルドの膝の上に覆いかぶさるようにして倒れているパレットの姿。
 三人の意識なき友達に囲まれたまま、ヒコサは呆然とその場に立ち尽くした。

 ヒコサが懸命に肩をゆすり、頬を叩いたおかげで、エルドとネロウはやがて目を覚ました。エルドはなぜ自分がここにいるのか、そもそもここはどこなのかわからないといった顔であたりを見渡していた。とりあえずカンテラの隣に座らせておく。あとで連れて家に連れて帰ろう。
 ネロウは初め、寝ぼけたような顔をしてヒコサを見つめていたが、自分が例の石板の在り処にいることを知ると、事態を悟ったように慌てだした。
「まただ! またやってしまった! 今度は、今度の対象はなんだ!? ヒコサ!」
 ヒコサは首を振って、その場から離れた。ヒコサの背後で石板にもたれかかっていたパレットの姿が、ネロウの目に映ったようだ。
「まさか……! なあ、嘘だよな! お前らで俺を驚かそうとしてるんだろ!? なあ、ヒコサ!」
 ヒコサはネロウの叫びに沈鬱な表情でただ顔を伏せるだけだった。
「おい、パレット、何とか言えよ! たちの悪い冗談はよせ!」
 すると、ヒコサの介抱では目を覚まさなかったパレットがゆっくりと目を開けた。ヒコサは最悪の結末が起こってしまったことを瞬時に理解した。
「ネロウ……」
 パレットが小さくつぶやく。その目はまっすぐにネロウを見つめていた。
「パレット! ほら、やっぱり嘘だったんだ。パレット、お前はヒトカタになんかなってないんだろ。俺をだまそうとしているだけなんだよな! な!」
 パレットは首を横に振った。ネロウはショックのあまり口をあんぐりと開け、そのまま硬直してしまう。
「いいえ。私はネロウのヒトカタです」
 パレットの言葉が、静かに周囲の林に吸い込まれていった。

 ヒコサ、ネロウ、パレット、エルドの四人は基地を横切り、無言のまま、林の出口を目指した。パレットはネロウの指示なしでは動かない。そのため「俺についてきて」とだけネロウは命令をした。もっとも、その言葉はヒコサには理解できない発音であったが。
 林を出た後は、三人でエルドを家まで送っていった。結局、エルドは何一つ理解できていない様子だった。しかし、ヒコサが言った「大丈夫だから」という言葉を信じたらしく、一度うなずいて家に入っていった。
 その後、ヒコサ、ネロウ、パレットの三人は、ヒコサの家に入っていった。ヒコサの部屋で、パレットを椅子に座らせたヒコサは、この夜見たことの一部始終をネロウに聞かせ始めたのだった。

[10分で読める] 謎のベトナム料理店 [短編小説]

掌編・短編小説

 夏の日差しを避けるため、ビルの隙間にできた影を縫うようにして歩く。自分の影がはみ出るたびに不快な気分を味わいながら、ふらふらとあてもなく街中を彷徨った。

 視線を下に向け、ため息を吐く。首から垂れた社員証入りのネームプレートがねじくれて白い面を見せている。

 ああ、コレはずすの忘れとったわ。――まあ、どうでもええか。

 ハンカチを取り出して額の汗を拭う。

 陰気くさいあの会社からはよ離れんと。こっちまで気分が落ち込んでまうわ。とはいえ、暑い中歩くんもええ加減しんどいな。はようテキトーにええ店見つけなあかんわ。

 ビルが立ち並ぶ大通りからひょいとわき道に入る。幸い、殺人的熱射光線はビルが身を挺して遮ってくれているようで、その小道は心持ひんやりと薄暗かった。ほっと一息ついて、両脇に並ぶ店を交互に眺めながら値踏みをする。

 安い店、安い店、と。

 流行っていない居酒屋や中華料理店、ラーメン屋が立ち並んでいる。塚田は最近、中華やラーメンには飽きていたので、これらの店を華麗にスルー。

 ふい、と右を向いてみると、一軒の小奇麗なたたずまいの店に目が留まった。普通の民家のような雰囲気。店先にメニューは見当たらないし、何屋なのかもはっきりしないが、入口のドアの上にのみ、黄色い星マークがついた大きな赤い布が掲げてある。

