掌編・短編小説

[9分で読める] Dualism: White & Black [短編小説]

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「あの、これ、長崎先輩に受け取ってほしくて……」

 放課後、部活が終わる時間。とうに日が暮れて、昇降口付近は照明に照らされていた。そんななか、名の知らぬ一人の少女と長崎りせは向かい合っていた。

「これ……、もしかして、チョコ?」

 その少女の手には、可愛らしいラッピングに包まれ、リボンがかけられた四角い箱があった。

「……そうです」

 消え入りそうな声で少女は呟く。実際、ここからでは何と言っているのか十分聞き取れない。聞き取れない部分は、明かりに照らされた彼女の口元から推測するほかない。

「えっと、ありがとう」

 りせは差し出されたチョコを、そっと手袋をはめた手で受け取った。少女のほうを向いているため、こちらからその表情を確認することはできない。想像することもできない。

「それで、あの、」

 少女が意を決したように口を開いた。さきほどよりも声が大きい。よく聞こえる。

「私、長崎先輩のことが、好きなんです」

 言った!

 とうとう言った。自分が言ったわけではないのに、なぜか顔が熱くなる。

「……うん」

 対するりせの応答は短いものだった。それも当然というべきか。おそらくりせは、その少女のことを認識できていない。同じ舞孔雀高校の1年生ということしかわからないだろう。

 沈黙が流れた。しかし、それもいっときのことだった。最難関を越えたことで勢いに乗ったのか、少女はこちらにも届く声で発した。

「あの、我がままですみません。でも、知ってもらいたくて……」

 少女の顔も赤く染まっている。

「別に、それでどうこうっていうんじゃなくて、なんていうか、」

 少女自身も言葉が整理できていないようだ。それでもなお、一生懸命に想いを表す言葉を探し、紡ごうとしている。しかし、

「……それで?」

 りせの一言が響き、場は静まった。少女も目を丸くしている。しかし、自身が問われていることを理解し、すぐに立ち直ったようだ。

「お、お友達になってほしくて……」

 おそらくだが、少女は彼女の告白のことで頭の中は一杯で、その先のことはほとんど考えていなかったのだろう。想いを告げる、本当にただそれだけでもよかったのかもしれない。改めて「それで?」と問われて、戸惑い、それでもやっとのことで口にしたのがその言葉だった。

 しかし、結局、少女のその願いは届くことはなかったのだ。

 りせはただ首を横に振るだけだった。

 あきらは、二人に気づかれないよう、そっとその場を離れた。



 少女の名は、板橋みかげといった。舞孔雀高校の1年生。りせやあきらの一つ下の学年で、りせとは同じ中学校に通っていた。

 みかげがその少女に話しかけられたのは、バレンタインデーから3週間が過ぎたころのこと。昼休みだった。教室で弁当をもって仲の良い友達と輪を作って食べようとしたとき、声がかかったのだ。

「私、神林あきらっていうの。りせと同じクラスの」

 いかにもスポーツやってますという感じの、冬でも肌が浅黒い彼女は、笑いながらそう名乗った。

「長崎先輩と同じクラス、ですか」

 うんうん、とうなずいた神林先輩は、おもむろに口を開いた。

「実はね、ホワイトデーのことなんだけど……」

 一瞬遅れて、ピクと体が反応した。ホワイトデー、それはバレンタインデーと対になる日。そして、脳裏によみがえるのはあのバレンタインデーの夜。

「放課後に屋上へ続く階段に来てくれないかな。そこで、りせ、長崎が待ってるから。渡したいものがあるって」

 にわかには信じがたい話であった。だって、あのとき、きっぱりと断られたのだ。友達になることすら、だめだった。いくつかの疑問がみかげの頭の中で渦巻き始めた。

「えっと、なんで神林先輩が、それを……?」

「ああ、りせに頼まれたんだよ。知っていると思うけど、りせってよほど親しい人とでないと話したがらないから。人見知りなんだ。それで、かわりに私が来たってわけ」

 そう、だっただろうか。少なくとも、中学時代の長崎先輩には、人見知りという印象はなかった。人付き合いが良かったほうか確信はないが、それでも当時、「見知らぬ人」であったはずの私にさえ声をかけてくれたのだ。

 自分の中のイメージと、神林先輩の長崎先輩像が一致しない。

「でも、ご存知かもしれませんが、私、ダメでした……。一度、断られてしまって」

 続けて疑問をぶつけてみる。

「ああ、それもね、」

 笑顔で、神林先輩は言う。

「突然のことにびっくりしたから、らしいんだ。後で考え直して、やっぱりきつく言い過ぎたかなって反省しているらしいよ。それで、お詫びの気持ちも込めて、ホワイトデーの日に会いたいって」

