倉庫(掌編・短編小説)

[6分で読める] 冒険は始まらない、はずだった [短編小説]

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 クアッドプリズム。

 それを手にしたものは、あらゆる願いを叶えることができるという、いにしえの秘宝。
 かつて富を求める多くの冒険者や、富豪たちの家来、はたまた山賊や海賊が欲し、その行方を追ったという。あるものは七つの海を超え、あるものは龍が住むという山々を踏破した。言わなくともわかるだろうが、それはそれは危険な旅だった。何百とも知れぬ命がその旅路で犠牲になった。しかし、得られたものは古代の剣や書物、貴金属で作られた装飾品ばかりであった。もちろん、それらの宝物の価値は、商人の目を飛び出させるほどであったが、彼らが追い求めていたのは、そんなチンケなものではないのだ。探訪者たちの努力虚しく、いまだにその秘宝を手にしたものはおらず、そのヒントさえつかめぬままであった。
 海も山も彼らは隈なく探した。しかし見つからない。まだ見ぬ世界はどこにある?
 時は経ち、やがて彼らの野望は萎んでいった。
 この世には、実は、クアッドプリズムなる秘宝は存在していないのではないか。追求者たちに限らず、彼らの動向を風の噂程度に聞く人々も、疑い、ついには伝説を信じなくなったのだった。

 そんな大いなる夢が果てた時代のことである。ぼくの目の前には、なんとも古めかしく、いかにもといった感じにボロボロの地図があった。
「なに、これ?」
 その地図をぼくに差し出した張本人、キッドは満面の笑みである。
「クアッドプリズム!」
 ああ、またこれか。こいつは伝説に目がない。じいさんばあさんの時代から伝わる昔話だろうが、そこらの法螺吹きが即席で作ったデマ話だろうが、伝説と名のつくものには何でも惹かれるやつなのだ。疑うということを知らない。ついこの間だって、キッドの家の裏山に青灯期の財宝が眠っているというウワサを聞きつけたらしく、三日三晩家にも帰らず歩き回っていたという。さんざん叱られただろうに、懲りないやつだ。
「地図だよ、地図! クアッドプリズムの地図! ねえねえ、一緒に探しに行こうよ!」
「よしてくれよ、キャプテン。ぼくらはいつまでも子供じゃないんだ。そんなアホみたいなデマ話信じるなよ」
 キャプテンとは、むろんキッドのことである。ぼくはキッドを馬鹿にするとき、この呼称を使う。
「デマだって?」
 キッドの笑顔は崩れない。キッドはキャプテンと呼ばれることを好んでいるようだ。
「探してみないうちに決めつけるなんて、マーロも夢がないなあ。そんな人生ツマンナイでしょ」
 ふう。これまでの経験から分かる。こいつの目が「伝説」に眩んでいるとき、なにを話しても聞く耳は持たないのだ。
「あー、はいはい。ツマンナイツマンナイ。どうせぼくの人生はつまんないですよー」
 言いながら、ぼくは耳を塞いだ。
 キッドの口がパクパク動いている。なにを言っているのかは聞かずともわかる。必死に地図上の一点を指差している。どこで手に入れたのか知らないが、凝った作りしてんな。どうでもいいけど。
「そんじゃ、明日の朝、ぼくんちの前に集合ね!」
 ようやく話し終えたかと思い、両手をはずせばこれだった。
「いや、ぼくは行かないって」
 ズササササと砂埃を上げながら走り去っていくキッドには、その言葉は届かなかった。

