スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←[中編] 禁忌の呪文、魂の行方( 3 of 13 ) →[中編] 禁忌の呪文、魂の行方( 4 of 13 )
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  • 【[中編] 禁忌の呪文、魂の行方( 3 of 13 )】へ
  • 【[中編] 禁忌の呪文、魂の行方( 4 of 13 )】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit

掌編・短編小説

[20分で読める] ちかたん! ~地下鉄に乗って、廃墟を探検しよう!~ [短編小説]

 ←[中編] 禁忌の呪文、魂の行方( 3 of 13 ) →[中編] 禁忌の呪文、魂の行方( 4 of 13 )
「九条さん、ほんと不審人物みたいだなあ、その格好」

 森の目の前に、宇宙飛行士が立っていた。全身を包む白い防護服、頭部を覆う真ん丸いヘルメット、手には厚手の手袋を着け、足も長靴で完全防御している。シールドの中では、眼鏡をかけた実直そうな三十代の男がこちらに目を向けていた。

「コウモリにウイルスを移されたらどうするんです」

 声がくぐもって聞こえる。九条が何かしゃべるたび、呼気でシールドが曇った。

「そんなに神経質にならんでもなあ」

 森は言いながら、地下へと続く朽ちた階段を下りて行く。九条が後ろから、シャッシャッと衣擦れの音を立てながらついてきた。

 暦の上では夏のはずだった。しかし、階段を降り、地下街に入った瞬間寒気がした。森は立ち止まり、腕をさすりながらあたりを見回す。地上から差す光は入口近辺までしか届いておらず、そこから先には暗闇が広がっている。天井に走っている亀裂から細く光が落ちている場所もあるようだが、当てにはならないだろう。

 森はリュックサックの中から懐中電灯を取り出し、頭のヘルメットに装着した。九条も胸のあたりに備え付けられているライトにスイッチを入れたらしい。二つの楕円が地面を細長く照らす。



 ここは旧九州地方の都市でかつて使われていた地下街である。地上の大通りの直下、南北に伸びたその地下通路のちょうど真ん中に、森と九条は降り立った。ここから南にまっすぐ行けば、地下鉄の駅にぶつかる。森らの目的地はその駅であった。

 明かりをそこかしこに向ける。穴の開いたシャッターやゆがんだ鉄格子の下りた商店が並んでいた。散乱するタイルに注意しながら、森は慎重に歩き出し、――突然立ち止まる。

「おぉ!」

 声を出しながら、その場にしゃがみ込んだ。森の照らす地面には小さな虫がいた。

「げえっ、便所虫じゃないですか!」

 後ろから九条の叫び声が聞こえる。

「便所虫とな失敬な。カマドウマだよ。いやあ、本州では見かけなくなったと思っていたが――。やはり、人のいない環境下にはまだいるのだな」

 うんうん、と嬉しそうに森はうなずいた。

「さっさと行きましょうよ。今日はやること山積みなんですから」

 九条が先に立って、シャッシャッと進みだす。森もしぶしぶ立ち上がっては、何かいないかとあたりに光をぶつけながら、九条の後を追っていった。



 ほとんど光のない、暗い通路を二人で歩く。もともとが人工物であったためか、荒廃しているとはいえ、自然界の洞窟よりも歩きやすい。二人以外に音の発生源はなく、あたりはひっそりと静まり返っている。基本まっすぐの一本道なので道に迷うことはない。森はときおり、「お」とか「あ」と声を発しては立ち止まってうずくまり、コウモリ、クモ、ムカデなどにいちいち注意を向けた。かつてここを人々が闊歩していたことを想像すると、自然の力と時間の流れを感じざるを得ない。

 森の何度目かの「お」のとき、前を歩いていた九条の叫びが聞こえた。

「だ、誰だ!」

 森が光を向けると、そこには金髪でラフな格好――長袖のネルシャツにジーンズ――の二十歳前後の男がまぶしそうに目を細めていた。手には何も持っておらず、カバンなどの類も見当たらなかった。男の目が怪しく光ったような気がしたが、たぶん光の反射だろう。