 あれは、ベトナムの国旗か――。はえー、こんなところにベトナムの店があったんか。

 こっそりとドアの脇の窓から覗くとテーブルとイスが中に並べられているのが見えた。読めないが、料理のメニュー表らしきものも壁に貼り付けてあるようだ。店員がうろついている。

 多分、カフェかレストランやろな――。

 塚田はしばし考えた。

 ま、ここでええか。早いとこ食ってしまわんと時間無くなってまうし。値段はわからんけど、メニュー見て決めましょか。ほな。

 よくわからない引力によって引き寄せられた塚田は、ドアベルを鳴らし、中へと入った。

「いらっしゃいませー」

 アオザイを着たベトナム人がお出迎えかと思いきや、出てきたのは若い日本人の女性だった。発音でわかる。彼女はネイティブな日本語の使い手だ。

「ええと、ここで飯食べれますか?」

「はい。どうぞお席に」

 店は広くなかった。女性店員が三台しかない丸テーブルの一つに案内する。塚田は席に着いた。

「ご注文が決まり次第、お伺いいたします」

 彼女は店の奥へと続く廊下に引っ込んだ。

 テーブルの上に立ててあったランチメニューに目を通す。

 ベトナム料理には詳しくないので、有名なフォーというやつを注文することにした。

「すみません、フォーセットください」

「かしこまりました」

 店員がメニューを回収し、オーダーです、と声を掛けながら店の奥へと入っていった。

 と思いきや、アオザイを身に纏った大柄な男の店員(?)がゆっくりと奥から出てきた。

 もう料理できたんか――?

 しかし、店員の手には何もない。大男は何も言わずに、いきなり塚田と同じテーブルの椅子に腰を下ろした。

 え、なんなんこの人。ていうか誰やねん。

 男は両手を膝に乗せ、なぜかじいっと対面の塚田を見つめている。やがて口を開いてこう言った。

「私は昔、ベトナムに住んでました。でも逃げてきたのです。今日はその話をします」

 いきなり語り始めたで、このおっさん!



「私たちはボートに乗って逃げました。遥か遠く南ベトナムの地から、ここ日本に向けて。途中、様々な災難が降りかかりました。結局生き残ったのはごく少数です。その中でも最も危険だったのが、海賊の存在でした。

 彼らは私たちのようにベトナムから逃れる人たちを狩っていたのです。大きく立派な船に乗って待ち構え、難民たちのボートやヨットが近寄ってくると船をつけ、乗り込んで虐殺を行います。夜は特に危険で、震えながら過ごしたことも一夜や二夜ではとても足りません。

 雲が出ていたでしょうか。

 ある夜のこと、息をひそめて航行していた私たちの船がついに、海賊たちの目に捉えられてしまいました。敵はすぐさま近づいてきます。明かりのついた大きな船に照らされ、私たちのボートは逃げることができません。徐々に大きくなっていく船体の陰を見つめながら、みんなで身を寄せ合って固まっていました。それ以外にどうすることもできなかったのです。

 船の上から、一人の海賊が言いました。

『おい、おめえら! 殺されたくなかったら、一人料理ができるやつを連れてこいや』

 私たちは訝りました。料理ができるやつ? なぜそんな人を欲しがるのだろう?

 しかし、命をその手に握りしめられている状態で、私たちには決定権などありません。

『俺が、行ってくる』

 私は言うと立ち上がり、ボートの仲間に別れを告げました。みな、おびえた目で、申し訳なさそうに私を見つめています。

『心配するな。いつでも殺せるはずの状況で、そうしないのにはわけがあるに違いない』

 不安がる面々を説得し、私は奴らの船に単身乗り込んでいったのです。

 ハロン湾での出来事でした。ご存知ですか? ハロン湾。昼に訪れたならば、その美しさに魅了されていたことでしょう。数々の島々が碧い海にそそり立つ様はまるで海に宝石が散りばめられたかのようです。実際、竜の親子が口から吐いた宝石たちが島になった、という伝説も残されています。世界遺産にも登録されました。機会があればぜひ一度。

