[中編] 禁忌の呪文、魂の行方

[中編] 禁忌の呪文、魂の行方( 11 of 13 )

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 ヒコサは一人、明かりの消えた暗い廊下を歩いていた。音をたてぬよう、忍び足で。
 もっとも、気配を消す魔法はとうに自身にかけている。一般人相手なら決して気づかれることはないだろう。
 真夜中のこと。その建物の中も外も静まり返っている。警備兵は今、別の場所を巡回している。時間には余裕があるはずだった。
 目を凝らす。暗闇に慣らしたとはいえ、遠くまで見通すのは困難だ。目的地まではもう少しだった。この先の廊下を右に曲がればすぐだ。
 ふいに、背後に人の気配を感じた。細い息遣い。
 咄嗟に後ろを振り返る。
 そこには真っ暗な闇が口を開けているだけだった。
 大丈夫。誰もいない。僕の存在は感知されていない。いける。
 前を向きなおす。
 真っ白だった。怒涛の光が神経になだれ込む。思わず目をつぶる。
 と、その瞬間、脳天に重い打撃を受けた。態勢を崩したヒコサはそのまま床に倒れる。
 くそっ、バレていたのか――!
 あたりは再び暗闇に覆われた。
 床に伏せた状態から、右手を上に突き出し魔法を放つ。風切。対象がなんであれ瞬時に切り刻みバラバラにしてしまう魔法。
 敵は――。
 手ごたえはない。わずかなダメージすら与えることができなかったらしい。
 二度目の衝撃が背中に走る。うめき声が漏れた。皮膚が裂けたようだ。背骨に沿ったラインが熱い。
「ここが戦場なら十回は死んでたぞ」
 頭上から声。
 ハッとした。顔を上げる。忘れられぬそのセリフ。懐かしい響き。
 その目に映ったのは、かすかに光を放つ灰色のローブを身に纏った、長身の男の姿だった。
「久しぶりだな、ヒコサ」
 下から覗いても、深くかぶったフードで顔は見えない。ただでさえ暗闇の中だ。フードの闇は、あらゆるものを吸い込むという天体を思わせた。
「ネロウ、なのか――」
「見違えただろう? 今の俺は、お前よりも背が高い」
 ネロウはヒコサを見下ろしながら、立て、と言わんばかりに右手の人差し指をクイッと曲げた。
 背中に痛みが走る。どうやら血が流れている。ドクドクと鼓動が響く。それでもヒコサは腕に力を入れて立ち上がった。
 ネロウを真正面に見据える。確かに、ネロウの言うとおりだった。以前とは大違いだ。背も、それから――。
 バサッ。
 ネロウのフードがはじけ飛んだ。ヒコサの魔法。思った通り、その下には何もなかった。
「頭まで失くすとはな、恐れ入った」
 フードがめくれてしまっても、ネロウに慌てる様子は一切見られない。いつかのプレイヤのように、フードを元の位置にかぶせることすらしない。
 首なしの巨人か――。
 そんな言葉が思い浮かんだ。それと同時に、ヒコサは悟ったのだった。
 ――段違いだ。僕とネロウとは。

