[中編] 禁忌の呪文、魂の行方

[中編] 禁忌の呪文、魂の行方( 9 of 13 )

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「まず自己紹介と行こうか。俺はグルーム・プレイヤ。魔法使いだ。ただ、俺は東の国プリスタの者じゃない。西の国ガザールでちょっとした役どころについている」
 ヒコサは瞬時にプレイヤの言葉に反応した。
「待て。それはおかしい。西の国では魔法が禁じられていたはずだ。そんなところに魔法使いがいるわけがない」
「表向きはな。だが、お前らだって知ってると思うが、俺のところの国と東の国は、目下のところ敵対中だ。今は政治家たちが互いを非難したり、威嚇攻撃を仕掛けたりやってる最中だが、本格的な武力衝突だっていずれは起こるだろう。それなのに、ガザールが東の国のメインの戦闘手段である魔法について、情報を全く集めないと思うか? いや、それはあり得ない。国の上層部はいつだって魔法の発展についての知識を得たがっている。では、その魔法の知識を得るにはどうすればいいんだろうねえ」
「自国でも魔法の研究を行う、ということか」
「その通り。もちろん東の国に密偵はちゃんと送り込んでいるよ。だけどそれだけじゃあ、わからないことが多いんだ。それに敵さんの魔法に対抗するための手段を用意しようと思ったら、どうしても向こうの技術を自国でも使えるようにする必要がある。だから情報を盗みつつ、こちらでも魔法を研究する。君、賢いねえ」
 ヒコサは、今度は反応を示さなかった。
「そんなわけで、ガザールにゃ俺みたいな魔法使いがわんさかいるわけ。一般の国民には一応内密にってことになっているが、ま、公然の秘密だわな。ちょっと考えりゃ誰だって感づくさ。表だって魔法を使うことはほとんどないけどな。
 んじゃあ、本題に入ろうか。まずはそもそもあの石板はなんなのか。どうしてこんな辺鄙な村外れの林の中に唐突に現れたのか」
 ネロウはパレットとの会話を思い出した。
「あの石板は、誰かが転移魔法でこっちに持ってきたらしいが、それは本当か?」
「お、転移魔法なんてよく知ってんなあ。こんな極西でも魔法の知識はちゃんとあんのな。質問についてだが、その通りだ。あれは東の国のやつの仕業だ」
 バシッと音がした。ヒコサが拳をベッドに叩きつけたようだ。
「そいつのせいで、パレットは――!」
「目的はまだはっきりしていないが、まあいずれ起こるだろう戦争のための準備ってところだろうな。あの石板自体は古くに作られたもので、もともとの用途は戦のためではなかったらしい。が、あちらさん、石板の魔法が戦力アップに非常に都合がよいってことに気づいたんだろうな。なにせ誰でも人形みたいに操れるわけだから。敵味方関係なく。そんで、この村まで持ってきたのは、こちらで戦力を整えるためだろう。そうすれば、ガザールを東と西、両方から攻めることができるようになるからな」
 人として最低な考えだと、ネロウは思った。思わず歯ぎしりしてしまう。ヒコサも同感だったらしい。
「関係ない人を戦争の道具として利用するなんて、ふざけているにもほどがある!」
「な、酷いことするだろ? あちらさんも必死なんだな。なりふり構ってられないんだろ。んで、俺の仕事の話に移るけど、俺がこの村に来た目的は、石板を運んだ張本人を探して、そいつの謀略を阻止することだった。ただここに来るのがちょっと遅かったらしいな。おそらく奴はもうとっくの昔に策を仕掛け、姿をくらましている。超遠距離転移魔法を察知してからすぐに出動させれば間に合ったかもしれないが、上が動くのが遅すぎた。まあ、いろいろとゴタゴタしてんだよ」
 今の説明に腑に落ちない点があったのか、険しい表情ながらヒコサは首をひねっている。
「転移魔法が察知されていることを、東の国は予想していなかったのか? 西の国でも魔法の研究が行われているのなら、それくらいの技術はあってしかるべきと考えるのが普通では?」
「ところが、そう事は単純じゃないんだねえ。転移魔法に限らず、なんらかの手段による長距離の通信手段ってのは日々進歩しているんだ。同時に、その通信を傍受する手段もな。また、傍受したところで暗号がかかっていればそれを解かなきゃなんねえ。ゆえに、暗号技術とそれを解く技術も日進月歩ってわけさ。基本的にそれらの技術は東の国に分があるんだが、最近その事情が少しずつ変わりつつある。話が脱線するし、機密情報だからこれ以上は話せねえ。まあ、要は相手の裏をかいた成果だったんだな」