 さて、話を戻しましょう。私は海賊たちの大きな船のある一室に案内されました。そこでは船長らしき人が椅子にふんぞり返っています。私を見るや、こう言いました。

『手下どもの作る料理は飽きちまった。おい、お前、料理ができるんだな? よし、何かうまいもんを作れ』

 料理人を探しているということでしたので、薄々は予想していましたが、本当にそれが奴らの用事だとは思いませんでした。

『しかし、料理には材料が必要です。この海の上に材料はあるのですか?』

『材料なら、ある。お前らみたいなボートピープルを襲って奪った食料がな。ひひひ』

 思わず船長に殴りかかってやるところでした。私はその衝動を必死でこらえます。私が上手くやれば仲間たちを救うことができるかもしれないのです。

『わかりました。料理を作りましょう』

 そうして、私は憎き海賊のために料理を作ることになったのです。



 料理はほとんど滞りなく完成しました。食材だけは豊富に積んであったのです。奴隷らしき人が言うには、『食材はあっても料理を作る腕がない』のだそうですが。

 実は、このときすでに私は、この海賊どもを逆に追い詰めるための秘策を弄していたのですが、それはすぐに明らかになります。

『ふむ! では、いただくとしようか』

 船長の前のテーブルには私が作った様々な料理が並べられていました。自分で言うのもなんですが、かなりの力作です。もちろん、こんなやつらに食わせたいとはちっとも考えませんでしたが、策のためには全力を尽くすしかありません。

『ほほう、うまいうまい。して、これはなんという料理かね?』

 船長は、一皿一皿味わっては、料理の名前を尋ねます。私はそれに答えていきます。

『これは変わった料理だな、材料は何かね?』

 あるとき、船長は私に問いました。

『これはトカゲをレモングラスで串刺しにして焼いたものです』

『トカゲをレモングラスで? ほう、それには何か意味があるのかね?』

『トカゲはレモングラスを忌み嫌うそうです。なんでもレモングラスにはトカゲ避けの効果があるとか。したがって、これはレモングラスでトカゲを制する様子を表現した料理になります。また、』

 私は唾を飲みこみました。

『トカゲが竜の象徴だということはご存知ですか? つまりこれは、あなたがた勇敢な海賊たちは竜をも倒すことができる、ということを私なりに表現したものです』

 船長は私の答えにいたく満足したようでした。

 そして、私は無事にボートに帰されました。

『ひひひ。うまかったぞ!』

 船長は舳先に立ち、私たちを見下ろして言いました。

『野郎ども! こいつらをやっちまえ!』

 やはり海賊どもは私たちを見逃すつもりなどこれっぽっちもなかったのです!

 なんという非道!

 私たちは全員で身を寄せ合いました。まさに絶望です。

 これで終いか。

 いや、ただやられるわけにはいかない。絶対にやつらに一矢報いてやる!



 雲が去り、月明かりが海賊たちにより行われる蛮行を照らし始めます。

 すると、なんということでしょう! 海賊たちの姿が、一斉に骨へと変わってしまったのです。

『これは――、不死の海賊団か!!』

 誰もが目を見張りました。そうです、おとぎ話でしか知りえなかった銃でも剣でも毒薬でも死なないという不死の海賊団が目の前にいるのです。

 絶望は深まりました。反撃すらも無意味ということです。

 私は必死に祈りました。

『どうか、どうか、私たちをお救いください、竜よ――』

 そのときです。雲の隙間から一匹の巨大な蛇のようなものがゆっくりと船の上に降りてきたのです。月に照らされ、ウロコのようなものがキラキラと輝いていました。

『汝ら、ここが我の湾であると知りながら、我の手下を喰ろうたのか』

 低く、それでいて静かな声が、海上に響き渡りました。

 海賊は、船長を含めて怖気づいて動くことすらままなりません。骨がカタカタをそこかしこで音を鳴らしています。

『汝ら、不死の呪いがかけられているな? 我が解呪してやろう!』

 それから、竜は次々にトカゲを食べた海賊たちを喰らっていきました。バリボリと骨がかみ砕かれる音が私たちの耳に、嫌でも聞こえてきます。

 海賊たちにつかまっていた奴隷たちはトカゲを食べなかったため、竜からは見逃されていました。

 そして、最後に船長が逃げ切れず竜につかまると、叫び声を上げました。

『おのれ! 謀ったなあー!』



 竜はその後、去っていきました。雲の間に身体をくねらせると、たちまち雲がそれを覆い隠してしまいました。月ももはや見えません。

 私たちは海賊船を乗っ取り、奴隷たちを開放すると、その夜はゆっくりと休みました。

 私たちを襲った災難は、もちろんこれだけではありませんでした。しかし、その話はまたいずれすることにしましょう」



 塚田はぽかんとしながら、テーブルの上と男に目線を往ったり来たりさせていた。男が話している間にどうやら料理が運ばれてきたらしく、テーブルの上にはいくつか皿が載っている。頼んだのがフォーのセットだから、皿が並んでいることに問題があるのではない。その皿がすでに空っぽになっていることが問題なのだ。

 気づけば、塚田の手にはコーヒーカップが握られており、それもいつの間にか半分ほどなくなってしまっていた。

 やっとのことで、塚田はこの不可解な現象に解決を見出した。

 男が話している間に、知らず料理を食べてしまったのだ!

