掌編・短編小説

[4分で読める] ノーネクタイの男 [短編小説]

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「ところで、あそこにいる彼は、一体なぜ一番上のボタンを留めているのだろう?」

 学会の懇親会会場で私と会話していた教授は、唐突に話を区切り、どこかを指し示した。私も振り返って見る。視線の先には同期の柏がいた。水色がかったカッターシャツにベージュのスラックス。確かに、ボタンを全て閉めている。ノーネクタイだ。

「オシャレか、フォーマルのつもりでは」

 教授は唸り、柏の腰のあたりを指した。

「だが、彼はシャツをズボンに入れてない」

 なるほど、だらしない印象だ。チグハグでオシャレとも言い難い。

「彼はいつもあんな格好かね?」

「いいえ。今日だけ何か理由があるでは? 首のキスマークを隠したい、とか」

「なるほどね」

 言いつつも、教授はまだ納得はしていない様子である。視線を柏の方から外さないまま、しばし黙り込んだ。突如、再び話し始める。

「彼、何か落ち着かない様子だね。シャツのボタンをいじっては頻繁に視線を動かしている。……彼のボタン、変ではないかね?」

「黒色のボタンを白い糸で留めてますね」

「ここからではよく見えん。よし、君、彼に話し掛けたまえ」

 変なことにこだわるものだ。そう思いつつも、私は柏のほうへと向かった。教授も後ろからついてくる――。



「上の空でしたね。何かわかりましたか」

 私と教授は柏との短い面談を終えて、元の場所へ帰ってきていた。

「ああ、四つ穴ボタンの留め方が奇妙だ。

 四つ穴を右上から時計回りに一二三四と名付ける。普通ボタンの表に見える糸は一二・三四と平行に結んでいるか、あるいは一三・二四と斜めに結んでいるかのどちらかだ」

「確かに、私のシャツのボタンはそうですね」

 私は自分のシャツを引っ張って確かめた。

「彼の七つのボタンはそうではない。それぞれバラバラ、中途半端なつけ方だった」

「奇妙ですね」

「……君、そこで、私は考えたのだが。あれは暗号ではないだろうか?」

 突拍子もないことを、教授は口にした。

「四つ穴ボタンを一つ留めたとき、表に見える糸のパターンの数を計算してみたまえ」

「そうですね……。穴のペア一つのみでボタンを留める場合、一二、二三、三四、四一、一三、二四の六通りです。次に二つのペアだと、六個から二個を選ぶので、十五通り。三つで二十通り、四つで十五通り、五つで六通り、六つで一通り。合計して六十三通りです」

「ボタン七つで?」

「六十三の七乗……。途方もない数です」

「情報伝達には十分なパターン数ではないか」

「確かに、暗号化の方法を決めておけば、あらゆることを伝えることが出来そうです」

「そうだろう。柏くんはきっと、重要な情報を誰かに伝えたがっているのだ。一番上から、一二・二三・三四で上に開いたコの字、一二・三四で縦棒二本、二三・三四・四一で右に開いたコの字、二三・三四でL字、次も同じくL字、一二・二三・三四・四一でロの字、最後は三四で左側に縦棒一本。これさえ解ければ、彼の目的がわかるかもしれん!」

 私はため息にも似た相槌がこぼした。

「先ほどからキョロキョロあたりを見渡しているのは、相手が見つからないか、相手を知らないかのどちらかだろう。

 彼は今、ある組織にマークされているのだ。だからこのように回りくどい方法で情報を伝達せざるを得なくなった。ずっと見張られているのかもな。

 さあ、これで、ノーネクタイの男の謎が解けたぞ。ボタンを閉めていない理由も、シャツをインさせていない理由も明らかとなった。全てはボタンを見せるためだったのだ」

「……そうですね」

「どうしたのかね、君? まるで呆れたような顔をしているが……」



 私は彼女に、件の暗号について話してみた。

「面白いわ。ボタンを全部閉めているという観察事実から、暗号の存在まで見抜くなんて。でも、実際のメッセージは教授の考えよりもずっと単純なんじゃないかしら」

「どういうこと?」

「暗号を上から並べて描いて、上から一つ目と二つ目、三つ目と四つ目、六つ目と七つ目をつなげるじゃない? そうすると……」

 HELPという英単語が浮かび上がった。

「助けてほしかったんじゃないかな、教授みたいな人に。ところで、柏さんのその後は?」

「警察に拘束された後に失踪、今は行方不明」

「怖いわね……。柏さん、無事かしら」

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