[中編] 湖底より

プロローグ

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 プロローグ1

 激しく雨が降りしきる中、自身が飲み込まれる可能性も厭わず、その人物は荒れ狂う川のそばに立っていた。息は切れ、肩は絶えず上下している。全身が小刻みに震えているのは、決して寒さだけのせいだけではない。雨か川か判別のつかない水しぶきをその身に盛大に浴びながら、見通しの悪い視界にも目を凝らし、何かを探すように川のそこここに視線を向ける。

 おそらく、とうに川に流されてしまったのだろう。もはやこの場で自分ができることはない。

 苛立ちと悲しみの入り混じった表情を浮かべ、天を仰いだ。雨がわずかに開いた目と口に容赦なく降り注ぐ。

 しばらくの間、泣き止まぬ空を見上げていた。これまでの日々を思い返し、自然、涙が冷たい雨に混ざる。開いた口からは嗚咽が漏れた。

 なぜこのようなことになってしまったのか。悪いのははたして誰だったのか。これから彼女とどのように接していけばよいというのだろうか――。

 容易ならざる問いが次々と心に浮かぶ。しかし、やがて、その人物は意を決したように真正面を見据え、ゆっくりと川に背を向け、歩き出した。

 雨はどのような思いも洗い流してくれはしない。この冷酷な事実に自らが向き合わねばならないのだ。

 分厚い雲に覆われ、あたりはまるで夜のように暗い。冬のある日のことであった――。



 プロローグ2

「マーガレット=ベルヌーイ。貴女との婚約を破棄することをこの場に宣言する!」

 キュリー家の屋敷の大広間に若い男の声が響く。煌びやかな衣装を身に纏い、祝賀パーティーに参列したマーガレットを待ち受けていたのは、婚約者ロータス=キュリーのこの一言であった。

「い、今なんとおっしゃったのだ……? ロータス君」

 マーガレットの父、ハイアシンス=ベルヌーイ卿の間の抜けたセリフがその場の約半数の参加者の気持ちを代弁した。

「婚約を破棄するだと……? そんなこと、君の一存で決めることは出来まい。いや、それよりも何が問題なのだ? 私のマーガレットに何か不満でも生じたのだろうか。それならばぜひ話し合いを……」

「いいえ。ベルヌーイ卿」

 キュリー家の当主であり、ロータスの父、ナーシサス=キュリー卿が一歩前に出た。

「これはロータスだけではなく、我々キュリー一族が決めたことなのです。理不尽だと思われることは私どもも承知のこと。しかし、どうかご了承願いたい。誠に申し訳のないことだと思っています」

 キュリー卿が、困惑するベルヌーイ卿に対し深く頭を下げた。場がざわめく。同じ貴族仲間とはいえ、滅多に見られない光景だ。

「そ、そんな。どうか頭をお上げください。私たちがお聴きしたいのは、謝罪でもなんでもないのです。理由をお聞かせ願えませんでしょうか。なぜマーガレットではダメなのです!」

 キュリー卿は同じ言葉を繰り返すだけであった。

「誠に申し訳ない」

 唖然とするベルヌーイ卿のすぐそばで、元婚約者となったロータスをジッと眺めていたマーガレットは、胸を張り、口を大きく開き、堂々とこう言った。

「こちらこそ、誠に残念でなりません。しかし、キュリー家の懇願を無視するわけにはまいりません。それに、無理に事を進めても良いことなど何一つないでしょう。よって、マーガレット=ベルヌーイは、ロータス=キュリー閣下との婚約の破棄をここに認めることとします!」

 傍らに佇む父、ハイアシンスの肩に手を添える。

「お父様、どうかお認めになってください。私はすでに決心しているのです」

「む、むう」

 納得いかぬという表情でマーガレットを見やるも、やがてハイアシンス=ベルヌーイ卿は首を左右に振り、しぶしぶといったやり方で婚約の破棄を認めたのだった。



 ベルヌーイ卿の落胆はその後長きにわたって続いた。翌日ようやくまともに口をきくことができるようになった彼は、マーガレットにこう問いかけた。

「だが、しかし、マーガレットよ。なぜあの場で即座に婚約の破棄を認めることができたのだ? お前も悔しさを感じなかったわけではあるまい。それにロータス君ほどお前に合う男もいないはずだし、何よりお前自身も相当気に入っておったではないか。なのに、なぜ……?」

 それに対し、マーガレットは答えた。

「ああ、お父様。これは仕方のないことなのですわ。そう、まさに運命というべきもの。決して私やお父様、ロータスに何か問題があったわけではないのです。これはとうの昔に定められた、決して抗うことのできぬ運命なのですから……」



 ――定められた結末に向けて、物語は動き出す。始まりは半年前。マーガレットが湖に浮かべたボートの上で愚痴をこぼしていた、ある夏の日のことである。
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