「まぶしいっす。そっちこそ誰っすか? 怪しいっす!」

 男が口を開いた。森と九条は顔を見合わせる。男に敵意はないと見た森は、ほらそんな格好だから怪しまれる、とくくっと笑った。九条はむっとした顔で男に向き直る。

「私たちは七隈線地下鉄の調査に来たものです。環境庁の害獣駆除担当、九条と申します」

「同じく環境庁の、自然環境の保護を専門としている、森です」

 男は二人を交互に見つめる。やがて納得したのか、ほっと息を吐き、名乗った。

「俺は藤四郎(とうしろう)っす。藤が苗字で、四郎が名前っす」



 笑みを見せる藤。九条は一度頷くと、首を傾げた。

「藤くんはなぜ、こんなところにいるのですか?」

「ええと、フィールドワークっす」

 森は鼻からふんすと息を吐く。

「藤くんと言ったか。君も、生物たちに興味があるのかね?」

「は、はい。そうっす」

「いい若者じゃないか。それなら詳しくは歩きながら聞こう。な、九条さん」

 森は九条の肩を叩いた。九条は不承不承、年配者である森の言うことに従った。

 先頭を九条が行き、その後ろで森と藤が話しながら歩く。

 この時点で、森は藤のことは完全に信用しきっていた。動物好きに悪い人はいないのである。調査の背景を藤に簡単に説明した。



 最近、太陽活動が活発化してきている。このままでは人類が地上に暮らし続けるのは難しくなるだろう。移住できる場所を探さなければならない。解決策として地下街を居住区とする案が提示されたが、本州の地下はとうに人で埋まってしまい、面積が足りない。そこで、長い間放置され続けてきた九州地方を利用する案が出てきた。新しい土地なら莫大にあるし、すでに地下都市の基礎となる地下街・地下鉄も存在している。

 しかし、人が移住することになるとすれば、環境の整備を行う必要がある。環境整備には自然破壊がつきものだ。森たちの今回の調査の目的は、地下に残されている自然環境とそれに対する整備の影響を見積もるためだったのだ。うんぬん。

 森はついでに、森と九条の立場の違いについても藤に述べた。森は自然保護派であり、天神地下街および七隈線移住計画には反対。九条は逆で、障壁となりそうな自然はバンバン人の住みやすい環境へと変えていくべきだと考えており、当然移住計画には賛成の立場。

「なあ、こいつら自己中だろ? 酷いだろ?」

 森の説得に藤も同調した。

「ひどいっす! 勝手に環境を破壊しちゃダメっす」

「いや、だからね、地下街から害獣を駆除したとして、それでどのくらいこの地方の生態系が危ぶまれるのか、きちんと定量的にですね、」

 九条の反論にも、森と藤はやれやれと肩を落としただけだった。聞く耳を持たない二人の態度に、九条自身も何かをあきらめた様子で理念を語るのをやめた。



「お、改札口だ」

 森の目線の先には、壁に埋め込まれた自動発券機、その横に役目を果たせなくなった改札機が闇の中からぼうっと浮かび上がっていた。

 物言わぬ改札を抜け、ただの階段と化したエスカレーターをリズミカルに下っていくと、地下鉄の構内にたどり着いた。

 地下を照らす電灯には明かりがついていた。駅のホームが伸びている。この地下二階部分は比較的破損が少ないようで、在りし日の通勤ラッシュの様子を思い浮かべることさえできそうだった。

