[中編] 禁忌の呪文、魂の行方

[中編] 禁忌の呪文、魂の行方( 12 of 13 )

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 ヒコサは時々涙声になりながらも、必死に泣くまいと耐え、パレット復活までの経緯を説明してくれた。
 ネロウが、犠牲になった、私のために――。
 パレットは考えた。
 ずっと責任を感じていたに違いない。あれほど石板に憑かれたせいだと説得したのに、私のせいでもあると説得したのに、ネロウはそれを背負って逝ってしまったのだ。他に魂を取り戻す方法がなかったとはいえ。ネロウ以外にその手段を実行できるものがいなかったとはいえ。
 私のことなんて、別に放っておいてくれても――。
「ネロウは、君に対して責任を感じていた。それは確かだ。だが、」
 まるでパレットの心を読んだかのように、ヒコサはぽつりぽつりと話を再開した。
「それだけじゃない。ネロウの想いは、それだけじゃあ、なかったんだ」
 じっとパレットの目を見つめるヒコサ。
「パレットが気づいていたかどうかわからないけど、ネロウはさ、好きだったんだよ、パレットのことが」
 パレットはその言葉に胸を突かれた。十四歳のときの、少年だったころのネロウの笑顔が次々と脳裏によみがえってくる。胸に受けた衝撃は、そのまま体の中を上昇し、やがて涙へと形を変えて外にあふれ出てきた。
 わっと両手で顔を覆った。
 しばらくの間、そうやってネロウとの思い出に浸っていた。
 照れたように頭を掻いているネロウの姿が、ずっと脳裏に焼き付いて離れない。
「端から見ていると、丸わかりだったんだけどね。ま、ネロウはバレていないと思ってたみたいだし、パレットもその様子じゃ、気づいてなかったみたいだね」
 ヒコサの目元がふっと和らいだ。まるで楽しかったあの頃のことを思い起こしているかのように。
「ネロウの想いは変わらなかったみたいだよ。それはネロウと対峙したときにわかったんだ。あのときは僕の頭にも血が上っていたから、それと気づけなかったけど。今考えてみると、あれはひどく無様な挑発だったよ。心にもないことを言ってしまったものだから。今なら顔が見えなくても声の調子でわかる。こう言っちゃなんだけど、いい歳にもなって初恋の相手のために命を懸けたんだ、純粋だろ? ネロウは」
 ホントにもうバカなんじゃないのか? ネロウも、それからヒコサも。
 十四歳以降の残りの人生を全て捨てたようなものじゃないか――。
「なんで私なんかのために、とかそんなことを、パレットはもしかすると考えてしまうかもしれない。だけど、あいつも僕も好きでやったことなんだ。だから、パレットは僕らの選択と行動について、責任を感じたり、気を病んだりする必要はないんだ。
 むしろ素直に喜んでほしい。それが、僕が今一番思っていることだ。パレット、君自身がこの世界に帰って来れたことを喜ぶんだ。それが、ネロウに対する最大限の弔いになるんだよ」
「……ええ。わかったわ」
 パレットは涙をぬぐと、無理やりにでも笑ってみせた。
「私、この世界に帰ってくることができて嬉しいの。それはホントなの。やらなくちゃいけないことだってできたし、ヒコサにだって会えた、死んでしまって哀しいけれどネロウの話も聞けた」
 話しているうちに、自分の中で何かが解放されたかのような感覚を覚えた。次第に気力が、熱情が、身体の奥底から湧き上がってくる。
 それはまさしく、生きているという感触だった。
「ありがとう、ヒコサ。それから、聞こえてるかしら? ネロウにも」
 天井を突き抜けた遥か上空を見つめ、気持ちを込めてつぶやいた。
「ありがとう」

