エッセイ(雑記)

私が初めてDVDが欲しいと思ったアニメは『涼宮ハルヒの憂鬱』でした

 ←私が初めて見た深夜アニメは『涼宮ハルヒの憂鬱』でした →私が初めて買ったライトノベルは『涼宮ハルヒの憂鬱』でした
 初めて深夜アニメなるものを視聴した次の週、私はワクワクしながらテレビの前に陣取っていました。

 なに? 前回と言っていることがまるで違うって?

 そうなのであります。

 そのアニメを見たときにはなんとも思わなかったのですが、実は、「ハルヒ」の声と口調、喋り方が、なんか癖になってしまったのです。

 前回アニメを見てから一週間の間、なぜか頭からその声が離れて消えなかったのです。



 特に、あのシーンであります。

 あの、「ハルヒ」が子供の頃に連れて行かれたというドーム(だったかな?)での一幕を語るシーンが、なぜかわからないままに、繰り返し繰り返し思い起こされたのです。

 理由は全くわかりませんでしたが、「ハルヒ」の声と喋り方が非常に個性的で印象に残ったというのは確かであります。



 もう一度、あのアニメを見たい、「ハルヒ」の声を聞きたい、そう思った私は、来る日も来る日も新聞のテレビ欄を眺めておりました。

 今にして思えば、これは全く意味のわからない行為ではあります。

 何曜日だったかはもう忘れてしまいましたが、常識的に考えれば次の放送まで一週間あるのです。

 しかし、そもそも深夜アニメという形態自体を初めて知った私は、そんな「一週間に一度、決まった曜日、決まった時間に放送がある」という常識が通用するのかどうかということもわかっていなかったのです。



 さてさて。

 お待ちかねのアニメの時間がやって参りました。

 緊張しながら視聴を致しましたよ、ええ。



 中身はとてもとても素晴らしいものでありました。

 一週間振り、待った甲斐があったというものです。

 ワクワク、ドキドキしながら待っていた私の期待をはるかに上回る出来だったのです。

 話の展開が、これまでに筋を追っていなかった私でも、いや、そんな私だからでしょうか、グイグイと引き込まれるものだったこともあり、あのラストのシーン(おっとこれはネタバレになりますね)の衝撃度もあり、圧倒されてしまったのでございます。

(ああ、私の語彙力のなさが残念です)



『涼宮ハルヒの憂鬱』第一シーズン最終回のことでございます。



 視聴後の私は、喪失感に苛まれました。

 あの放送が最終回だったなんて……。

 確かに、最終回と呼ぶにふさわしい出来だと私もそう感じはしましたが、それでも何かを失ったような感覚に囚われてしまったのです。

 ああ、これ以上待ち続けても、もう見ることができないなんて!



 悲嘆に暮れました。



 そんな私に希望の光を差し込んでくれたのは、DVDの存在でした。

 DVDを買えば何度でも見られるではないか!

 当時、このことに気づくまでに何ヶ月もかかりましたよ。

 あの美麗な映像がまた見れる。

「ハルヒ」の声がまた聴ける。

 私はDVDの購入を決意したのでした。



 結果から申しますと、この決意は断念せざるを得ませんでした。

 理由はいくつかありましたが、主な理由は買うお金がない、というものでした。

 小遣いをもらう身分でありながら、日々の浪費を抑え、コツコツとお金を貯める、ということが私にはどうしてもできなかったのです。

 また、副次的な理由としては、買う勇気がない、また、買っても家で見る勇気がない、というものでした。

 特に、買う勇気がない、は深刻でした。

 ただでさえ高い買い物です。

 正直な話、こんなべらぼうに高いアニメのDVDを買う人が、世間からどんな風に見られるのか、考えてみると気が気ではなかったのです。



 こうして、長い間、私は欲しているものを手に入れることができないままに過ごしたのでした。
関連記事
スポンサーサイト


  • 【私が初めて見た深夜アニメは『涼宮ハルヒの憂鬱』でした】へ
  • 【私が初めて買ったライトノベルは『涼宮ハルヒの憂鬱』でした】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【私が初めて見た深夜アニメは『涼宮ハルヒの憂鬱』でした】へ
  • 【私が初めて買ったライトノベルは『涼宮ハルヒの憂鬱』でした】へ