 あっ、と藤が声を上げた。きっと彼自身初めて目にしたのだろう。

 錆びついたレールの上には、塗装が剥げてはいるものの、なおも重厚な威圧感を放ち続けている電車がでんと居座っていたのだった。



「え、なんすか、これ!? 動くんすか!」

 藤が興奮した様子で、電車の窓にベタベタ手を触れている。

「こらあ! 電車に触るんじゃあない!」

「す、すみませんっす!」

 電車の先頭車両の方から一人の男が駆け寄ってくる。藤が一瞬、びくっと身体を震わせて、すぐさま電車から離れた。森はやってきた男に気さくに話しかける。

「やあ、近津さん。調子はどうです?」

「上々だな。こいつを走らせるくらいはなんてことないようだ」

 近津は顎鬚をボサボサに生やした筋骨隆々の三十代後半の男だった。長袖長ズボンの服の上からでも筋肉の盛り上がりがわかる。

「森さん、もしかして、こちらの方が運転手っすか?」

 藤が九条の後ろに隠れて、おそるおそるといった様子で顔をのぞかせている。

「そうだよ。地上では電車も運転していたし、車両の整備についても詳しいんだ。今回放置されていた地下鉄を動かすってことで、近津さんを連れてきた」

 へえー、ともの珍しそうに藤の視線は近津の全身を行き来した。

「でも、電力とかはどうなってるんすか?」

「おう。本州から電力をちいとばかし借りてんだよ。それから、指令所のほうにも人が何人か来てんだ。そこで管理してるってわけだな」

 森は、よし、と手をと打った。

「じゃあ、行こうじゃないか! 地下鉄に乗って! 旧七隈線の旅の始まりだぞ!」

 よしきた、と近津は踵を返し、一歩踏み出したところで足を止めて、言った。

「ところで、その宇宙服着てる怪しいやつ、一体誰なんだ――?」



 先頭車両のドアだけが開いている。ホームに設置されている落下防止用のゲートを乗り越え、いざ電車内へと踏み出していった。

 地下鉄の座席は、座り心地が良かった。森は横に並んだ座席の真ん中に陣取り、九条、藤はそれぞれドアに近い端の席へと腰かけた。藤は、すげえっす、を連発しながら、内部を見回している。電車内にも明かりはついており、後ろの車両まで見通すことができた。

「こっちが先頭ってことは、博多じゃなくて薬院とかの方っすよね?」

 藤の問いかけに対し、森は鷹揚にうなずいた。

「ああ、そうだ。今日は渡辺通、薬院、薬院大通、桜坂を経て六本松まで行こうと思っている。近津さーん、お願いしまーす」

 森の合図に右手を上げて答えた近津は、運転席で何やら操作を開始した。

「出発進行!」

 ガタ、ゴトゴトゴトとゆっくりと電車が動き始めた。

 藤は子供のようにはしゃいでおり、九条も落ち着かなさそうにキョロキョロと車内や窓の外を見回している。

 ところが、その興奮も二、三分で去って行ってしまったらしい。

「――森さん、この電車、めちゃくちゃ遅くないっすか? まだ次の駅に着かないんすか?」

 電車は一貫して徐行運転を続けている。窓の外のトンネルには明かりはついておらず、窓の外は全くの暗闇。車両の前部で線路を照らすライトだけが唯一の頼りである。

「線路の上にも動物が飛び出てくるかもだし、障害物とかあったら事故起きちゃうし――」

「そうなんすか。――でも、これなら歩いたほうが速くないっすか?」

 森はだんまりを決め込んだ。



 駅に着いたら探索の再開である。次の駅である渡辺通、ここでも天神の地下街と同じように調査を行った。駅構内をうろつき、何かを発見するたびに森は嬌声を上げ、九条は冷静に対応し、藤は森の説明にいちいちうなずいている。

「ほらよく見てみるんだ、かわいい顔をしているだろう」

「ほんとっすね。このコウモリ、へんな顔してます」

「ここには見当たらないが、どこかに地上へと通じる亀裂があるんだろう。とてもコウモリや他の動物たちが、この地下だけで生活しているとは思えない。きっと地上で餌を狩っているんだろう。おっと、そこ糞がたまっているから気をつけたまえよ。ところで――」