「ここに何の用だ、なんて野暮なことは聞かねえ」
 ネロウが話し始めた。声はヒコサの頭よりも高い場所から聞こえてくるが、そこには当然頭はなく、ただただ透明な空間が広がっているだけだった。
「目的はわかっている。お前らが求めるものはこの奥にある。だが、行かせるわけにはいかねえ。たとえお前であってもな」
「すっかり西の兵士になったな、ネロウ」
「お前も、東に染まっちまったな」
 ピリリと張りつめた空気の中、会話だけはスムーズに交わされる。
「お前がここに来ることは知っていた。一つ、いいことを教えてやる。お前は東の諜報員にでもなったつもりだろうが、お前の行動はすべてこちら側に筒抜けなんだ」
「僕の行動が筒抜け?」
「プレイヤを覚えているだろう? あいつは、あのときすでに仕掛けていたんだ。後に東の国で魔法戦士になるであろうお前に、ちょっとした魔法をな」
「盗聴――」
「まあ、そんなところだ。プレイヤは超一流の魔法使いだったよ。あいつがお前の家に来たときには、すでにお前を駒として利用するつもり満々だったらしいぜ」
 冷や汗が流れた。
 なんだ、この違いは!
 レベル差は――!
 西の魔法使いなんて時代遅れの集団ではなかったのか!?
「お前は小さいころから優秀だったよな。落ちこぼれの俺と違って。頭はいいし、スポーツもできた。顔だって俺より遥かにいい。女子にもてるのもお前だった。
 だが、お前は東に行って変わっちまった。こっちじゃお前の実力、下から数えたほうがはやいぜ」
 あざけるようなセリフ。カッとなることはない。ヒコサはすでに知っていた。ネロウの言っていることは全て事実だ。
 東は、西には勝てないのだ――。
 虚脱感に包まれる。膝から崩れ落ちそうになるのを必死で耐えた。
 東が負けてしまえば、研究を続けることなどできなくなる。研究ができなくなれば、
「魂の行方がわからなくなる、か」
 心が読まれた!?
 ありえない、いくらなんでも――。
「生憎だったな、どうやら俺の選んだほうが正解だったらしい。プレイヤは約束を破らねえ。あの超頭脳が一生懸命汗を流して研究をしたんだ。パレットの魂がどこに行ったのかなんて謎、解けないはずがねえ」
 耳を疑った。
「わかったのか! パレットを元に戻せるんだな!?」
 東の研究者だって総力を挙げて、魂の行方を追い求めている。それがこうもあっさりと敵国に先を越されるとは。
「ああ。だが、お前がパレットに会うことは、もうない。お前は、ここで死ぬんだから」

