掌編・短編小説

[20分で読める] 憲法改正 ―国民投票攻防戦― [目次付き短編小説]

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--目次--

 1.デモ
 2.報告
 3.テロ
 4.会談
 


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1.デモ

 ラップ調のコールが耳の奥でリフレインしている。

「憲法守れ!」「憲法守れ!」

「戦争反対!」「戦争反対!」

「改憲反対!」「改憲反対!」

「国民なめんな!」「国民なめんな!」

「半分取らすな!」「半分取らすな!」

 昼間から夕方にかけて大通りを練り歩いた。主催者によれば少なくとも5万人は参加したらしい。学生たちは配布されたプラカードを掲げ、太鼓はリズムを生み、拡声器が吠えた。とにかく暑かった。炎天下のせいだけではない。有り余る若さと怒涛の勢いを感じた。汗ばんだ腕が触れ合うほど密着した空間の中、確かな一体感が生まれていた。彼らと一緒に歩いているだけで、叫びだしたくなるのだ。そのうだるような熱気は、外で見ているだけでは伝わらないかもしれない。

 ここ、中国地方のある都市では、都心ほど盛んにデモが行われるわけではないが、あと半年で国民投票という現状において、会合の頻度はますます増している。

「それでは、本日のデモお疲れ様! ということで、乾杯!」

 かんぱーい、と居酒屋に集った主催グループの面々が声を合わせてグラスを掲げる。小野田祐樹もそれに従った。

 今回乾杯の音頭を取ったのは、学生団体Free-Den南西支部のリーダーだった。彼の横には、その団体のトップである黒髪ポニーテールが特徴の江下光希が座り、目を細めてうまそうにビールを流し込んでいた。

 政治思想を等しくする集団の集まりとはいえ、ひとたび酒が入ってしまえば、そこらの学生の飲み会とは大差ない。会話の内容の政治色は強いものの、傍目からすればただのドンチャン騒ぎである。

 まあ、そんなものだろうな、と小野田は思った。彼らの政治的な信念は本物かもしれないが、今は一学生に過ぎない。はしゃぎたい気持ちもわかる。

 小野田自身はというと、誰とも会話することなく、座敷の端の方で一人ウーロン茶をちびちびと飲んでいた。参加者の様子に注意深く目を配りながら、目の前にやってきた枝豆を時折つまむ。

 この場にはもう一人、小野田のように独りでビールを飲んでいる眼鏡をかけた学生がいた。確か、谷俊(バレイシュン)という「大陸」からの留学生だったはずだ。京津大学の大学院生。彼の隣には同じく「大陸」から来たという黄蓮(アンレン)が座っているが、アンレンは座の真ん中に位置する江下のほうを気にしており、バレイシュンのほうは見向きもしていない。

 バレイシュン――。

 脈はあるだろうか、小野田は考える。話を振ってみて、様子を探ることにしようか。うまくいけば儲けだ。

 小野田は床に手をついて立ち上がり、酔った学生たちの背中に足をぶつけながら、バレイシュンのほうへと近寄っていった。



「知ってます? 江下さん、一部のネトウヨたちの間で広まっている噂」

「『西の大国』が侵略されつつあるって話かい?」

「そうなんですよ、笑ってしまいますよね」

「公には、テロの首謀者は宗教的確信犯だって言われてるね。まったく、それもどうせ『東の大国』や『大陸』への批判ありきの牽制だろう? テロ集団の実体なんて全く明らかになっていないのに」

「江下さんの言う通りですよ。ホント、戦争したがっている連中ときたら、目を皿のようにして口実を探すんですよね」

「そうそう。『東』がテロ集団を匿っている! とか、そういうイチャモンをつけたいんだよな、奴らは」

 Free-Denのトップである江下と南西支部二番手のアンレンの会話が耳に入った。最近ネットで騒がれている「西の大国」で続発するテロの噂についてらしい。

「オノダさんはどうして今回参加しましたか?」

 意識をバレイシュンとの会話に引き戻す。

「うーん、そうだね……」

 小野田は答えを保留しながら、周りの様子を見渡した。皆、各々の話し相手との会話に夢中になっている。現政権への罵倒や信念の吐露が主な内容のようだ。

 言っても問題ないだろう。誰も聞いてなんかいやしない。

「実はね、俺は興味なかったんだよ。なんとなく、周りの雰囲気に合わせただけというか。今日のデモも、誘われなかったら来なかったかもしれない」

 ――さあ、どう反応する?

「そうですか。ワタシもオノダさんと同じです。こっちじゃ、いつも一人でさびしい。アンレンに誘われて、『大陸』の人たちいるって聞いて、だから来てみた」

 この応答、いけるかもしれない――。

「ああ、今日はちょっと『大陸』の参加者は少なかったかもね」

「そうです。アンレンいるから大丈夫と思ったけど、彼はエノシタさんとの会話で忙しい」

 バレイシュンの視線を追ってみれば、アンレンは大げさにリアクションしているところだった。

「ワタシ、和国の憲法にあまり興味ない。国民じゃないから投票もできない。『大陸』と戦争をしないなら、それでいい」

「いろいろと大変でしょ、留学生生活も」

 小野田は強引に話を変えた。政治の話は後回し。今はこちらを信用させるのが優先だ。

「はい。研究室でも親しい人いないです――」

 バレイシュンは、熱心に言葉をつないでいる。相手が和国人とはいえ、久々に人と話して内心をぶちまけたい様子だった。

 聞けば、祖国「大陸」の両親を楽させてやることが当面の目標らしい。そのために、和国の大学にやって来て、待遇の良い研究職を目指しているそうだ。今は独り研究に精を出しているという。