 森が振り返って藤を見た。

「私の顔もコウモリに似て愛嬌があるとは思わんかね?」

 藤は曖昧にうなずいた。



 この駅も地上からの光は皆無だった。数十分も歩いたころ、森がいきなり足を止めた。

「やや! 何だこれは!」

 森は暗い中、今自分が踏んだ足元の感触を何度か確かめた。ふかふかしている。やがてその場にしゃがみこみ、手袋をつけた手で緑色の何かを採取した。

「それ、なんすか?」

「――コケ、だな」

 言いながら、森はあたりを見渡した。どうやら階段の近くらしい。耳を澄ませると、九条の歩くシャッシャッという音と、そばを水が流れるちろちろという音がした。

「ふむ。水気はある。空気も乾いていない。どちらかと言えばじめじめしている――」

 森は一人ごちている。コケがどうしたんすか、と藤は不思議そうに森を見た。

「わからんかね? このコケは植物だ。植物が生きていくには何が必要と思う?」

「あっ、光っすね! ここには光がない!」

 藤は天井を見た。少なくとも目の見える範囲で光が差し込んでいる気配はない。太陽は出ているはずだが、地下にはそれが届いていない。

「前は亀裂から光が入っていたけど、何かの拍子に塞がれてしまった、とかっすかね?」

 森は、しゃがんだまま腕を組んで考え出した。

「まあ、そうかもしれんな。いや、あるいは、と考えてみたのだが――」

 それきり何もしゃべることなく、森と藤は地下鉄の電車のもとへと戻っていった。



 電車はゴトゴトのろのろと進む。線路に水がたまっているのだろうか、時折水を跳ねるようなびしゃっという音が聞こえる。

 座席に腰を掛けている藤が、森の方を見つめて言いだした。

「なんかダレン・シャンみたいっすね」

「なんだそれは?」

「ファンタジー小説なんすけど、これが超面白いんすよ。主人公の少年がバンパイアになって、夜の世界で活躍するんす。こんな感じで地下が舞台にもなってたなあ。お子さんにプレゼントしてあげたら喜ぶと思います」

 藤には、森に十歳になる子供がいることは話してある。森がフィールドワークにばかり出かけるものだから、妻や子供に愛想尽かされているということも含めて。

「ほう。うちの子も本は好きでね。そんなに面白いのなら、買ってみようか」

 藤は、なぜかほっとしたような様子で、座席にもたれかかった。

「そろそろ、薬院駅に着くみたいですよ」

 膝の上に広げた地下構内の地図に目を落としながら、九条が言った。

「――九条さん、なんか今日セリフ少ないな」

 森はぼそっとつぶやいた。



「やや! 何だこれは!」

 森が立ち止まった。藤も森の横に並んで立ち、森の視線の先へと目を向ける。森がしゃがんで地面に落ちているものを拾い上げた。ライトを照らし、黒ずんでぼろぼろになったそれを藤に見せる。

「――木の枝っすね。焦げてるっす」

 やはりここにはいるのかもしれん。森は考えた。九州地方には人はいないはずだが、災厄を生き残った人々がひっそりと地下で暮らしていたとしても不思議ではない。

 そのとき、ガサッとどこからか音が鳴った。ライトをそこかしこに向けてみるが、音の正体はわからなかい。

 虫や動物かもしれない。

 しかし、もし人が生き残っていたとすると――。

 そしてもし、彼らが我々の来訪を歓迎していないとすると――。

 気温は低いにもかかわらず、森の額から汗が流れ出した。

 考えすぎだろうか。いや、これまでが楽観的過ぎたのかもしれない。

 調査本来の目的ではないが、ここまで来たのなら人の存否は確かめねばなるまい――。

「そういえば、九条さんってどこに行ったんすかね?」

 藤のつぶやきに森はハッと気づいた。シャッシャッという音がいつの間にか消えていた。急いであたりに光を当てて周囲を探る。

 見当たらない。



「おーい、九条さーん、いたら返事してくれー」

 待つ。――返事がない。

 悪い予感が次々と頭に浮かんでくる。森は駈け出した。

 壁がところどころにあり、視界が良くない。ひとつひとつ壁の向こう側を覗いては九条の不在を確認していく。

 背中からゾッとする感覚が昇って、頭へと到達する。

 まずいことになったぞ――!

 そのとき、暗がりの一角から声がした。続いて人影がゆらりと現れた。

「ああ、すみません。催してしまったのですが、この服着脱するのに時間がかかって――」

 森は九条のヘルメットをはたいた。



 森らは地下鉄で移動し、次の駅である薬院大通に降り立って探索を開始していた。

 森の提案で今後は単独行動を禁止し、三人一緒に行動することになった。

「この駅にはやけにコウモリが多いな」

 森は誰にともなくつぶやいた。ライトを天井に向けてみれば、逆さまにぶら下がっている大量のコウモリがこちらをじっとうかがっている。頭部を見る限り、これまでの駅にいたコウモリとは種類が違うみたいだ。

「藤くん、その格好で大丈夫ですか?」

 全身完全防備の九条が、ラフな格好の藤をかばうように前に出てきた。

「え、なにが危ないんすか?」

「ウイルスだよ。コウモリはニパウイルスとか、SARSとか、狂犬病とか持っているらしい」

「うーん、そんなに神経質にならなくてもいいと思うんすけどね」

 藤は森と似たような発言した。

 基本的にコウモリは人間を襲わない。コウモリ本体や糞に接触するときのみ、ウイルス感染に気をつければよい。しかし、コウモリを驚かせてしまうと、引っ掛かれたり噛みつかれたりすることもある。一行はそろりそろりとコウモリのねぐらの下を歩いて行った。



