[中編] 禁忌の呪文、魂の行方

[中編] 禁忌の呪文、魂の行方( 7 of 13 )

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 ネロウがヒコサから事の次第を全て聞き終えたとき、遥か地平から太陽がゆっくりと昇ってくるのが見えた。こんな時間に起きていることは滅多にないため、日の出を眺めるのはネロウにとっては珍しいことであった。しかし、今はその赤く美しい日の光もただただ目障りなだけだった。
 悔やんでも悔やみきれない。
 あのときああしていれば、などという仮定の話が次々と浮かんでは消える。そもそも自分が野放しになっているこの事態が間違っていたのだ、とネロウは思った。
 ヒコサの話を思い返す。始まりは夜。村中が寝静まったあとのことである。

 ヒコサは寝付けない夜を過ごしていた。何度も何度もベッドの上で姿勢を変える。妙に胸騒ぎがしてならなかった。
 また何か石板に関連した問題が起こるのではないか? ネロウを一人家に帰したのはまずかったのではないか?
 悪い予感がふつふつと心に浮かんでは、堆積していく。
 出発前の今夜だけでも誰か見張りをつけるべきだった――。
 暗闇の中、目を開ける。一度思い立ったら、そうせずにはいられなくなってしまった。ネロウの様子を確認するため、ヒコサは物音を立てずに着替えたのち、そっと家を出て行った。
 ヒコサの家は村からは少し離れた高台にあった。走って坂を下り、村の中央を通る大きな通りへと急ぐ。手に持ったカンテラが上下に揺れて、あたりに光を散らばらせる。
 あと少しでネロウの家にたどり着く。ヒコサの息も切れてきたそのとき、目の前を同じ方向に走っている人影を見つけた。その人物も灯りを手にしている。
「パレット! どうしたんだ、こんな時間に」
 パレットが振り向いた。暗くてよく見えないが、顔色が優れないようにヒコサには思えた。
「ヒコサ! 私、ネロウの様子を見に行こうと思って」
「パレットもか。僕もなんだ」
 互いに呼吸を落ち着けながら会話をする。パレットのような若い女性が夜中に村の外を歩くことは珍しいことだが、村では犯罪が起こったことがあるとは聞いたことがないし、危険な獣が近くにいるわけでもないため、パレットの外出は特に問題がない。ヒコサはパレットに提案した。
「二手に分かれよう。パレットは林の方へ行ってくれないか?」
「石板の様子を見てくるのね」
 パレットはヒコサの考えを察したようだ。
「そうだ。僕はネロウの家に行った後、すぐに後を追うから」
「うん、わかった」
「気を付けて、パレット」
「ヒコサもね」
 パレットが道を引き返し、村の外、林の方へと向かっていった。その背中を立ち止まって見送った後、ヒコサは再び走り出した。
 やがてネロウの家へとたどり着いたヒコサは、真夜中にも関わらずドンドンと激しくドアを叩いた。数十秒後、ドアからネロウの父親が出てきた。だらしない格好で、迷惑そうな顔をしている。
「なんじゃ、こんな夜中に。眠れないじゃろうが」
「すみません、ネロウは今、家にいますか?」
「ネロウ?」
 父親は眉をひそめた。
「部屋で寝てると思うが……、ちょっと待ってろ」
 そう言い、家の中へと戻っていったあと、再び玄関に戻ってくるまでそれほどかからなかった。
 ヒコサの予感は的中した。ネロウはすでに家にいない。ネロウの意思か否かは定かではないが、最悪の場合を想定しなければならないだろう。
 ヒコサはパレットを追いかけ始めた。走りながらも、様々な想定が頭の中をよぎっていた。
 トカゲ、犬ときて、次はなんだ?
 頼むからどうか、人間だけはやめてくれよ――!
 月が見えない夜。林は暗闇となり、静かに佇んでいる。ヒコサはその入り口を目指して、全力で駆けていった。

