エッセイ(雑記)

怠け者あるいはクズと呼ばれる人についての考察:努力ができない人って、甘えてるとか怠けてるとか言われるけど、尻に火をつけられても改善しないのであれば、それは本人の意思で解決できる問題ではないのでは?

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◆努力ができない人って、甘えてるとか怠けてるとか言われるけど、尻に火をつけられても改善しないのであれば、それは本人の意思で解決できる問題ではないのでは?

◆本当に「ただ怠けている」だけの人間なんているのか?

◆「怠ける」ってのは「できない」ってことと同義じゃないのか?

◆自分の意思で制御ができないなら、それはもう精神論の問題じゃないのでは?

◆外部からの刺激があればなんとかやれる人ってのは、やはり自分の意思だけでは努力できないのでは?

 上に示したような疑問がたまに頭に浮かぶので、怠け者を分類・整理し、問題について考えるための足掛かりを作ってみた。

 では、早速分類してみる。

[ 怠 け 者 ]
 →[ 本人の意思の力のみで怠け者状態から脱却できる ]……パターンA
 →[ 本人の意思の力のみでは怠け者状態から脱却できない ]……パターンB
  →[ 何らかのきっかけ(本人の意思の外からの刺激・作用)があれば、怠け者状態から脱却できる ]……パターンB-1
  →[ いかなる外的な刺激・作用が与えられても、怠け者状態から脱却できない ]……パターンB-2

 言葉の定義を述べておく。

 怠け者……努力ができない人のこと。
 怠け者状態……努力できない状態。
 意思の力……意識的な思考によって現状(特に怠け者状態を指す)を打破しようとする力。
 きっかけ……意思の力とは独立の、他人の言動や環境の変化によって与えられる刺激や作用。



 んじゃあ、それぞれの分類についてコメントしていく。

[ パターンA ]

 外的な刺激・作用に依らず努力するときは努力するので、そもそもこういう人は怠け者とみなさないほうが自然。努力が必要な状況(いや、実はこれも外的な条件なんだけど)さえ設定されれば、この人は意思の力で自然と動く。もし努力が必要なのに自分の意思だけでは動けないのであれば、その人はパターンBに該当する。その場合、なぜ努力できないのかについて考える必要がある(怠け者だから、甘えているからという解答はトートロジーなので意味がない。さらに言えば、精神がヤワだから、とか、クズだから、とか、ゴミだから、とかいう解答も、「努力できない」ということを言い換えているに過ぎないので、理由の説明にはなっていない。なぜ怠け者なの? なぜ甘えているの? なぜヤワなの? なぜクズなの? なぜゴミなの? という問いに対して、答える術はあるのか? 以下で述べるように、本人の意思ではどうにもならない以上、外的要因に解答を求めるしかない)。



[ パターンB – 1 ]

 何らかのきっかけがあれば、例えば「努力をしないと死ぬ、あるいは、破滅する」くらい追い込まれれば、怠け者状態から脱却することができる人のこと。きっかけは人それぞれなので何がきっかけとして有効なのかは一概には言えない。もしきっかけが与えられないままであれば、このタイプの人はずっと努力できないままである(外的なきっかけなしで努力できる人はパターンAに該当することに注意)。

 このタイプの人を怠け者だとか甘えているだけとか言うのは簡単。だが、その指摘は、大抵の場合において、本人にとってはマジで何の役にも立たない。そのような指摘を行うのは、その発言者が「努力できない人間を虐めたい」か、「俺はこんなにも頑張っている」と認めて欲しいかのどちらかなのではなかろうか? もしかしたら「お前は怠け者だ」という事実を突きつけることで叱咤しているつもりかもしれないが、それで「怠け者」がそうでなくなったという例は一つでもあるのか? あるとすれば、まさにその指摘が怠け者脱却の「きっかけ(これも外的な要因であることに注意)」だったのだろう。おめでとう。

 もしかすると、明白なきっかけなしで怠け者を脱却することができたように見える人がいるかもしれない。その場合は、きっかけは「時間の経過」に求めるしかない。ある時点で努力ができなかった以上、脳内で何らかの変化が自然に起こったとしか考えられない。そしてその変化は自分の意思で引き起こすことはできない(できるというなら、その人はパターンAに該当する。もはや怠け者でもなんでもない)。



[ パターンB – 2 ]

 いかなる外的な作用によっても努力することができないなら、もはや解決は不可能。死ぬほど追い詰められても努力できず、かつ外的なサポートがないのであれば、その人は多分死ぬ。外的なサポートがあれば生き残ることはできるだろうけど、きっとその人のことをクズ・社会のゴミ・お荷物と見做す人たちは後を絶たないんだろうなあ。悲しいなあ。



 結論なんていう大層なものはないんだけど、もし周りに怠け者っぽい人がいるなら、怠け者状態を脱却するためのきっかけを探してあげると、本人のためになると思うよ。

 怠け者っぽい人をクズ呼ばわりしても、ほとんどの場合マリスがたまっていくだけなので、いいことなんてないと思うよ。

 ストレス解消のためにクズに見える人間をクズ呼ばわりするのはクズのやることだと思うよ。

 ついでにもう一つ言っておくと、筆者はこのエッセイの中で怠け者のことをクズ呼ばわりしていないよ。ネットとかだと割と「怠け者=クズ」みたいな表現を見かけるから、「怠け者がクズって呼ばれていること」を事実として使っているだけだよ。当然「怠け者=クズ」は、筆者の意見ではないよ。この文章を読んで、勘違いで発狂してしまう人がいるかもしれないから、ここに述べておいたよ。
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聖人だろうが金持ちだろうが怠け者だろうがクズだろうが犯罪者だろうが、本人が満足だったらそれでいいのではないかと思ってます。

「君は自分の不幸のただなかで幸福なのだ」(カフカに友人が送った書簡より)
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