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掌編・短編小説

[4分で読める] 革命のエチュード、別れの曲 [短編小説]

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 ――タタンタタン。

 左手の人差し指と中指がリズムを刻む。

 雲が赤く映える。方々から上がる火と煙に逃げ惑う民衆。メットを被った男たちが雄たけびを上げながら目の前を次々突っ切る。影が鋭く伸びている。旗が風になびいている。焦げた匂いが鼻の奥を突く。男らは銃剣を掲げ、警備隊めがけて突撃していく。返り討ちに遭う。滅多打ちにされる。敵の陣は堅固、銃弾も切っ先もその先に届かない。折り重なっていく負傷者と死体の山。流れる熱い血潮。それを踏み越え後に続くは、無念と怒りを宿す者。

 立ち止まることはできない。すでに賽は投げられた。

 成し遂げよ! 成し遂げよ!

 討ち果たせ! 討ち果たせ!

 背後には町、目の前には幾多の墓標。

 彼らの中に加わる。叫び声を上げて、右手のナイフを構え、そして――。

 信号が青に変わった。

 照り返す横断歩道の白いラインを雑踏が埋め尽くしていく。その男も群衆に紛れ、歩き始めた。右手はポッケに入れたまま。左手は変わらず律動を生む。

 暑い。眩しい。目をはっきり開けていられない。

 スクランブル交差点の四方から、群れが中央に集まっていく。まるで、これから行う反乱のための決起集会が開かれるみたいだ。ふと真正面上を見やれば、大画面の中で盲目のピアニストが体を揺らして鍵盤を叩いている。軍楽か。隊の士気は否が応にも高揚する。

 今こそ立ち上がるときだ!

 口を大きく開く。腕を高く上げる。

 やがて前から来た一団と交わり――。

 左半身に衝撃を受けた。

 目を剥いた。わき腹からドロドロとした液体が零れ落ちている。

 なんだこれは。

 たった今ぶつかった者をキッと睨む。女だ。口をもごもごと動かし、目を反らし、そそくさと逃げ去っていく。

 刺客か! よもやこのような場所に――!

 踵を返す。女を追う。女が気づき、走り出した。男の足も速まる。右手はポッケの中。固い金属の感触を弄ぶ。体を捻り、人の流れに逆らう。女はすでに射程距離。逃がすものか!

 と、駆けていた女が歩道に倒れ込んだ。パンプスが片方脱げている。

 怖いものを見る目つきで男を見上げた。口がパクパクしている。

「あぁ!? 聞こえねえよ!」

 言いながら男は気づいた。自身の頭に装着していたヘッドフォンをはずし、首にかける。

「謝ってるじゃないですか! なんで追いかけてくるんです!」

 ノイズのような甲高い女の声がした。

「ああ、これはすみません」

 男は片膝をついて、女に左手を差し出した。

「私としたことが、ついカッとなって――。失礼をば」

 女は目を丸くした。

「どうされました? ああ、クレープをぶつけてしまったことはお気になさらず。洗えば済みます」

 言いながら、男は右手でハンカチを取り出し、わき腹あたりをこすり始めた。

「いえ、その、ごめんなさい……」

 狐につままれたような顔をして、女は差し出された手を右手で掴み、男をまじまじと見つめた。男も視線を合わせる。

 一瞬で、その黒い瞳に吸い込まれた。

 なんと美しい女性なのか!

 願わくば、この女性と歩んでいきたい。ともに朝食を食べ、昼にはお茶を飲んで語らい、夜は愛をささやき合って、また二人で朝を迎えたい。きっと素晴らしい日々になるだろう。

 しかし、哀しいかな。私たちは永遠に結ばれない運命なのだ。

 なんという残酷な仕打ちなのだ! これから祖国に戻らねばならない。近いうちに反乱が起こると耳にした。自由と独立のための闘いだ。それに加わらなければ。女とは別れなければならない。もう、会うことはないだろう。最後に、せめてもの愛情の表現として、口づけを――。

 恥ずかしそうにうつむいた彼女が、素早く背を向けた。何か気味の悪いものでも見たかのように、自身の両肩を撫でている。去り際に何かをつぶやいた気もするが、聞き取ることはできなかった。女はだんだんと小さくなっていく。男はそれを呆然と見つめることしかできなかった。左手に残っていた彼女の手の感触がすうっと溶けていく。

 握った右手を開いた。陽を浴び金属光沢を放つそれを見て、男はため息を吐く。

 これが、私たちの家の鍵になるはずだった――。

 仕方がないのだ。自分に必死に言い聞かせる。彼女には、その命果てるまで幸せでいてほしい。目を細めて、天を仰ぐ。この一点の曇りなき空のように!

 さあ、これからどうやって生きていこう――。

 しばらくぼうっとしていた。やがてヘッドフォンを頭に戻し、ポッケに右手を入れた男は横断歩道まで歩いて行った。その目はギラギラとして、まるで体の奥で闘争心をたぎらせているかのようだった。

 ――タタンタタン。

 左手の人差し指と中指がリズムを刻む。

 成し遂げよ! 成し遂げよ!

 真正面上の大画面を見やると、ピアニストの演奏がちょうど終わったところだった。


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