「どうでしたか? 私の話、面白かったですか?」

 男がまじまじと塚田の顔を見つめてくる。

 いや、正直、微妙。というか、不死の海賊とか、竜とかなんやねん! と塚田の口からは出かかったが、ぐっとこらえ、

「まあまあちゃいますの」

 と答えておいた。

「それはよかったです。あ、ちなみに、今の話は作り話です」

「知っとったわ! なんやあのパイレーツオブカリビアンみたいな設定! それから安易に竜を出せば物事が解決すると思うなよ! 竜はもっと気高き生き物なんじゃ! 人間の思うとおりに行動するような、そんな奴じゃないんじゃ!」

 つい突っ込みを入れてしまった。

 しかし、男は気を悪くしたふうでもなく、

「私、ベトナム出身でもありません。実は日本人です」

「薄々そうなんやないかと思っとったわ! やけに流暢に日本語話すやないかい! なんやただのベトナム好きのおっさんかいな! 異国情緒あふれる話を期待しとった俺が阿呆みたいやないか!」

 しかし、塚田の突っ込みにもめげることなく、男はにっこりと笑って言った。

「あなたを見て、今の話を思いつきました」



 店を出た塚田は腕時計を見て、目玉を飛び出させた。

 もうこんなに経ってしもたんか! あのおっさんどんだけ長く話すねん。

 塚田は走った。

 しかし、心の中で文句を言っている割には、塚田の表情は明るかった。久しぶりに突っ込みを入れることができて、ストレスの発散になったようである。

 ――職場じゃ、九州男児なのかなんかしらんが、どいつもこいつもむすっとしててなあ。やりにくいったらないねん。まあ、今日のおっさんも大概おかしなやつやったけど、また話聞きに行ってもええかもな。

 全力で走る塚田の肩から飛び出て、よれたネームプレートが風とじゃれ合っていた。

「塚田龍一」



 謎のベトナム料理店はその後、姿を消したという。

 塚田が再びその店を訪れたときには、その入り口の上には赤、白、紺、白、赤の五色の横帯が掲げられていた。

「今度はタイかい! 節操なさすぎやろ!」

[中編] 禁忌の呪文、魂の行方( 6 of 13 )

[中編] 禁忌の呪文、魂の行方

 その後、数日かけて例の石板を壊そうとネロウ、ヒコサ、パレットは試みた。しかし、結果から言うと、石板を壊すことはできなかった。大ぶりのハンマーで思い切り叩いたり、高いところから落としたりしてみても、びくともしないのである。せめて文字が刻まれている部分だけを削り取ろうとも考えてみたが、その案も異常な硬度を誇る石板の前にあえなく失敗に終わった。
 ならば、ということで、ネロウたちはその石板をもとの位置に戻すことに決めた。以前のようにロープを引っ掛けて、ずりずりと引き摺って行く。林の中の開かれた円形のスペースにたどり着くと、そこに放置した。誰もその場所に近づかないようロープを周囲の木々に縛って囲み、エルドたちにも絶対に近づかないよう説いた。
 この作業の間、石板に纏わる問題は発生しなかった。誰かが憑かれた様子を見せたり、新たに魔法が発動したり、そんなことは一切起こらなかったのである。そのため、石板に近づきさえしなければ、もう安心なのだと、ネロウたちは考えた。
 その考えが誤りであったことに気づくのに、幾ばくの時も必要なかった。