 地下鉄のホームの反対側の出入り口までやってきたとき、その奇妙な音は聞こえた。ぴー、とも、しー、とも判別のつかない高い音が構内に響き渡ったのである。

「なんだ!?」

 森は立ち止まり、頭上を見渡しながら振り返った。

 その瞬間、天井に留まり休んでいたはずのコウモリたちが一斉に飛び立った。群れをなしたコウモリたちがバサバサと、森たちの地下鉄の進行方向へと羽ばたいていったのである。構内は暗く、森らの持っているライトだけではとてもその全容を追うことはできなかったが、数百、数千にも思われるそのコウモリの大群がまさに一匹の大蛇のごとく空中をうねりながら、奥へ奥へと進んでいくのだけは確認できた。

 森たちはポカンとして、その様子を眺めていた。

 餌の時間か。森は思案した。いや、まだ日が暮れるには時間がある。食虫性コウモリなら、洞窟から出て外に飛び出すのは日没のはずだ。だとすると、さきほどの音が原因か? コウモリの可聴域にも届いていたとすると――。

 森はやがて全てのコウモリが飛び去ったことを認めた。なんとはなしに、九条と藤を眺めてみる。二人とも、コウモリが飛び去った暗闇へとじっと目を向けて、黙ってその行方を追っていた。



 地下鉄に戻り、次の駅である桜坂へと出発した。ゆっくりと電車が再始動する。

 森は椅子に座り、腕を組んで考え込んでいた。コケの存在、焦げた木の枝、そして人間にも聞こえたコウモリへの命令――。これで地下における人類の存在は確定したのではないだろうか。コウモリが飛び去ったその先の駅に、その人間たちが住んでいるのでは――?

「あれっ! 今、桜坂駅通過しませんでした!?」

 九条の素っ頓狂な声が車内に響いた。



 森は慌てて窓の外を見やった。窓ガラスに顔をくっつけるが、暗闇で何も見えやしない。

「九条さん、何も見えんぞ」

「車内の明かりで一瞬、看板が見えたんですよ」

「おかしいな――。近津さんに聞いてみよう」

 森は揺れる車内を前方へと歩いて行った。近津の後姿を確認した途端に目を見張る。

「近津さんっ!」

 運転席へのドアを叩き、そう叫んだ瞬間、車内の明かりが一瞬にしてすべて消えた。

「なんすかっ!」

「どうしたんです!」

 藤や九条の驚いた声。森は電車の後ろを振り返る。何も見えない。前を見る。電車前部の明かりだけがついている。走り去るレールが見える。電車はまだ動き続けている。もはや近津の姿も闇に飲まれて確認できないが、確かに森は見た。近津が運転席に突っ伏してぐったりしていたのを。



 森はヘルメットに取りつけたライトを点灯した。ぼんやりとした明かりに照らされ、車内の様子が見え始めた。九条は座席に腰を下ろしたまま、藤は立ち上がって両手を突き出し、何かを探っている。そして、車両の奥に、もう一人の人影があった。

「誰だ!」

 森がどなったのと同時だった。車内は白くまぶしい閃光に包まれた。

 光の濁流が視神経に流れ込む。森は目がくらみ、平衡感覚さえも失ってしまった。咄嗟にその場にうずくまる。人の走る音が聞こえたと思うと、続いて誰かの悲鳴が聞こえた。

「ぎゃあッ!」

 ――九条か!?