「もう一つ疑問が残る。あなたは、プレイヤさんはいつこっちに来たんだ?」
「さあな、石板がやってきて数日後くらいだろ」
「それならば、あなたは僕たちが石板を使って魔法を発動させようとしていたことも、実際に発動してしまったことも知っていたはずだ」
 突然、ヒコサの声が低くなった。
「なぜそれを止めなかったんだ?」
 対するプレイヤの回答はあっけらかんとしたものだった。
「止める義理がねえから」
 ネロウとヒコサが同時に立ち上がった。
「おっと、まあ、座れよ」
 二人はそれには従わない。ネロウが口を開きかけた瞬間、怒気を含んだ叫びがヒコサの口から放たれていた。
「石板のことを知っていながら、僕らが憑かれていることを知っていながら、それを無視してきたっていうのか!? あなたも東の国の奴らと同じだ! 一人の人間がヒトカタになっても何とも思わない。最低のクズ野郎だ!」
「ああ、まあ、何とでも言えよ。ただ俺にも戦略ってものがあるんだよ。実際に俺がお前らの行動を止めていたら、俺のもう一つの目的が果たせなくなっちまうからな」
 ネロウの頭に思い浮かぶものがあった。
「それが弟子……、なのか?」
「察しがいいねえ。誰か犠牲になんねえと、お前らだって俺の下につくなんてこたぁ考えもしねえだろ? つれえ仕事だもんなあ、魔法使いってのはよ。ようは人質を取ったわけだな。パレットの心がその人質」
 ネロウの視界からヒコサがすばやく飛び出てきた。プレイヤまでの距離を数歩で一気に詰め、右の拳をフードに覆われた頭に向けて鋭く振り放った。
 バサッ。
 肉を打った音はしなかった。プレイヤの体はそのまま直立している。ただ、フードが後ろに吹っ飛んだ。
「な――!」
「バカな!」
 ネロウとヒコサが同時に叫んだ。大きくめくられたフードの下には、プレイヤの頭どころか何も存在していなかったのである。
 唖然として硬直してしまったヒコサだったが、気づけば一瞬のうちにベッドのところまで吹き飛ばされていた。ネロウはそれを目で追うことができなかった。ヒコサはベッドの側面に強く腰を打ちつけたらしく、床の上に倒れてしまった。ヒコサが何をされたのか、ネロウには全く分からない。
「ああ、まあ、気持ちはわからんでもない。ただ、魔法使いを相手にするときは、用心に用心を重ねなきゃなんねえ。俺に殴り掛かってきたそこのお前、ここが戦場なら五回は死んでたぞ」
 何事もなかったかのように、プレイヤは手袋をはめた手でフードをもとの位置へと戻した。ネロウは震えるからだで椅子になだれ込んでしまった。ヒコサは倒れた姿勢のまま、プレイヤを睨みつけている。
「俺の頭がないことがそんなに不思議か? まあ、これも企業秘密ってやつだな。弟子になったら教えてやるよ。んじゃあ、本題に戻ろうか。
 さっきも言ったが、パレットの心は人質だ。お前らは選択しなきゃなんねえ。お前らのうちどちらかが俺の弟子になるか。それともパレットを見捨てるか。二つに一つだ。
 おっと選択を迫る前に、まだ言ってねえことがあったな。肝心のパレットの心の在り処だ」
 ネロウの体もヒコサの体も、ピクッと見てわかるほどに反応を示した。
「通説ってのがあるんだ。その説ってのは、『星と魂の交換説』ってやつなんだが……。簡単に言うと、石板の魔法で星の魂と生き物の魂をトレードしてしまうって内容なんだわ。で、ネロウよ、石板で魔法を発動させたとき、夜空に星が出ていたかどうか覚えているか?」
 プレイヤに人差し指で指されたネロウは、頭を巡らせた。犬のときは完全に無意識だったため、記憶が一切残っていない。パレットのときはどうだろう。あのときは動揺しすぎてもはや覚えていない。一番初めのトカゲのときは――? 夢で見たような感覚。必死に記憶を絞り出す。確か、あの夜は……。
「月が出ていなかった。曇っていたからだ」
「あちゃあ、じゃあ、通説はここでは通用しないらしいな。ハッキリ言おうか、俺にはパレットの心がどこに行っちまったのか見当がつかねえ」
「ふざけるな!」
 ネロウとヒコサの怒号が重なった。ネロウの怒りはここにきて頂点に達していた。
「わからないだと――! もはやパレットは人質でもなんでもないじゃないか! お前の弟子になったところでパレットの心が戻ってくる保障がないってことだろ!?」
「ああ、まあ、そういうことになるな」
 プレイヤの歯切れが若干悪くなる。
「ただ、だからといって心を取り戻すことが不可能ってわけじゃない。俺も心の行方についてはこれから研究するつもりだし、弟子にもやらせる。俺についてくれば、少なくとも何もしないよりはマシ。パレットを元に戻せる可能性は生じるわけだ。確実ではないってだけで」
