[中編] 禁忌の呪文、魂の行方

[中編] 禁忌の呪文、魂の行方( 6 of 13 )

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 その後、数日かけて例の石板を壊そうとネロウ、ヒコサ、パレットは試みた。しかし、結果から言うと、石板を壊すことはできなかった。大ぶりのハンマーで思い切り叩いたり、高いところから落としたりしてみても、びくともしないのである。せめて文字が刻まれている部分だけを削り取ろうとも考えてみたが、その案も異常な硬度を誇る石板の前にあえなく失敗に終わった。
 ならば、ということで、ネロウたちはその石板をもとの位置に戻すことに決めた。以前のようにロープを引っ掛けて、ずりずりと引き摺って行く。林の中の開かれた円形のスペースにたどり着くと、そこに放置した。誰もその場所に近づかないようロープを周囲の木々に縛って囲み、エルドたちにも絶対に近づかないよう説いた。
 この作業の間、石板に纏わる問題は発生しなかった。誰かが憑かれた様子を見せたり、新たに魔法が発動したり、そんなことは一切起こらなかったのである。そのため、石板に近づきさえしなければ、もう安心なのだと、ネロウたちは考えた。
 その考えが誤りであったことに気づくのに、幾ばくの時も必要なかった。

 石板を元の位置に戻した日からさらに数日後のある朝のことである。ネロウは目を覚ますと同時に、自分の部屋の中に自分以外の人間がいることをすぐに察知した。すばやくベッドの横に目をやると、そこには一匹の犬がいたのである。
 なんだ人じゃなくて犬か、と寝ぼけ頭でネロウはぼんやりと思った。それは背中が黒く、腹にかけて白い毛が生えているビーグル犬だった。大きさは中ぐらい。吠えもせずに、座ってじっとネロウの方を見つめていた。
 いつからそこにいるのだろう、とやはりぼやっと考えたネロウだったが、その犬の首に首輪がつけてあるのを見てとり、ハッと気づいた。頭が急速にクリアになっていく。
 この犬はラドエルさんの家のペットじゃないか!
 どういうことだ。ラドエルさんから犬をもらったり、預かったりしたなんて記憶はないし、そんな話も聞いていない。じゃあ、この犬はそもそもどうやって俺の部屋の中に入ってきたんだ? なんで俺の部屋にいるんだ?
 と、ここまで疑問が頭を埋め尽くしたところで、以前にも似たような状況があったときに思い当った。
 トカゲのときと一緒だ――!
 まさか、まさかとは思うが……。犬は目線を反らさない。ネロウは恐る恐るこう口にした。
「お手」
 同時に右手の掌を犬に差し出す。犬はそれに応え、自らの左の前足をネロウの手に載せた。
 違う違う! これは飼い犬ならできても全然おかしくない。もっと特別なことをやらせてみないと。
「ちょっと立ってみて」
 犬が後ろ脚だけで立ち上がった。
「そのまま後ろ向いて、部屋のドア開けてきて」
 とてとてとふらつきながら犬は二足歩行をし、部屋のドアに前足をかけたと思うと、ノブをひねりゆっくりとドアを開けた。それからやはり二足のまま歩いて戻ってくる。
「座って」
 犬は従った。
「……俺の名前言ってみて」
「バウウ」
 さすがに人の言葉を話すことはできないか。
「お前は俺のヒトカタになったのか? 答えてくれ」
「バウ」
 肯定だろう。
「ということは、俺は昨日、お前を連れて石板の場所まで行ったんだな」
「バウ」
 確定した。
 俺は無意識のうちに、ラドエルさんの家のペットを連れ去り、林の奥にある石板まで行って呪文を唱え、魔法を発動させ、こいつをヒトカタ化してしまったのだ。トカゲのときと同じ。しかし、全く記憶に残っていない。これは、これは……。
 ネロウの血の気が引いた。
 完全に憑かれてしまっている――!