 森は片手で目を保護しながら、それでも薄く目を開けようと努力する。手の指の隙間から見えたのは、床に倒れ込んだ九条の姿だった。

 九条に呼びかけようとした。だが、できなかった。電車が急停止したのである。キイと甲高い音が鳴る。慣性に従い森は態勢を崩し、尻餅をついた。

 起き上がると、車内は再び暗闇に包まれていた。

「動くな」

 低い男の声が森の頭上から聞こえてきた。何か固いものがヘルメットに突き付けられている感触があった。

 森はぴたりと動作を止めた。

「この――、薄汚いバンパイアめ!」

 男がそう言い放つのを、確かに森は聞き取った。



「いたた――」

 九条の声がした。ライトを向けると、うずくまった九条が身じろぎしているのが確認できた。とりあえずまだ息はある。

「お前ら、俺たちを襲いに来たのか、え!?」

 頭上を見上げライトを向けると、自衛隊の隊服のような格好をしている中年の男が森を見下ろしていた。

 そして、森は見た。ヘルメットに突き付けられていた固い金属製のものは、銀色に光る十字架だったのだ。

 思わず二、三回まばたきをしてしまった。そういえば先ほどから車内ににんにくのようなきつい匂いが漂っている気がする。

「やっぱり違ったんすよ、いい人たちだなって思いましたもん。バンパイアじゃないっす」

 藤の声だ。口ぶりからすると、襲撃者を知っているどころか、その一味である可能性が高い。しかし、その口調は穏やかである。

「まだわからんだろ! おら、これでどうだ!」

 怒号とともに、ぴしゃ、と何かが顔面に浴びせられた。塩を含んだ水のようだ。

 森は完全にわけがわからなくなっていた。



「ちゃんと伝言聞いたんすか!?」

「まあ、コウモリたちもきっと興奮してたんだよ」

「コウモリのせいにしちゃだめっす。なんのためにこれまで訓練してきたんすか!」

「いや、申し訳ない――」

 森、九条、近津の一同は六本松駅のホーム、壊れかけたベンチに座っていた。ここも暗くてあまり様子が見えないが、目の前では襲撃者と藤がなにやら議論し合っている。

「ええと、あなたがたは災厄を生き延びた旧人類である、とそう理解してよろしいですか?」

 議論の隙間を狙って、森がおそるおそる二人に尋ねた。

「旧人類とは無礼な言い方っすね。どっちかといえば、森さんたちのほうが旧人類っすよ。俺たちのほうが進化してるっすから。まあ、地下暮らしに特化してるってだけっすけど」



 森は事情を大体つかんだ。九州地方を捨てることになったあの災厄のあとも、地下にこもってひっそり生活していた人々がいた。人口は少なく、細々とやってきたらしい。生えていたコケは照明を使っていた証拠で、焦げた木の枝は火を起こしていたことの証拠である。コウモリに命令を出していたのは藤自身で、笛を吹いていたらしい。

 森たちのことをバンパイアだと思っていたのは、災厄後の地球環境を踏まえてのことだった。太陽活動が極端に低下してしまったため、地上の、暗く寒い夜の世界に適応せざるを得なくなった新人類。強靭な肉体を手に入れた新人類が夜に目を光らせている様は、当時の旧人類にはバンパイアのように見えたのだろう。世代を経るごとに伝承には尾ひれがつきまとい、いつの間にか、光に弱く、人の生き血を吸い、空をも飛べる存在へとその想像図は発展していったそうだ。実際にはそんなことはない。

 藤がダレン・シャンの話を持ち出してみたのも、森たちの反応を探るためだったらしい。



 それにしても、と森は思う。まさかバンパイアだと勘違いされていたとは――。

 確かに、森たち新人類は太陽活動が衰えた世界に慣れきってしまっている。旧人類に比べれば肌は青白いし、視力は発達しているし、髪の色素も薄い。太陽光に長い時間肌をさらしていると、すぐに焼けてしまう。今回の地下鉄調査も、現在太陽活動の活発化により、地上のいくつかの居住地区を放棄せざるを得なくなったことが原因なのだ。

 だが、それにしても、バンパイアとは――。

 森はくっくと笑いをこぼしてしまった。

 今度家に帰ったら、子供にこの話を聞かせてやろう。森はそのときの子供の反応を思い浮かべ、一人にやにやした。私たちをバンパイアだと思っていた旧人類の存在のほうが、ファンタジー小説よりもよっぽど面白いではないか?

 頭を切り替え、公務に戻る。旧人類が住みついた地下街をこの先どうするのか、という問題が新たに発生してしまったが、まあ、この人らも悪い奴らではないようだ。

 仲良くやっていければいいのだが、さて、九条らはなんと言うだろう。

 しばし考えに耽った後、一緒に酒を飲まないかとの誘いを藤から受けた。

 一も二もなく承諾した森らは、駅のホームから階段をのぼり、旧人類の居住区へと足を踏み入れていったのだった。


関連記事
スポンサーサイト


  • 【[中編] 禁忌の呪文、魂の行方( 3 of 13 )】へ
  • 【[中編] 禁忌の呪文、魂の行方( 4 of 13 )】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【[中編] 禁忌の呪文、魂の行方( 3 of 13 )】へ
  • 【[中編] 禁忌の呪文、魂の行方( 4 of 13 )】へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。