 なんという条件なんだ! ネロウは思った。だが、悔しいが、ここに縋るしかないのではないか? どんなことを犠牲にしてでも、パレットを元の姿に戻してやりたい。その決心は揺るがないのだ。
 ヒコサを見る。ゆがんだ表情で唇をかみしめている。きっと心の中で必死に考えているに違いない。
 ネロウは思考を続ける。もはやここでプレイヤに怒りをぶつけても問題は一切解決しないのだ。確かにプレイヤは最低のゴミみたいな人間だが、今のところ、こいつの言うとおりにしてパレットの心の行方を探すほかないように思える。
 そうだ。初めからこいつの掌の上だったのだ。俺たちに選ぶ権利など、そもそも与えられてなどいなかった。パレットを救うべく、どちらかが弟子になるしか――。
「僕は、あなたには従わない!」
 ネロウは耳を疑った。ベッドの脇に倒れていたヒコサが、手を床につき必死に起き上がろうとしていた。
「どうしてだ!? ヒコサ!」
「考えてみるんだ、ネロウ」
 ヒコサは片膝をついた態勢にまでやっとのことで回復した。
「まず第一にこんなクズの言うことなんて信用できない。それから、こちらのほうがより重要だが、魔法の原理や解除方法についてなら、東の国の知識量のほうが圧倒的に上のはずだ。当初の計画通り、東の国でパレットを助けるための方法を探すほうが確実だろう」
 言われてみれば確かにそうだ。人を平気で見捨てるような人間を信用するなんて、全くもってどうかしていた。東の国に行けば資料は山ほどあるはずだ。もともと石板は東の国のものだったんだから、魔法の解除方法だってあるに違いない。
「ああ、さっきも言ったが、話はそう簡単じゃあないんだねえ。例の石板はオーパーツみたいな代物でな、今のあちらさんの魔法技術でも解明はできていないんだよ。『星と魂の交換説』が通説だって言ったよな。それが今の東の国におけるその石板の魔法を説明する最も有力な説なんだ。だが、どうやらそれは少なくともこの地では的外れらしい。つまり、あちらさんでもわからねえんだよ」
 ヒコサは納得しなかった。
「それでもっ! あなたよりは信用ができる。東の国の専門家と一緒に研究すれば何かつかめる可能性だって、あなたよりは高い!」
「まあ、信じる信じないは個人の自由だからねえ。ところで、さっきは東の国について、ふざけているにもほどがある、なんて言っていなかったか? 話を思い出せ。あの石板は軍用に使われる予定だったんだぞ? そんな酷いことを企む奴らの方が信用できるってのか?」
「――くっ!」
 ダンッ。
 ダンッ。ダンッ。
 ヒコサは拳を何度も床に打ち付けた。
 ネロウも完全に信じるべき道を見失ってしまった。パレットを助けるにはプレイヤか東の国のどちらかを選ぶ必要がある。それは確実だ。何もしないことは論外なのだから。
 だが、どっちを選べばいい? 判断材料が少ない。考えがまとまらない。どちらも信用できない。しかし――。
 拳の音が止んだ。
「……僕が東へ行く。ネロウは……、プレイヤについて行ってくれないか?」
「ほう、どちらも取るわけだな」
「どうだ、ネロウ?」
 ヒコサがそう言うのなら。どのみちネロウには選べなかったのだ。ならば、
「……わかった。俺がこいつの弟子になる」
「決まりだな。出発はすぐだ。別れの挨拶は手短にな」
 もはやなんと言われようが動揺はするまい。ネロウはヒコサの前にかがんだ。
「必ず、俺たちのどちらかが必ず、パレットを救い出すんだ」
「ああ。絶対に」
 ネロウは右の拳を突き出した。ヒコサもそれに右の拳でそれに応えた。
「それまでは勝手に死ぬなんてなしだからな、ヒコサ」
「ネロウ、君も無事でいてくれ」
「うんうん、いいねえ。熱いねえ。んじゃ、さっさと出るぞ。ネロウ、俺のローブの端を持て」
 ヒコサに向かってうなずき、ネロウは立ち上がった。床に落としたナイフを拾い上げ、腰にしまう。そのまま歩き、プレイヤのもとまでやってきた。乱暴な手つきでローブを掴む。プレイヤがヒコサに向けて手を振った。
「じゃあ、おさらばだよ、ヒコサ。次に会うときは敵同士かもねえ」
 ネロウはハッとプレイヤの頭部を見上げた。次の瞬間、頭のてっぺんから何かに吸い込まれるように体が伸びていくのを感じた。意識が急速に遠のいていく。
 ヒコサと敵同士――。
 ネロウの思考はそこで完全に途絶えてしまった。
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