 引っ掛からない点がなくもないが、一応納得できる。

「どうかな、来週、りせと会ってくれる?」

「もちろんです」

 みかげは即答した。

「よかった……。それでね、一つ私からお願いがあるんだけど……」

 笑顔をひっこめ真剣な表情になった神林先輩は、その「お願い」の内容を話し始めた。



 ホワイトデー当日、放課後。ホームルームが終わってすぐ、りせは屋上のほうへと向かった。りせが階段にたどり着いたとき、そこにはすでにみかげの姿があった。

「早いね」

 りせは思ったままのことを口にした。

「あ、はい」

 みかげはうつむいて答える。数秒の間が空いた。

 おもむろに、りせは肩にかけた学生鞄から、四角く、平べったい包みを取り出し、差し出した。

「はい、これ」

「わ、わざわざ、すみません。なんだか申し訳ないです」

 肩をすぼめながらも、みかげはそれを受け取った。

 またもや、沈黙が場を支配した。双方とも、互いに視線をはずしたまま動かない。と、唐突に二人が口を開く。

「あの日は、」「お聞きしたいことが」

 視線を合わせるりせとみかげ。みかげの方から目をそらし、そしてゆずった。

「どうぞ」

 軽くうなずいてから、りせは話し始める。

「あの日は、ぶっきらぼうな対応してごめん。悪気はないんだけど、私、こんなだから」

 一息つく。

「板橋さんも会ったと思うけど、あきら、神林あきらが、それじゃあダメだって言って、それで……。でも、言われたから、じゃなくて、自分で考えてやっぱり会って一言伝えたほうがいいって思って……。うん、それだけ」

 三度、沈黙が流れる。

「長崎先輩、私、中学が先輩と同じだったんです」

 今度はみかげが話し始めた。視線は屋上へ続く上り階段のほうを向いている。

「そのころから気になってて……。でも、なんだか、そのころの印象とちょっと、いえ、だいぶ違うなって思って。あの、何かあったんでしょうか?」

 りせはうなずいた。あきらから、すでにみかげの簡単な情報については聞いている。あまり記憶に残っていなかったが、中学時代にみかげと接触したことがあるのは確かなようだ。

 しかし、「何かあったか」か……。あったといえばあったし、なかったといえばなかった。自分の内側は変わっていないと、りせは思っている。変わったとすれば、それは表面上の振る舞いにすぎない。りせは、以前のように、誰にでも笑顔を振りまくことをやめていたのだった。今の方が、素の自分に近いし、楽なのだ。

「多分、中学までの私は無理をしていたんだと思う。どこかでそれに気づいて、それを修正していったら、こんなふうになってた。直接の原因とかはわからないけど」

 正直に答えたつもりだ。答え終わって、みかげを見ると、なぜか、みかげの目にはかすかな陰りが見られた。

 何かまずい返答でもしただろうか。

「そう、なんですね。高校に入ってからは、私、長崎先輩を遠くからしか見ていなかったので、実際にこうしてお話しするまで気づきませんでした」

 若干、声が小さくなっている。

「あの、それと、もうひとつお聞きしたいことがあって、」

 そのままの調子で、みかげは続けた。しかし、先ほどの質問に比べると、ややみかげの興味が薄れているような気がする。どこか、投げやりというか、声の調子に熱がないというか……。

「長崎先輩って、男子が好きですか? それとも女子が好きですか?」



 なぜみかげはあのとき、そのようなことを聞いたのだろう。

 りせが改めて考え出した結論は、およそ直感に反するものだった。

 みかげのりせに対する関心は、おそらく、りせとの会話の中で薄れていってしまっていた。理由は知らないが、みかげの抱いていた「りせの像」が崩れてしまったことが遠因ではないかと考えられる。りせは、中学時代までのりせとは、(少なくとも表面上は)異なっている。そのことを実感したみかげが、りせに対し幻滅してしまった、という可能性はあり得る、とりせは考えた。

 みかげは、過去の自分を追いかけていたに過ぎなかったのだ……。

 そのことにりせは何も感じないわけではなかった。しかし、より重要に思える問題は、それならばなぜ、最後にあのような問いを続けたのか、である。参考程度に、だろうか。そうかもしれない。しかし、りせには、みかげの口調と発言内容に不一致があるように感じられた。だとすれば、あの質問を発した意思は、みかげにはない……?

 このりせの考えを補強する材料はあった。バレンタインデーの次の日から感じていた違和感がそれである。なぜ、「彼女」はあんなにも熱心になっていたのだろう。件の「意思」とは、「彼女」のものであったのではないだろうか。

 自分の部屋で机に向かいながら思考を続けていたりせは、ふぅとため息をこぼした。

 いや、これはさすがに穿った見方か。りせがみかげに対して感じた印象が正しいとも限らない。仮定に仮定を積み重ねた理屈なんて、簡単に砂と化してしまいそうだ。

 あるいは、これはただ自分の願望ではないのだろうか。

 どうにも頭が冴えない気がする。

 何も書かれていないノートを閉じ、参考書を閉じ、りせは机から離れた。



 あきらは、その答えを聞いて自分の心が否応にも高鳴ってしまうのを感じていた。

 あの日の放課後、1か月前と同じように彼女らの会話を盗み聞きしていた。りせが放った一言が今でも耳に残っている。

 しかし、その高ぶりとは裏腹に、自分の心にもう一つ甘くない感情が湧きあがるのを抑えることはできなかった。

 自分の想いのために後輩を利用した。りせの気持ちを確かめるためだけに、後輩をけしかけたのだ。

 これは許されることだろうか。この奸計を知ったら、りせは自分を軽蔑するだろうか。

 実際、なんでもないことなのだ。誰も不幸にはなっていないし、誰も傷ついてはいない。何度もそう言い聞かせようともしたが、いまだに成功はしていない。

 自分の醜さを知ってしまった。

 心苦しさはこれからもいつまでも残っていくだろう。
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