[中編] 禁忌の呪文、魂の行方

[中編] 禁忌の呪文、魂の行方( 1 of 13 )

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 広葉樹が生い茂る林の中、ネロウは大声で離れた場所で作業をしている少年に声をかけた。
「おーい、ヒコサ! ロープ、持ってきてたよな。どこにあるか知らないかー?」
 薄暗い中でもそれとわかる金髪の少年が、ネロウの立っている地面のそばを指差しながら歩いてくる。怪訝そうな顔。
「そこに置いておいたけど……。あれ無くなってる!」
 ネロウは軽く舌打ちをし、上を見上げた。
「エルドー、ここに置いてあったロープについてなにか知らないかー?」
 地面から二メートルほど高い位置に一メートル四方の木の板が浮かんでいる。苔の生えた高い木の幹と、外から調達してきた細長い木材によって固定された、彼らの秘密基地の土台である。
「知らなーい」
 板の端から身を乗り出し、小柄な赤髪の少年が答えた。
 誰が持って行ったのだろう、ネロウは考えた。ここにいないのは、探検に出かけて行ったパレット、ジャド、ミリサだけ。
「あ、ネロウ、パレットたち帰ってきたよー。ロープ持ってる!」
 ネロウが振り向くと、木々の隙間に長い金色の髪を一つに束ねた少女の姿が見えた。ロープの先に結んである何かを、隣にいるちびの少年少女と一緒に引き摺っているようだ。うんしょ、うんしょと掛け声が聞こえてくる。こちらの存在に気付いた少女は、
「ネロウとヒコサも手伝ってー。すごいもの発見しちゃったんだから!」
 と、はしゃいだ声を上げながら、一生懸命力を込めてなにか重いものを引っ張っていた。
 ネロウは、ヒコサと基地の下で顔を見合わせた後、競うようにパレットのもとへと駆け寄っていった。
「パレット……、一体何やってんのさ?」
 ヒコサがパレットたちの手にあるロープの先を膝に手を突き屈んで窺う。
「ん? これは、何だい?」
 パレットに手を貸そうとしていたネロウも慌ててヒコサに駆け寄り、その足元を見た。
「せきばん!」
「せきばん!」
 くしゃくしゃ頭のジャドとくるくる頭のミリサが同時に声を上げた。パレットが笑顔で続ける。
「あのね、林の奥の方で見つけたの。初めはただの古い石かなって思ったんだけど、よく調べてみるとなにか文字みたいなものが書いてあって。珍しいから持ってきちゃった。あ、ロープ勝手に借りたよ」
 ふかふかの土と草の上、灰色の平べったい石がそこにはあった。真ん中あたりが若干くびれており、そこにロープの輪っかが引っ掛けられている。小さな子供くらいの大きさはあるだろう。
 よく見ると、所々かすれているものの、確かに文字のような模様が表面の八割くらいを覆っていた。
「おいおい、ロープ借りるならそう言えよ」
 ヒコサが口をへの字に曲げて言う。ぶー、とパレットが口をすぼめた。
「いや、これは大手柄かもしれないぞ、パレット!」
 一方、ネロウはさっきの舌打ちも忘れ、笑みすら見せていた。
「ほんと? ネロウ!」
 パレットはうれしそうな表情をネロウに向けた。ネロウは思わず俯いてしまう。その様子を見たヒコサがため息を吐きながら、
「ま、いいや、基地の上まで運ぶのはしんどそうだけど、下に飾るのもいいかもな」
 と言いつつ、ジャドが持っていたロープに手をかけた。ネロウはミリサに手を貸す。
「じゃあ、みんなで力を合わせて運ぼう! せーの!」
 パレットの掛け声に合わせて、うんしょ、うんしょとずりずりと石を移動させていった。