「最悪の事態が起こってしまったのかもしれないね」
 ヒコサは沈鬱な表情でそう言った。
 ネロウ、ヒコサ、パレットの三人はいつもと同じように基地に集合していた。今日は、ちびっこのエルドたちはいない。この場にはもう一匹、ラドエルさん家のビーグル犬がゲストとしてお招きされていた。ネロウの後方に座って待機している。
「まさか、ここまで憑く力が強いとは思いもしなかった」
 痛恨のミスをしたとでもいうように、ヒコサはその端正な表情を歪めた。
「ごめん、私のせいだ。私がそもそも石板なんて持ってきてしまったから」
 パレットは顔を伏せている。
「いや、パレットのせいじゃないよ。石板の力がこれだけ強いんだ。パレットだって引き寄せられただけなんだよ。諸悪の根源はあの石板だ」
 ヒコサがパレットの背中に手をやり、慰める。
 こんな事態に至ってしまっては、もはや嫉妬する気も起きやしない。ネロウはただ黙って二人の話を聞き、解決策を探るつもりでいた。
「それで、どうすればいいんだ? 俺バカだからわかんねえよ。魔法とかも全然知らないし」
 ヒコサがネロウに向き合った。
「これは僕たちの手に負えることじゃないんだと思う。魔法の専門家にお願いするしかないんじゃないかな」
「専門家?」
「ああ。東の国の専門家だよ」
「東の国までその専門家を呼びに行くってことか?」
「他にやりようがない。僕らの村に詳しい魔法の知識を持っている人がいるとは思えないし、西の国では魔法は禁じられているからこちらも望み薄。だったらもう、東へ行くしかない」
 ヒコサの提案はもっともだった。筋道を立てて考えれば、それ以外に結論はないのだ。自分たちでは解決できない。ならば解決できる人を探すしかない。問題を放置するのは論外だった。今のところヒトカタ化の被害に遭っているのは爬虫類と犬だけだが、これがいつ他の人間に及ぶかわかったものではないのだから。
「よし。ヒコサがそういうんだから、それしかないんだろうな。わかったよ。東の国へ行こう。行って、そこにいる専門家とやらに相談してくるよ」
 ヒコサの表情に驚きが混じった。
「もしかして、ネロウ一人で行くつもりなのかい?」
「え、そうだけど?」
「一人じゃ危険よ!」
 パレットが大きな声を上げた。
「東の国はいま、西の国と敵対関係にあるのよ。そう簡単にあっちに渡れるとは思えないわ。それに、」
 若干震えることでこう続けた。
「それに、これは私たちの問題よ。ネロウ一人じゃない。そうでしょ、ヒコサ?」
 ヒコサがうなずく。
「そうだ。ネロウ、君一人を行かせるわけにはいかない。僕らも一緒に行くよ」
 ネロウの心の奥にじんわりと暖かいものが溢れだして広がっていった。
 当然のことながら、ネロウも一人では心細かったのだ。ただでさえ物をよく知らない自分が、一人で旅に出るなんて普通なら全く思いもしないことだった。右も左もわからない土地でどう振る舞えばいいのか、そもそもどうやって東の国に渡ればいいのか、見当もつかなかった。
「ありがとう、パレット、ヒコサ、ほんとうに」
 ヒコサとパレットは力強くうなずいた。

 急な話ではあったが、すぐにでも出発したほうがいいというヒコサの提案を受け、ネロウたちは今日準備を終えて、明日発つことにした。
 学校の方は、ネロウにとっては比較的どうでもよいことだったため、放置することにしておいた。パレットやヒコサは大変だろうな、と頭の中では考えながら。
 親を説得するのには骨を折った。魔法の石板に憑かれたのだ、といくら説明してもわかってくれない。
「魔法? なんじゃそれは? そんなもの東の国のもんたちの迷信じゃろ?」
「そうよ。お前が魔法なんてわけのわからないものに憑かれるだなんて、そんなことあり得ないはずよ」
 だが、証拠としてラドエルさんの家の犬が、ネロウのいくつかの命令に素直に従っているのを見て、気が変わったようだ。
「お前、人様の家のもんを勝手に盗ってきたのか!? この罰当たりが!」
「今から行ってすぐに謝ってきなさい! でなければ家にはもう入れません!」
 全く違った方向に、だが。
 ネロウは犬に、今後はラドエルさんの言うことをよく聞くように、と言い含め、それからラドエルさんの家に帰るよう命令した。犬は、やはり素直に従った。
 もうこうなったら、親の方も放っておくより仕方ない、とネロウは考えた。いくら言っても、あれじゃだめだ。無断で旅に出るしかない。
 部屋に戻ってきて身支度を済ませる。
 旅に何が必要なのかさっぱりわからなかったが、ネロウは手持ちのわずかなお金と、着替え、それから大きめのバッグをまず用意した。交通費や食料費、宿代が問題になることは予想できたが、それに必要なお金をパレットが持っているはずがないので、ヒコサ頼みになるのかもしれない。
 ヒコサは貴族の息子だった。一方、パレットの家はネロウと同じ平民で貧しい。
 いざとなれば、西の国や東の国で働いてお金を稼ぐことも考えないとな。ヒコサだってそんなにたくさんお金を持ち歩くわけにはいかないだろうから。
 あれこれと考えているうちに、やがて夜は更けた。準備を一通り終えたネロウは、恐怖心を抱え床に就いたのだった。
 自分が知らぬうちにまた何かをヒトカタ化してしまうのではないか、という恐怖を――。
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