[中編] 禁忌の呪文、魂の行方

[中編] 禁忌の呪文、魂の行方( 13 of 13 )

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「私の身体が魂を失っていた間、その魂はどこへ行っていたのか? 実際に、ヒトカタ化された私にはわかるわ。今度はその話をしましょう」
 心ここに非ずといった感じのヒコサだったが、パレットの声は聞こえているようだ。かすかにうなずいたのを確認すると、パレットは話を始めた。
「魂の行く先はね、『可能性の海』なの」
 ヒコサがピクと反応した。おうむ返しに応える。
「可能性の、海……?」
「そう。そこではね、あらゆる魂の可能性だけが彷徨っている。そのほとんどを占めるのは、現実に生まれてくることのなかった魂たちよ。私たちみたいにこの世に生を受けることのできる可能性は、ほんの一握りなの。その生まれる魂の特徴というのは、考えることができる、ということ。逆に言えば、大部分の魂は考えるということができないの。だから、こっち側の世界には普通はやってこない。そのままでは生きていくことができないから。
 その海では、時間の概念はなかったように思うわ。一秒しかいなかったような気もするし、数百年くらい長い年月の間そこにいたような気もする。だけど、その間、私はいろいろな魂の可能性を見てきたの。さっきも言ったけれど、そのほとんどは考えるという重要な特徴がないから、覗き込んでも私は何も感じなかった。それらの魂には感情すらないもの。だけど、極まれに人として生きる可能性の高い魂に出会うこともあった。あるときはその魂の夢を覗いたわ。またあるときは、非言語的で理解できなかったけど、なにかとても優れた理論を描いている魂もいた。さらに別の魂は、強く激しい想いだけを持っていた。
 私は思ったわ。生を受けるって、それだけで素晴らしいことなんだって。別に他の生まれてこなかった魂たちを下に見ているわけではないの。ただ、生まれてくるっていうのは、本当にたまたまなのね。圧倒的に確率が低い。生まれてきて必ずその魂が幸せになれるとは限らないし、その寿命を全うできるわけでもない。だけれど、生まれてきたからには、精一杯生きなきゃって思うの。生まれてこなかった魂たちのためにもね。
 私、色々と変わったと思う。ヒトカタ化される前の私と、今の私。『可能性の海』に行って、あらゆる可能性を見てきて、色んな知識も身についた。様々な価値観もね。そうでなきゃ、こんなふうに落ち着いて話してなんかいられないわ。きっと昔の私ならまずパニックに陥ったことでしょうね。ショッキングな出来事があまりに起こりすぎていて。でも、今の私は大丈夫」
 ヒコサも徐々に落ち着いてきたらしい。顔をパレットの方に向け、真剣に話を聞いている。今パレットが話していることは、ヒコサだけでなく東の国がついぞ到達することのできなかった世界なのだ。魔法の概念のみならず、あらゆる学問の根幹を揺るがしかねない事実だった。
 「ここまでの話で、もしかしたらヒコサにも見当がついたかもしれない。結局、石板の魔法とは、ヒトカタ化とは、なんだったのかという問題について。『星と魂の交換説』は間違っているけれど、擁護するのなら『魂の交換』という部分だけは合っているの。つまりね、現実世界に存在している生き物の魂と、『可能性の海』に存在している魂を交換するのが、その魔法なの。ヒトカタのように術者の指示に従う、まるで操り人形みたいな生き物が誕生してしまうのは、さっきも言った通り、その魂には考えるということができないから。パピル語を通じて命令を受け取ることはできるけれど、それがどういうことであるのかは一切考えない。魔法の力でただただ動くだけ。そんなふうに生まれてこなかった魂を連れてきて、奴隷のように働かせるのって、どう思う? それからせっかく生まれ出でた魂を『可能性の海』に帰してしまうのって、どう思う?」
 パレットはここまで、目を伏せながら語った。
 単なる生死の問題ではない。非常に高尚ではあるけれども、現実世界しか知らない人たちにとっては、取っ掛かりさえつかめないと思われる哲学的で空想的な話。それをヒコサがどのように受け取っているのか、興味を持って顔を上げると、ヒコサと目があった。食い入るようにパレットの瞳を覗いているようだ。
 見覚えのある表情だった。ヒコサが必死で何かを考えているときの顔。脳ばかりを働かせて、顔の筋肉は一切変化を起こさない。ただ話だけはちゃんと聞こえているようなので、パレットは続きを語り始めた。
「いつものように『可能性の海』を彷徨っていたら、突然光の道が目の前に現れた。もちろん、これは比喩なのだけれど、今そのことを言葉にしようと思ったら、こういう表現しかできない。私はその道に導かれた。そして、気づけばこの世界に舞い戻っていたの。それがついさっきの出来事。
 ヒコサが話をしてくれて、合点がいったわ。あの光の道はネロウが敷いてくれたものなんだって。ネロウの魂は『可能性の海』を通ってそれから別の世界へ行ってしまった。おそらくそのまま消滅するんだと思う。だけど、その間に私が元の世界に戻れるように、ちゃんと道を示してくれたの。ネロウは『俺にはプレイヤの理論はちんぷんかんぷんだった』なんてことをしゃべっていたらしいけど、でも、最終的にネロウは到達したのよ、プレイヤと同じ理解に。あのネロウがよ! いつも学校の成績が下位だったあのネロウが! 『俺はバカだから』なんて口癖みたいに言っていたあのネロウが! だからネロウにはできたの。私の魂を救い上げることが、ね。
 きっと必死に勉強したんでしょうね」
「……僕は、自分も、ネロウに負けないくらい必死になってやってきたと思っていた。だけど、」
 ヒコサの強張っていた口が動き出した。
「敵わないんだなあ、ネロウには」
「でも、それじゃあ困るわ」
 かすかに眉をひそめたヒコサ。パレットが何を言っているかわからない、という表情をしている。
「ヒコサにも、プレイヤの理論を理解してもらいたいの。そうでなきゃ、できないことがあるから」
「……できないこと? 僕に、何をしろっていうんだい?」
「パピル語が使われていた時代の、全ての遺物の破壊よ」