 石板を元の位置に戻した日からさらに数日後のある朝のことである。ネロウは目を覚ますと同時に、自分の部屋の中に自分以外の人間がいることをすぐに察知した。すばやくベッドの横に目をやると、そこには一匹の犬がいたのである。
 なんだ人じゃなくて犬か、と寝ぼけ頭でネロウはぼんやりと思った。それは背中が黒く、腹にかけて白い毛が生えているビーグル犬だった。大きさは中ぐらい。吠えもせずに、座ってじっとネロウの方を見つめていた。
 いつからそこにいるのだろう、とやはりぼやっと考えたネロウだったが、その犬の首に首輪がつけてあるのを見てとり、ハッと気づいた。頭が急速にクリアになっていく。
 この犬はラドエルさんの家のペットじゃないか!
 どういうことだ。ラドエルさんから犬をもらったり、預かったりしたなんて記憶はないし、そんな話も聞いていない。じゃあ、この犬はそもそもどうやって俺の部屋の中に入ってきたんだ? なんで俺の部屋にいるんだ?
 と、ここまで疑問が頭を埋め尽くしたところで、以前にも似たような状況があったときに思い当った。
 トカゲのときと一緒だ――!
 まさか、まさかとは思うが……。犬は目線を反らさない。ネロウは恐る恐るこう口にした。
「お手」
 同時に右手の掌を犬に差し出す。犬はそれに応え、自らの左の前足をネロウの手に載せた。
 違う違う! これは飼い犬ならできても全然おかしくない。もっと特別なことをやらせてみないと。
「ちょっと立ってみて」
 犬が後ろ脚だけで立ち上がった。
「そのまま後ろ向いて、部屋のドア開けてきて」
 とてとてとふらつきながら犬は二足歩行をし、部屋のドアに前足をかけたと思うと、ノブをひねりゆっくりとドアを開けた。それからやはり二足のまま歩いて戻ってくる。
「座って」
 犬は従った。
「……俺の名前言ってみて」
「バウウ」
 さすがに人の言葉を話すことはできないか。
「お前は俺のヒトカタになったのか? 答えてくれ」
「バウ」
 肯定だろう。
「ということは、俺は昨日、お前を連れて石板の場所まで行ったんだな」
「バウ」
 確定した。
 俺は無意識のうちに、ラドエルさんの家のペットを連れ去り、林の奥にある石板まで行って呪文を唱え、魔法を発動させ、こいつをヒトカタ化してしまったのだ。トカゲのときと同じ。しかし、全く記憶に残っていない。これは、これは……。
 ネロウの血の気が引いた。
 完全に憑かれてしまっている――!

「最悪の事態が起こってしまったのかもしれないね」
 ヒコサは沈鬱な表情でそう言った。
 ネロウ、ヒコサ、パレットの三人はいつもと同じように基地に集合していた。今日は、ちびっこのエルドたちはいない。この場にはもう一匹、ラドエルさん家のビーグル犬がゲストとしてお招きされていた。ネロウの後方に座って待機している。
「まさか、ここまで憑く力が強いとは思いもしなかった」
 痛恨のミスをしたとでもいうように、ヒコサはその端正な表情を歪めた。
「ごめん、私のせいだ。私がそもそも石板なんて持ってきてしまったから」
 パレットは顔を伏せている。
「いや、パレットのせいじゃないよ。石板の力がこれだけ強いんだ。パレットだって引き寄せられただけなんだよ。諸悪の根源はあの石板だ」
 ヒコサがパレットの背中に手をやり、慰める。
 こんな事態に至ってしまっては、もはや嫉妬する気も起きやしない。ネロウはただ黙って二人の話を聞き、解決策を探るつもりでいた。
「それで、どうすればいいんだ? 俺バカだからわかんねえよ。魔法とかも全然知らないし」
 ヒコサがネロウに向き合った。
「これは僕たちの手に負えることじゃないんだと思う。魔法の専門家にお願いするしかないんじゃないかな」
「専門家?」
「ああ。東の国の専門家だよ」
「東の国までその専門家を呼びに行くってことか?」
「他にやりようがない。僕らの村に詳しい魔法の知識を持っている人がいるとは思えないし、西の国では魔法は禁じられているからこちらも望み薄。だったらもう、東へ行くしかない」
 ヒコサの提案はもっともだった。筋道を立てて考えれば、それ以外に結論はないのだ。自分たちでは解決できない。ならば解決できる人を探すしかない。問題を放置するのは論外だった。今のところヒトカタ化の被害に遭っているのは爬虫類と犬だけだが、これがいつ他の人間に及ぶかわかったものではないのだから。
「よし。ヒコサがそういうんだから、それしかないんだろうな。わかったよ。東の国へ行こう。行って、そこにいる専門家とやらに相談してくるよ」
 ヒコサの表情に驚きが混じった。
「もしかして、ネロウ一人で行くつもりなのかい?」
「え、そうだけど?」
「一人じゃ危険よ!」
 パレットが大きな声を上げた。
「東の国はいま、西の国と敵対関係にあるのよ。そう簡単にあっちに渡れるとは思えないわ。それに、」
 若干震えることでこう続けた。
「それに、これは私たちの問題よ。ネロウ一人じゃない。そうでしょ、ヒコサ?」
 ヒコサがうなずく。
「そうだ。ネロウ、君一人を行かせるわけにはいかない。僕らも一緒に行くよ」
 ネロウの心の奥にじんわりと暖かいものが溢れだして広がっていった。
 当然のことながら、ネロウも一人では心細かったのだ。ただでさえ物をよく知らない自分が、一人で旅に出るなんて普通なら全く思いもしないことだった。右も左もわからない土地でどう振る舞えばいいのか、そもそもどうやって東の国に渡ればいいのか、見当もつかなかった。
「ありがとう、パレット、ヒコサ、ほんとうに」
 ヒコサとパレットは力強くうなずいた。