 ゆっくりとした時間が経過した。
 二人はやわらかい椅子に座ったまま、それぞれが自分の感情を整理し、ネロウに想いを馳せていた。
 昂ぶった感情が落ち着き始めたところで、パレットは尋ねた。
「ところで、この身体、どうしたの? 今の本当の私の身体は、きっとずいぶん歳をとっていると思うけれど」
 いきなり現実に戻されたヒコサは、目をパチクリと瞬かせて言った。
「ああ。実は……」
 少し言いにくそうな感じだ。
「造りなおしたんだ。君の本当の身体から『細胞』っていうほんの小さな欠片を取ってきてね。東でも最新の技術さ。ただそれで再生できるのは、身体だけ。魂の方はどうにもならないんだ。だからネロウと僕とで君の魂の行方を追っていたわけだけど」
 一呼吸を挟んで続ける。
「……それで、君の元の身体の方だけど、数年前に死んでしまったよ」
「まあ、そうなの!?」
「ヒトカタ化された生き物の寿命が、本来よりも短縮化される、というのはすでに示されているんだ。交換された魂ともとの生き物の身体は互いに異物みたいなものだからね。どうも反発が起こるらしい」
「……」
「ただ、伝え聞くところによると、君の元の身体は平穏に暮らしていたらしいよ。実はあれから君のご両親と君の身体は西の国に移住したんだけど、そこで安らかに生涯を終えたそうだ」
「……やっぱり、」
「ん?」
「やっぱり、いまだにあの石板の魔法は使われ続けているのね」
 ヒコサが口を開いて硬直した。
 暖かく優しかった雰囲気は吹き飛び、急に張りつめた空気が部屋中に漂い始めた。

「ひ、必要なことなんだ。研究のために。ほとんどは爬虫類や鳥類に対してだよ。に、人間に対して魔法を使うのは、ほんのごくごく一部にしか、」
 ヒコサが慌てたように弁明を開始した。
「それも、西の国のはずれの、」
 瞬間、ヒコサは自らの失言を悟ったらしかった。東の国の思考に慣れすぎた結果だった。ハッと口を押える。しかし、しどろもどろになりながら、それでも言葉は続けた。
「い、いや、これは決して悪用しようなんて思惑があったわけじゃない。仕方なかったんだ。研究所の意志だったんだ。僕は一員としてそれに従う必要があった。でなければ、魂の行方の研究なんてやらせてもらえないし、その蓄積された知識にすらアクセスできなくなってしまうから!」
 冷ややかな目で見るパレットに、額に汗をうかべながらヒコサは必死にその「実験」の詳細の説明を試みた。
 しかし、そのことは、パレットの逆鱗に触れる結果にしかならなかった。
「やっぱり、ヒコサもそうなっちゃったんだ」
 自分でも声の温度が低くなっていることがわかった。
「……僕が、どう、なったって?」
「東の国が石板の魔法を軍事利用しようとしていた、っていうのはプレイヤが言っていたことよね。ホント、非人道的なやり方」
 吐き捨てるように言う。
「でも、これは私の想像だけど、それは順序が逆。石板が、東の国の軍関係者や研究者に憑いたんだと思う。ヒトカタ化の魔法を使わせるように。そのために彼らは後付けで軍事利用なんてアイディアを捻出したの」
 ヒコサの呼吸が数拍の間止まっていた。やがて、勢いよく椅子から立ち上がり、息を吸い、パレットを見下ろし、言葉を紡ぐ。
「い、いや、それじゃ、君は、僕らが石板に操られているっていうのかい? 今までも、そして今現在も」
「石板に操られればどうなるかは、もうとっくの昔に知っているはずでしょ?」
 力なく椅子になだれ落ちた。
「そ、そんな馬鹿な……」
「さっきヒコサの話の中に、ネロウの師匠のプレイヤが魂の行方を探った経緯があったわね。プレイヤは確か、紙の上でそれを示して見せたんじゃなかったかしら。そして実証の方法については大いに悩んだって。その結果、自分を犠牲にするより方法はないことに気づいたって。きっとそれが唯一、石板の魔法に対しての有効な手段だったのよ。
 魔法国家であるはずの東の国における研究の進捗が芳しくないのは、それが全て石板の意志だったから。間違った仮説、ええと『星と魂の交換説』だったかしらに東の研究者たちが固執したのも、きっと石板の思惑なんだわ。あるいは、憑かれていることを研究者たちは自覚したうえでやっていたのかもね。頭がおかしいってこのことを言うのね」
 ヒコサは手の中に顔をうずめた。と、思うと頭をガシガシとかきむしった。パレットは構わず続けた。
「これも多分なんだけど。今の東の国における標準的な仮説がどんなものかは知らないけれど、きっとそれも的外れなはずよ。
 なにか宗教じみた感じがするわ。さっき見た白いローブの集団も我を忘れて熱狂していたように見えた。もしかすると、東の国全体が、実は石板の、いいえ、石板に限らないかもしれないけど、パピル文字がつかわれていた時代の遺物に支配されているんじゃないかしら?」
 今や、ヒコサは放心したように椅子にもたれかかり、天井の方をうつろな目で向いていた。
「だから、戦争に負けるんだわ」
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