「破壊……? 石板やそのほかの魔法遺物を破壊するだって……?」
「そうよ。ふつうの方法では破壊できないことは知っているわ。だから、プレイヤの理論を学ぶ必要があるの。そこに魔法を完全に解除し、失効させるヒントがあるに違いないわ。
 さっきまでの会話でわかったでしょう? 東の国が遺物に憑かれていること。そのせいで間違った方向に軍も研究者も向かっていること。それから、実際に魔法を使ったときにどんなことが起こるのか。魂の行方、『可能性の海』のこと」
「だが、しかし、それでは戦争に――!」
「いずれにせよ、東の国は戦争には勝てない。私が保障してあげる。このままでは亡びる運命なのよ。パピル時代がなぜ崩壊したのか。超高度な魔法技術を持っていながら、どうして滅びゆく運命を止めることはできなかったのか。考えたことはある?
 東の国が生き延びるためには、国を牛耳っている連中のさらにその奥にいる遺物を取り除かなければならない。わかるでしょう、ヒコサなら」
 眉の間にしわをよせ、険しい顔で、思考を続けるヒコサ。しかし、残念そうに首を振った。
「……僕自身が犠牲になることは構わない。だが、もし僕が遺物を破壊するなんてそんな大それたことを行えば、僕の家族が処刑されてしまう」
 パレットは少なからず衝撃を受けた。しかしよくよくヒコサの年齢を考えてみれば、結婚していることぐらい当然とすらいえるのだった。
「……そっか。ヒコサにも、守るべきものがあるのよね」
「すまない。だが、軍や研究者の暴走を止めたいとは考えている。だから、時間が欲しいんだ。……僕は、家族を連れて西の国へと亡命する」
「……そんなに簡単にできると思っているの? 下手したら、全員――」
「しかし、他に方法がないだろう! どのみち、僕らだけでは手に負えないことなんだ。西の国の協力は絶対に必要だ。一つの国家を転覆させるんだぞ!? 家族の安全を西に保障させる。それからだ、動くのは。すまないが、これだけは譲れない」
「……なんか無茶なことを言ってしまったわ。ごめんなさい」
「いや、パレットが謝る必要はない。原因と責任は無知だった僕らにある」
「……」
「僕は、僕自身のことがもう信用できなくなっている。今この発言だって、僕の本来の意思なのかどうかさえわからないんだ。遺物から離れなければ変わらない。このまま東にいれば状況は悪くなる一方だろう。だから、どうしても西の国に渡る必要がある。
 パレット、君は軍の関係者でも東の国家の一員でもない。君だけを逃がすことなら容易にできるはずだ。だから、先に西へ行って待っていてくれないか? 僕は、必ずそっちへ向かうつもりだ」
「……本気なのね?」
「もともとは君が言いだしたんだろう? 遺物の破壊なんてこと」
「そうだったわね」
「こんなふうに変わってしまった僕だけど、今は」
「信じるわ、ヒコサ」
「……ありがとう、パレット」
 ヒコサが深々と頭を下げた。
 そして、まさにこの瞬間こそが、いずれ大勢の人間を巻き込むことになる、パレットとヒコサによる壮大な闘いの始まりであった。

 あの世へと行ってしまったネロウだが、パレットの無茶も許してくれそうな気がする
 いや、「そんな危ないことはさせられない」なんて怒られちゃうかな?
 「幸せになってほしいだけなんだ」とも言われてしまうかもしれない。
 ううん、私は、自分のすべきことが見つかって幸せよ。
 これでいいよね、ネロウ――。
 頭を垂れ、手を胸に当てて、パレットは祈った。
 ネロウの魂が、そしてすべての生き物の魂が安らかならんことを――。
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