 急な話ではあったが、すぐにでも出発したほうがいいというヒコサの提案を受け、ネロウたちは今日準備を終えて、明日発つことにした。
 学校の方は、ネロウにとっては比較的どうでもよいことだったため、放置することにしておいた。パレットやヒコサは大変だろうな、と頭の中では考えながら。
 親を説得するのには骨を折った。魔法の石板に憑かれたのだ、といくら説明してもわかってくれない。
「魔法? なんじゃそれは? そんなもの東の国のもんたちの迷信じゃろ?」
「そうよ。お前が魔法なんてわけのわからないものに憑かれるだなんて、そんなことあり得ないはずよ」
 だが、証拠としてラドエルさんの家の犬が、ネロウのいくつかの命令に素直に従っているのを見て、気が変わったようだ。
「お前、人様の家のもんを勝手に盗ってきたのか!? この罰当たりが!」
「今から行ってすぐに謝ってきなさい! でなければ家にはもう入れません!」
 全く違った方向に、だが。
 ネロウは犬に、今後はラドエルさんの言うことをよく聞くように、と言い含め、それからラドエルさんの家に帰るよう命令した。犬は、やはり素直に従った。
 もうこうなったら、親の方も放っておくより仕方ない、とネロウは考えた。いくら言っても、あれじゃだめだ。無断で旅に出るしかない。
 部屋に戻ってきて身支度を済ませる。
 旅に何が必要なのかさっぱりわからなかったが、ネロウは手持ちのわずかなお金と、着替え、それから大きめのバッグをまず用意した。交通費や食料費、宿代が問題になることは予想できたが、それに必要なお金をパレットが持っているはずがないので、ヒコサ頼みになるのかもしれない。
 ヒコサは貴族の息子だった。一方、パレットの家はネロウと同じ平民で貧しい。
 いざとなれば、西の国や東の国で働いてお金を稼ぐことも考えないとな。ヒコサだってそんなにたくさんお金を持ち歩くわけにはいかないだろうから。
 あれこれと考えているうちに、やがて夜は更けた。準備を一通り終えたネロウは、恐怖心を抱え床に就いたのだった。
 自分が知らぬうちにまた何かをヒトカタ化してしまうのではないか、という恐怖を――。

[4分で読める] 海神 [短編小説]

掌編・短編小説

 海神(ハイシェン)とは、15歳の少女・白華(ハクラン)の呼称である。その名の通り、彼女は水上戦において敵う者なしの最高戦力。身に宿す御業により波を操り、敵の艦隊を轟沈させる様はまさに神の如し。海を越える数多の襲撃にもかかわらず、中つ国が侵略も受けず平穏を保っていられるのは、彼女の存在があるからに他ならない。東方の異民族には白虎(バイフー)として怖れられている。群れを成した虎が駆けるが如く、怒涛の波が押し寄せてくる様子を生還した敵兵が伝えたらしい。

 神や虎というには、彼女の姿はあまりに可憐であった。年相応のあどけない顔、起伏の少ない身体、風で手折れそうな儚さ、寂しさを想起させる表情。つねに白の装束を身に纏い、楚々とした所作で歩くという。伝え聞くところによるその容貌は、数々の武勇伝と相容れぬものだった。

