[中編] 禁忌の呪文、魂の行方

[中編] 禁忌の呪文、魂の行方( 3 of 13 )

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 石板の文章を一通り共通語に翻訳する作業には、約二週間がかかってしまった。パレットとネロウで分担して翻訳できれば、きっともっと早いうちに終わらせることが出来ただろう。しかし、ネロウのパピル語に対する興味はとうに失われており、解読はほとんどパレット一人に任せきりだった。ヒコサは基地づくりに夢中になっており、やはりパレットの作業の手助けは行っていない。ただ、その成果として、この二週間で小さいが立派な小屋が頭上に完成していた。
 木でできた彼らの秘密基地は、今やエルドやジャド、ミリサの遊び場と化していた。今日も基地にこもり、ヒコサが持ってきたお菓子を食べたり、お茶を飲んだり、きゃっきゃとふざけあったりしている。その基地の下、石板の前には、ネロウとパレット、ヒコサが顔をそろえていた。
 今日は一日中曇り空で、ここ林の中は特に暗かった。
「進捗はどうだい、パレット?」
「意味の分からない言葉もあるけれど、一通り共通語への翻訳は終わったと思う」
 ヒコサの問いに、パレットが目を細めて笑顔で答えた。
「へえ、見せてよ」
 ヒコサが差し出した手に、パレットはその訳が記された数枚の用紙を渡そうとするも、そこで、
「ちょっと待てよ。ヒコサ、お前、何にも手伝わないで結果だけ教えてもらうつもりか?」
 ネロウはいちゃもんをつけ出した。ただヒコサとパレットのやり取りが気に食わなかっただけである。
「ネロウもあんまり役に立ってなかったじゃない……」
 ぼそりとつぶやいたパレットの言葉が、グサリとネロウの胸を突き刺した。ヒコサはやれやれと言った感じで首を左右に振り、言った。
「そもそもパピル語の本を見つけてきたのは僕だし、それを貸してあげているのも僕なんだけど」
 う、とネロウは言葉に詰まった。冷静になって考えてみれば、ヒコサのほうが翻訳作業における貢献度はネロウのそれよりも大きいのだ。
「ま、まあ、そんなことよりさ、みんなで読もうぜ。俺もまだちゃんと、詳しく読んでないし」
 肩をすくめたヒコサは、いいよ、と了承した。マッチを石板の表面で擦り、用意していたカンテラに火を灯す。三人の顔がぼうっと赤く照らされる。これで薄暗い中でも文字が読めるようになった。
 パレットが、ううん、と咳払いをしたのち、自前の訳を読み上げ始めた。