「たーいまーっと」
「あら、ぼっちゃま、おかえりなさいませ」
 最近うちにやってきたメイドが、お盆を両手に階段の前でお辞儀をした。父のところにコーヒーか何かを運ぶようだ。ちょっとびっくりしちゃったじゃないか。
「い、いい加減、そのぼっちゃまっていうのやめてくれないかなー。君、ぼくとたいして年変わらないじゃん」
「いいえ、そういうわけには参りません。それにこれでも、ぼっちゃまよりも五年は年上なのですよ?」
 五年年上だって!?
 全然そうは見えない。年上だということは知っていたが、一、二年がせいぜいだと思っていた。わからないものだ。
「まあ、いいや。あー、今日も何だか疲れたよー」
 先ほどまでのキッドとの会話を思い出して、思わず口から溜息が出た。明日の朝、すっぽかそうものなら、あいつ悲しむだろうなあ。
「ふふっ。大変みたいですね。じゃあ、先にお風呂にしましょうか」
 なにがおかしいのか、クスクスと笑っている。ぼくはその表情から目を離せないでいた。
 えい、と無理矢理目線を曲げてぼくは答える。
「お願い、するよ」

 ぼくはもう子供じゃないんだ。キッドが信じてしまうような、夢と冒険がつまったホラを信じるような年じゃあないんだ。
 クアッドプリズムの伝説なら、ぼくも昔聞いたことがある。あれは、そう、二代前のメイドさんが話してくれたんだっけ。そのメイドさんも、まるでおとぎ話を聞かせるように語ってくれた。むかーしむかしあるところに、ってね。おとぎ話なんだから、メイドさんも、他の大人たちも、その話を信じていたわけじゃない。もしかすると、ぼく自身、キラキラした目をしながら大人たちを問い詰めたことがなかったわけでもないのかもしれないが、それはもう過去のことだ。今の歳のぼくがそんなことを言いだそうものなら、きっと母も、あのメイドも、ぼくを馬鹿にするに違いない。ぼくだって、相手がキッドでなければ、「ありえない」と一蹴したところだ。
 だから、ぼくらの冒険は始まらないのだ。
 古びた地図に縋って宝探しをするなんて、まさに……。
 いや、もう考えるのはよそう。
 はあ、明日、どうしようかな……。

「え、クアッドプリズムの地図があるんですか!」
 なんだろう。いつにもまして、目が輝いているように見える。あれれ、ぼくよりも5年も年上なのに、こんな話に惹かれちゃうの?
「い、いや、キッドがさ、そんなこと言ってたんだよ。どこで手に入れたのかは知らないけど、古ぼけた地図を持っててさ」
「クアッドプリズムって、あのなんでも願いが叶うという古の秘宝ですよね!?」
「そうだけど……。ねえ、なんでそんなに食いつくの? こんな話にデマに決まって」
「すごいじゃないですか!」
「え」
 両手をパチンと鳴らしたメイド。
「ぼっちゃま、探してみましょうよ!」
 テーブルに手をつき、乗り出し、顔をぼくに近づけてくる。いや、ちょっと近すぎない?
「いや、だって、どうせ嘘だろうし……」
「ホンモノかもしれないじゃないですか!」
 ああ、そうなのか。この人も、キッドと同じ性質(たち)の人なのか。それがニセモノである可能性には目をつぶり、夢と幻想に満ちた伝説のみを信じる人。いい歳して、なんでこんなふうになっちゃったんだろう。
「うん、でもさ、あれだけ多くの人が探しても見つからなかったんだよ。仮にホンモノだとしても、ぼくらが探しても見つかりっこないよ」
 それを聞いたメイドはさらに顔を近づけてきた。え、ちょっ、まずいって。
 血流が加速した。
「実は私、」
 唇がぼくの耳元で囁く。しかし、それもつかの間、ぼくが唾を飲み込むと、パッと離れた。
「いいえ、やっぱりまだ内緒です」
 肩の力が抜けた。ホッとしたのか、残念に思ったのか、一体どっちだろう。
「ぼっちゃまは、何か叶えたい夢とか願い、持ってないのですか?」
 いつもの距離に戻ったメイドは、ぼくにそう尋ねた。ぼくは悩んだ。悩んだ末、こう答えたのだった。
「ないよ。なにもないんだ」

 明くる日の朝、ぼくは思ったのだった。
 まあ、大した手間ではないだろうし(多分)、キッドの伝説ごっこに付き合ってやるのも悪くはないか。
 朝食を食べたぼくは、メイドの笑顔に見送られて、家を出発したのだった。
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