 以前は深い森だったこともあり、近隣の大人たちは子供たちを決して近寄らせなかったという。しかし、大規模な伐採によりその面積を大幅に減らしてからは、その森は(今となっては林だが)、子供たちの格好の遊び場となった。森としての広がりは失われたとはいえ、一度足を踏み入れればすぐに枝葉の陰に覆われるほど鬱蒼としている。高い木々は方々に枝を伸ばし、村からは隔絶された緑の空間を作り出していた。
 体も好奇心も育ちざかりの子供らがこの林に入る目的は探検、昆虫採集以外には、秘密基地づくりしかなかった。その例に漏れず、ネロウを中心とした遊びのグループは、大人に干渉されない自分たちだけの居場所を作り上げるため、ここ一二週間、林に入りびたりになっていたのである。
 ネロウたちは結局、石板の重さのために、木の板でできた基地の上まで持っていくことは危険だと判断し、基地の入り口に飾っておくことにした。表面についた土を払う。
「やっぱり、これ文字っぽいよね。一体なんて書いてあるんだろう。魔法が関係しているっぽい?」
 やっとのことで木の根元に力を合わせて立てかけたあと、他の誰もが抱いたその疑問を、パレットが口にする。
 その石板に書かれている文らしきものは、いくつものミミズが這っているような文様と、角ばった三角形や四角形を組み合わせた幾何学模様の複合から成っていた。
「俺これ見たことあるかもしれないなあ」
 ネロウはついそんなことを口走ってしまったが、でまかせである。
「え、ネロウ知ってるの?」
「うーん、どうだったかなあ」
 気を持たせるような言葉だけが出てくる。ああ、止まれよ、俺の口!
「僕も見たことがあるような……。確か家にある書物で見かけた気がする」
「そうなの? ヒコサ」
 ネロウは思わずヒコサを睨んでしまった。パレットが興味ありげにヒコサを見つめたからだ。
「帰ったら調べてみるよ。そのためにちょっと文字を書き写しておこうかな」
 ヒコサがポケットからペンと紙を取り出した。
「あ、俺も書き写しとこ。何か思い出すかもしれないし」
 つぶやきつつ、ネロウもポケットを弄ったが、そこには何も入っていなかった。
「見せて見せてー」
「僕も見たい!」
 ミリサとジャドがネロウたちをかき分けて、石板の前を陣取った。ふう、と息を吐いて振り返ると、エルドが基地の上で寝転がっているのが見えた。

 ネロウはパレットが好きだった。しかし当のパレットは、どちらかといえば、非常に認めたくないことながら、ヒコサにその気があるようなそぶりを時折見せないこともないような感じであった。
 14歳になってできた初恋の相手が幼馴染で、しかもその相手がこれまた幼馴染の友人に気があるという運命めいた三角関係に、ネロウはここ長い間悩まされていた。
 背は低く、鼻と頬にそばかすの浮いた茶髪の自分と、すらりとした長身で目鼻立ちがよい日の光を鮮やかに反射する金髪のヒコサ、これまた金髪をポニーテールにまとめた、笑ったとき目を細めるのがとてもかわいらしいパレット。
 ヒコサのことは友達として好きであったが、パレットに関してとなると濁流の如き悪感情がネロウの心を荒らしつくすのである。いっそヒコサがいなくなればいいのに、なんてことを考えては罪悪感に苦しみ、ベッドの上で転がりまわるのだった。
 ネロウがよくつるむメンバーには、他に、基地づくりを一緒に行ってきたエルド、ジャド、ミリサがいる。彼らはまだ10歳前後でネロウとその同級であるパレット、ヒコサに比べてれば幼いため、保護者代わりとして遊んでやっている。村の、特に農民の大人たちは忙しく、子供の世話まで見切れないことが多い。そこでネロウたちが遊び相手を買って出たというわけだ。もともとはパレットの発想だったのだが、今ではネロウがグループのリーダー的な立場に居座っている。もっとも、ネロウ自身に関しては、親の手伝いを逃れるための口実的な意味合いもあったのだが。
 明日ヒコサが何も見つけてこなければいいけれど。そんなことを考えながら、ベッドに横になったネロウは、薄暗い林にずんと置かれたあの石板に思いを馳せた。ずっと頭の中に引っかかっていたのは、あの石板がなんであるにせよ、なぜこんな辺鄙な村に隣接する林の中に放置されていたのか、という疑問であった。かつて、この地には何があったというのだろう。
 まあ、いいや。考えてもわからない。どうせ俺はバカだから。
 不貞腐れたような考えにたどり着いたネロウを、やがて眠気が襲った。
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