「ふうん。要約すると、何か生きているものを捕まえてきて、この石板に捧げ、呪文を唱えると魔法が発動する、と。呪文はさっきパレットが読み上げなかった部分だね。パピル語そのままだから発音が難しそうだ。ともあれ、魔法が発動すると、その捧げられた生き物はヒトカタになる、と」
 ヒコサが内容を要領よくまとめる。ネロウには4ページにも及ぶ古い言葉の文書を頭の中で整理しきることはできなかったが、ヒコサが言うならそれで間違っていないだろうと考えた。
「そのパピル語の呪文の部分って、実際に発音することはできるの、パレット?」
 ネロウが尋ねる。
「うん。パピル語をどうやって発音するかについても、ヒコサが持ってきた本に書いてあったから、読み上げることはできるよ」
「じゃあさ、さっそくやってみようぜ!」
 ネロウは急にやる気を出した。やることがわかっているなら、もう頭を酷使して悩ませることはないのだ。あとは行動あるのみ。
「いや、ちょっと待って」
 と、ヒコサが右の掌でネロウの勢いに水を差した。カンテラの灯りに照らされたパレットも浮かない顔をしている。
「何さ? もうどうすればいいのかはっきりしたんだから、やってみりゃいいじゃん」
 頭の中にクエスチョンマークを浮かべながら、ネロウは反論する。一体、何が問題だというのだろう。
 ヒコサが、はあ、とため息をついた。その仕草にネロウは少しイラッとしなかったわけではなかったが、黙ってヒコサに話をさせた。
「やることが分かったって言っているけど、ネロウ、じゃあその結果何が起こるんだい?」
「え、えーと」
 先ほどのヒコサの説明を思い浮かべる。
「石板に捧げた生き物がヒトカタになるんだろ?」
「じゃあ、そのヒトカタになるってどういうこと?」
 はっとネロウも気づいた。パレットが言っていた意味の分からない言葉ってこれのことか。
「うーん。えーと、それは……」
 ネロウが言い淀んでいると、パレットが真剣な表情で補足を始めた。
「えっとね、ヒトカタっていうのはパピル語を直訳しただけなの。そのパピル語に該当するちょうどいい共通語がなかったから、仕方なくね」
 ヒコサがその後を続ける。
「つまり、この石板に書いてある通りのことを仮に実行できたとしても、ヒトカタの意味が理解できていない以上、何が起こるか予想できないってことさ。さらに、」
 険しい顔つきだ。話は続く。
「これはプリスタの魔法石板なんだ。もしかしたらとても危険なものなのかもしれない。この石板に関わるのは止めにして、もとあった場所に戻してくるのがいいんじゃないかな」
 ネロウは反発した。なんとなくその優等生的な意見にも腹が立っていた。
「なんだよ、急に危険だなんて言いだして。危ない可能性があることは最初からわかってただろ?」
 ネロウの言葉に、パレットが首を振った。
「ううん、ここまで訳して感じたんだけど、何か悪いことが起こりそうな気がするの。それは最初に思っていたことよりもずっと。それにこれ、生き物が魔法の対象になってるでしょ? 命あるものに意図の不明な魔法をかけるなんて、そんなことはできないよ」
 そう言って、悲しそうにうつむいた。
 ネロウはそれ以上、パレットやヒコサに反論することはできなかった。せめて、ということで、石板をもとあった場所に戻すことはせず、とりあえず基地の入り口付近に放置することにしておいたが、ヒコサたちはいずれ持っていくつもりだろう。
 ヒコサがカンテラの火を消した。あたりは以前よりも深くどんよりとした暗さを纏っているように感じられた。
 基地の中にいる三人の子供たちの声も消えていることに、ネロウはこのとき初めて気づいた。何か起きたのか、と不安になったネロウは一人、急いで基地へのはしごを上った。
 基地の中でエルドらはすやすやと寝息を立てていた。

 その日の夜のこと。すでにエルドやジャド、ミリサを家まで送り、ヒコサ、パレット、ネロウたちも自分の家に帰りついていた。
 夕食を食べたネロウは石板のことを考えていた。というよりも、石板から離れていると、どうにも落ち着かなくなり、ついつい思考が石板の方へと向かってしまうのである。一度不安を感じて基地へと子供たちの様子を見に行った後も、石板の元へとすぐに駆け戻っていったし、時間になり林から出てくる時も、ネロウの頭には石板のことしかなかった。パレットのことすら気にかけていないほどだった。
 生き物か……。
 気づけば、何を捕まえて石板に捧げてみようか、などと計画を頭の片隅で練っている。だめだだめだ、とその考えを振り払おうとしても、どうにもアイディアは離れてくれない。
 一度だけなら、問題はないんじゃないか? 一度だけ、どうでもいい生き物を石板に捧げ、呪文を唱えてどんな魔法が発動するのかを観察する。その効果が分かり次第、もう石板に関わるのは止める。どうだろう。誰にも気づかれることなく実行できれば、咎められることもない。危ないと思ったときは中断し、石板をもとの場所へと戻し、以後触れなければいい。
 いい考えのように思えた。ネロウの自分でも理解できないその欲求は、ネロウ自身を行動へと移らせた。まずは獲物の確保だ。探せば家にいくらでもいるだろう。
 用事を済ませたネロウは親に気づかれぬよう、こっそりと家を出て行った。月も雲に覆われた真っ暗闇の夜のことだった。
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