 彼女の武神を直接目撃するのは、これが初めてである。中つ国は東の海、視界の下半に青、上半に紺碧の空を頂く。六方に広がる戦場、その水平線上にぽつりと浮かんでいる一艘の白い船。彼女はその船上に立っている。遠くから揺蕩う船を目撃したとき、ふと頭に思い浮かんだのは「そまずただよふ」という古の句の一節だった。後で聞くところによれば、彼女にはもう一つ、海鴎(ハイオウ)なる呼び名があるという。定めし私と同じ情感を抱いた者が軍にいたのだろう。

 さて海鴎であり、白虎であり、海神である彼女の戦陣だ。それは実に呆気なく終わった。空と海の境目に幾多の黒い影を視認したかと思えば、瞬く間に生じた遠大な津波がそれらを覆い隠したのだ。波が去り太平が戻ったときには、すでに敵の姿はなかった。強いて記述するならば、戦いの間も白船はゆらゆらと小さく揺れ続けていたということだろうか。以上の極めて簡易な描写が虐殺の全記録である。軍の方に船を出して頂いたにも関わらず、これだけの報告しかできないことを申し訳なく思う。それと同時に、海神の凄絶さをこの目で見て、改めて身が震える気持ちだ。



 海神の保護者的存在である黄純(アンジン)という若い女性に話を聞いた。岸へと帰る航路の上、すでに日は傾き、行く手から差す朱い日の光に右の頬が染まっている。海神の船は後からついてくるという。

「もう限界かもしれない」

 戦果にも関わらず、黄純の横顔は泣きそうにも見えた。

「『月の石(ユェシー)』という薬があるの。白華は、自身の能力増大のために毎日それを摂取してる。いいえ、私たちがそうさせている。初めはあの子、嫌がってた。それでも禁断症状の恐ろしさを身に染みて理解すると、厭うことはなくなった。そう仕向けたのは、私。軍と国に必要だったから。あの子の力が」

 拳を固く握りしめて震わせているのが目に入った。

「あの子、最近、毎晩のように我を失って叫び続けてる。理由は私には話してくれない。発作の間隔は以前よりも短くなってる。このままでは、心も身体も近い内に朽ち果てる。わかっているけど、止められない。あの子は『月の石』なしでは生きられないから。

 あの子ね、桃が好きなの。毎晩夕食後、いつも食べるのを楽しみにしてるわ。その黄桃にね、私が『月の石』を注入してるの。あの子は鋭いからとっくに気づいてる。でも、それはもうおいしそうに食べるのよ。それを見るたび、私の内側は焼き尽くされるように熱くなる。そう、これは怒り。軍、中つ国の民、それから何より私自身に対する。あの子を犠牲にして成り立っているすべてに対する」

 斜陽は益々朱くなる。

「いっそのこと何もかも――。いえ、これ以上、私がここで言うわけには、――え?」

 黄純の視線を追って左を、船の後方を見た。途端、船が大きく揺れた。

 天にまで届く高い高い波の壁が成長しながら迫っている。

 船の前方を見る。岸はもうすぐ。凪海に突如出現した大津波は、この船だけでなく中つ国東部に壊滅的な被害をもたらすだろう。血潮の如き勢いで波は全てをさらう。

「これで白華は、あの子は、独りで漂わずに済みますか?」

 私の問いに黄純は驚いたように目を見開く。それから目を細め、ええ、と短く答えた。


 *


 場面はいつも夜。黄色い月が私を見下ろしている。誰も助けてくれない。黄純、軍の人、国の民や殺した敵兵がよってたかって私の頭を抑えつける。それでも海には沈まない。呼吸が苦しく、頭が真っ白に、激痛が肺に全身に。死ぬほど苦しい思いを味わうと、顔を上げることを許される。腕にすがりつくの。私を抑えている腕に。海水を吐き出し、やっと息を吸えたと思ったら、海にざぶん。鼻から口から塩辛い水が流れ込んでくる。苦しい。海を操っているようで、溺れているのは私自身。ああ、今は、月は暗い北雲に隠れてしまってるわ。岸にも明かりは見えない。漆玄の闇ってこういうのをいうのかしら。これで私も消えてなくなる。これで――。

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