「お前が死ぬまでにちょいと話でもしようか。そうだな、プレイヤの話だ」
 唐突に、ネロウが話を変えた。
「あいつはまともじゃなかった。イカれていたよ。狂っていた。だが、あいつの考えは正しかった。実力は本物だった。あいつは、それを証明して見せた。まさに、身を以て、な。
 ヒトカタ化を受けた生き物の魂の行方は、研究を始めてすぐに明らかになった。ただし、それは理論上の話だった。紙の上じゃ、解を求めるのは案外簡単だったしいぜ、プレイヤに言わせれば。俺にはちんぷんかんぷんだったがな。だが、その理論を実際に証明することが難しかったんだ。困難を極めたらしい。
 でさ、あいつがうんうん悩んで出した結論がこうだった。つまり、誰か一人の人間の命を犠牲にしなくちゃならない。しかも、理論を完璧に理解している人間の命を。魂を捧げて、実際にそのヒトカタ化された生き物の魂を追いかけるんだとさ。クレイジーだろ?
 西の国でも、該当する人間はプレイヤ一人だった。あいつはそれに気づいたとき、迷いもなく自らを捨てたよ。こう言っていた。
『お前らとの約束だからな』
 確かにクズ人間そのものだったよ、あいつは。だけど、筋は通したんだ。
 理論は実証された。ヒトカタ化した生き物の魂を元に戻す方法をあいつは命に代えて示してみせたんだ」
「パレットはもう取り戻せたのか!?」
 話が途切れたタイミングで、ヒコサは最大の疑問をぶつけた。
「ま、お前にはもう関係ねえ話だ」
 ネロウは右手をひらひらと左右に振った。
「ネロウ! 何のためにここまでやってきたと思っている!? 僕も、君も! 全てはパレットの魂を取り戻すためだろう! その目的は果たせたのか、果たせそうなのか、それだけでいいから教えてくれ!」
 ネロウの両肩をつかむ。がっしりとした筋肉の感触。
「僕は死んでも構わないんだ。ここで殺されたっていい! 敵同士の宿命だ。だが、パレットは、パレットだけは助けないと!」
 ドゴッと音がした。
 胸を抉るような衝撃を受け、ヒコサは十数メートル後ろに吹き飛ばされた。
 背中を強く打つ。傷が広がる。
 口から血と吐しゃ物がこぼれ出る。
 態勢をすぐに立て直し、口を拭い、再びネロウの元へと駆ける。
「おいおい、本気になれよ、ヒコサ。つまんねえだろ? あっさり死ぬとか言うんじゃねえ。『勝手に死ぬな』って俺、お前に伝えたよな? 筋は通せ!」
 フラフラの足でもつれながらも前進する。
「一体、僕にどうしろと!? どうすれば、教えてくれるんだ!?」
「お前にとっちゃあ酷な話かもしれんが。俺はもう興味を失くしたんだよ」
「何!?」
「パレットなんて、もうどうでもいいんだ。これからはプレイヤの、」
 風切。
 今度は直撃した。見たところローブは一切ダメージを受けていないが、その内部、ネロウの身体はずたずたに切り裂かれたようだ。ネロウが膝をついた。
「……おいおい、やるじゃねえか。東の魔法も侮れねえな」
「お前にその気がないならいい! もうわかった! だが、方法だけは教えてもらう! 吐け!」
「あれは西の重大な機密事項でねえ。東のスパイなんかに漏らすわけにはいかねえんだ」
「ふざけるな! 西とか東とか! どうだっていい!」
「――パレットが一番ってか?」
 カカッ。
 カカカカカカカカカカッ。
 ネロウの笑い声が響きわたった。
「大勢の命がこの戦争にはかかってんだよ。昔の女のことなんて忘れろよ。それより、」
 風切。
 直撃。
 ネロウが崩れ落ちた。床に突っ伏す。血液のような液体がローブの下から流れ出てくる。
 それを踏みつけて、ヒコサは右手をローブの中心に向けて構えた。
 虫の息だった。ゼエゼエという呼吸音がネロウの身体から聞こえてくる。
「……頭の位置を変えたんだな」
「ゴホッ。ゴポゴポ。……はあ、はあ。お前みてえに、頭を真っ先に、狙ってくる奴が、いるからな」
「――次で殺す。方法を吐け!」
「……できねえ。東の、スパイなんかに、教えたら、悪用、されるに、決まって、」
「僕がそんなことをするわけないだろう!」
「俺にも、こっちで、守るもんが、できたんだ。……ガハッ。はあ、はあ。さっきから、言ってる、だろ? もう、忘れろよ」
 ヒコサの目からは涙がこぼれ始めた。
 この期に及んでようやく悟ったのだった。
 ネロウの意思は固い。
 ヒコサの想いなんか比べ物にならないくらいだ。
 それくらい、ネロウは――。
 ならば、僕ができることは――。
「わかった。お前を殺してやる。だから教えてくれ、ネロウ」
「はっ。はあ、はあ。……殺すなら、さっさと、殺せよ」
「いいんだ。もうわかった。理解したんだ。プレイヤがやったことと同じだ」
 声が震えてしまう。涙にまみれた目はもうほとんど使い物にならない。暗闇のなか、もう、ネロウが見えなくなっていた。
「君は、君自身の命を犠牲にして、パレットの魂を呼び戻すつもりでいるんだろう?」

「……察し、やがったか」
 風切を防ごうともしないのを見てわかったのだ。
 ネロウは死にたがっている、と。
 さらに挑発的な言動の数々。
 ネロウはヒコサに殺されたがっている。
「……まあ、どっちでも、はあ、はあ、結果は、変わんねえ。お前に、覚悟が、できたなら、それで、良かった。……俺と、お前じゃなきゃ、できねえ、ことだから」
 ヒコサも、床に力なく膝をついた。
「……俺が、死んでも、一定時間、魂は、こっちに、残るんだ。はあ、はあ。……お前に、最後の、メッセージを、ゴポゴポ。ゴホッゴホッ」
 ネロウが激しくむせる。
「……俺が、死んだあと、こっち側で、ある操作をすれば、」
「わかった。ネロウ、わかったよ」
「……方法を、死んだ、あと、お前に、教える」
「ネロウ、君の遺志は、確かに受け取った。僕はもう、迷わない」
 ローブに隠れて見えないのに、なぜか、ネロウがふっと笑った気がした。
「……あり、がと、う、ヒコ、サ」
 ヒコサは涙をぬぐい捨てた。右手を再度ネロウに向かって構える。
「安らかに、ネロウ――」
 最後の風切が放たれた。
 ぐしゃ、と音を立ててローブの中身は崩れ、ゆっくりと溶けていった。
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