 走っても走ってもパレットの姿は見えなかった。群がる木々を避け、足元に灯りを向けて注意しつつ、進みにくい林の中を駆け巡る。
 基地を通り過ぎた。現在石板が置いてある場所までは、まだ距離がある。
 目指す場所はすでに知っていた。ヒコサ自身、ネロウやパレットと一緒に石板をもとの位置に戻しに行ったのだから。
 途中、木の根っこに躓き、カンテラを前方に放ってしまった。危うく火が消えてしまうところだったが、なんとかまだ使えるようだ。落ちたカンテラを拾い、握り直し、用心しつつも足は懸命に動かした。
 と、視界が開けた。例の場所に出たのだ。明かりが見える。パレットのものだった。パレットを含む三人の人物の姿が認められた。パレット、ネロウと、もう一人は誰だ……?
「ヒコサ、早く! ネロウを止めて!」
 パレットの声だ。石板の前で何者かを抱きしめている。いや、あれは、持ち上げようとしているのか? とにかくネロウだ。ネロウは石板の前にひざまずいて、両手を胸の前で組んでいた。その口からはひどく低い男の声と、聞きなれない言葉が発せられていた。
 魔法が発動してしまう!
 ヒコサはカンテラを投げ出し、ネロウに飛びかかった。ネロウの前に立ち、両肩をゆさぶってネロウを催眠状態から目覚めさせようとする。しかし、ネロウが起きる気配は全くなかった。頬を叩いても同じ。ぶつぶつと呪文らしき言葉が延々続く。
 こうなったら仕方ない。ネロウを石板から引きはがす!
 ヒコサはネロウの後ろから両脇に手を入れ、渾身の力を込めてその場からどかせようとした。が、信じられないほど重い。ネロウの体重のせいだけではなく、何か別の力がかかっているかのようだ。ヒコサがうめき声を上げ、必死になって踏ん張るも、その甲斐なく、ネロウはびたりと地面にくっついたまま離れない。
 パレットを見る。おそらくパレットも同じだ。石板の前の人物――子供に見える――をどかそうとしているのだろう。だが、やはり動かないらしい。
「すまない、ネロウ」
 埒があかないと見たヒコサは、ネロウの顔面に精一杯のラリアットを喰らわせた。腕に痛みと衝撃が走った。ネロウがぐらつく。鼻から血が出始めた。
 これならいける! よし、もう一発!
 ヒコサが次の一撃を構えたとき、ふいにそれまで聞こえていた声が消えた。
 ネロウの口が閉じていた。
 ヒコサの背後、石板前にいるはずのパレットと子供の気配も同時に消えていた。
 恐る恐る、ヒコサは振り返った。そして、それを見、驚愕のあまり目を見開いたのだった。
 座ったままのエルドと、そのエルドの膝の上に覆いかぶさるようにして倒れているパレットの姿。
 三人の意識なき友達に囲まれたまま、ヒコサは呆然とその場に立ち尽くした。

 ヒコサが懸命に肩をゆすり、頬を叩いたおかげで、エルドとネロウはやがて目を覚ました。エルドはなぜ自分がここにいるのか、そもそもここはどこなのかわからないといった顔であたりを見渡していた。とりあえずカンテラの隣に座らせておく。あとで連れて家に連れて帰ろう。
 ネロウは初め、寝ぼけたような顔をしてヒコサを見つめていたが、自分が例の石板の在り処にいることを知ると、事態を悟ったように慌てだした。
「まただ! またやってしまった! 今度は、今度の対象はなんだ!? ヒコサ!」
 ヒコサは首を振って、その場から離れた。ヒコサの背後で石板にもたれかかっていたパレットの姿が、ネロウの目に映ったようだ。
「まさか……! なあ、嘘だよな! お前らで俺を驚かそうとしてるんだろ!? なあ、ヒコサ!」
 ヒコサはネロウの叫びに沈鬱な表情でただ顔を伏せるだけだった。
「おい、パレット、何とか言えよ! たちの悪い冗談はよせ!」
 すると、ヒコサの介抱では目を覚まさなかったパレットがゆっくりと目を開けた。ヒコサは最悪の結末が起こってしまったことを瞬時に理解した。
「ネロウ……」
 パレットが小さくつぶやく。その目はまっすぐにネロウを見つめていた。
「パレット! ほら、やっぱり嘘だったんだ。パレット、お前はヒトカタになんかなってないんだろ。俺をだまそうとしているだけなんだよな! な!」
 パレットは首を横に振った。ネロウはショックのあまり口をあんぐりと開け、そのまま硬直してしまう。
「いいえ。私はネロウのヒトカタです」
 パレットの言葉が、静かに周囲の林に吸い込まれていった。

 ヒコサ、ネロウ、パレット、エルドの四人は基地を横切り、無言のまま、林の出口を目指した。パレットはネロウの指示なしでは動かない。そのため「俺についてきて」とだけネロウは命令をした。もっとも、その言葉はヒコサには理解できない発音であったが。
 林を出た後は、三人でエルドを家まで送っていった。結局、エルドは何一つ理解できていない様子だった。しかし、ヒコサが言った「大丈夫だから」という言葉を信じたらしく、一度うなずいて家に入っていった。
 その後、ヒコサ、ネロウ、パレットの三人は、ヒコサの家に入っていった。ヒコサの部屋で、パレットを椅子に座らせたヒコサは、この夜見たことの一部始終をネロウに聞かせ始めたのだった。
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