 小野田は思った。

 彼を利用することに良心が痛まないわけではない。しかし、それが小野田に課せられた指令である以上、実行するほかないのだった。なにより、小野田自身、策を弄するのが大の好みなのである。これはチャンスだ。自分の手で大きなことができるかもしれない。

 小野田は体の奥で、静かな興奮が滾るのを感じた。


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2.報告

「報告を始めますよ、吉野のおじさん」

「おい、おじさんはよせよ。そこは事務所だろう?」

「大丈夫ですって。誰もいません。それに、誰かいたら報告なんてできないでしょう?」

 小野田は吉野寛三事務所の来客用スペースに陣取り、テーブル上のパソコンに向かって話しかけていた。白い壁紙に白いテーブル、唯一隅に置かれたサンセベリアだけが色彩を放っている。

 通話の相手は現与党である自明党の重鎮、衆議院議員・吉野寛三その人である。頭部の不自然な生え際がいつも小野田には気になっている。吉野は今海外に出張中であるため、こうしてディスプレイを介して報告と相談を行うこととなった。

「まあ、いいだろう。――して、どうだね? まずは左派について聞かせてくれないか?」

「はい。ご承知の通り、私は今、複数の左派グループに所属しています。その中の一つ、学生団体Free-Denでは……」

 小野田は今年27歳になる。大学を卒業した後、コネを利用してこの吉野寛三事務所に潜り込んだ。今年69になる吉野とは昔からの知り合いだ。小野田自身は覚えがないが、小さいころから可愛がってもらっていたらしい。小野田の父親が吉野の友人であり、また熱心な支持者であることから長い付き合いが続いている。

 小野田は今、議員の事務所にはふさわしいとは言えないほど、ラフな格好をしていた。髪を明るい金色に染め、薄いタンクトップの上に黒のジャケットを羽織っている。一見すると、まるでどこかの大学生のようだが、実のところ、小野田は京津大学に籍を有しているのであった。既卒であるにも関わらず学籍を置いているのは、ひとえに小野田の本業としての活動目的のためだ。

 小野田の活動、それは左派の監視と工作活動だった。

「ふむ……。では『土竜』の候補は見つかったが、まだ了解は得ていないということかね?」

「ええ、そうです、おじさん。さすがに『大陸』に逃げ帰るのはリスクが大きすぎると考えているようです。現在必死に取り組んでいる研究も投げ出すことになりますし、なにより『大陸』に帰ったところで夢も希望もないだろう、と彼は思っています」

 報告内容は、Free-Denで見つけた「土竜」――すなわち、小野田と同じく左派に潜伏し活動を行う工作員――の獲得についてだった。

 吉野は目をつぶったまま表情をほとんど動かすことなく、小野田の報告に耳を傾けていた。

「どうしましょうか。彼は親に楽をさせたいのだ、と言っていました。もしかすると、こちらから援助ができれば、彼もうなずく可能性があります」

 吉野が目を開いた。

「わかった。『大陸』に掛け合ってみる。適当な研究施設に配属されるよう、お願いしてみよう。それから資金の援助も、な。具体的な条件は君が詰めてくれ」

「了解しました」

 吉野はいわゆるタカ派と呼ばれる思想の持ち主だ。この度の憲法改正(吉野は頑なに『自主憲法制定』と呼んでいるが)では、積極的に賛同の立場を表明し、推し進めてきた経歴がある。あと半年に迫った国民投票では、なんとしても票数の半分を勝ち取らねばなるまいと躍起になっている。

 当然のことながら、吉野の思想は「大陸」の政権のそれと反発し合っている。しかし、話を聞く限りでは「大陸」側にも吉野に通じる考えの持ち主がいるらしかった。「大陸」も決して一枚岩ではないというのだ。吉野は、同じ思想を持つ彼らとのつながりを用い、「土竜」の支援を行うつもりらしい。

「世論の方はどうだ? 一応情報は入ってきているが、詳しい雰囲気はわからんでな」

 吉野は再び目を閉じて、小野田に問いかけた。

「すでにご存じかと思いますが、最新の世論調査では護憲派が若干改憲派を上回っています。雰囲気はそうですね……、やはり改憲案で戦力保持に関して踏み込みすぎたことに忌避感を示す人が多いです。左派はともかく、浮動票が護憲に流れているのが現状です」

 吉野が眉間にしわを寄せた。

「踏み込みすぎ、か」

「あとは、そうですね。『大陸』や『東の大国』との友好関係を維持したい層が最近では目立ちます。実際、左派の団体にもそれらの国の出身者が多数紛れ込んでいます。彼らにとっては『西の大国』の言動が支離滅裂に映っているようです。その『西』と事実上お近づきになるのが、今回の改正案だと彼らは考えているらしく、そのため『西』の発言も票の行方を左右しそうですね」

「ふむ。……小野田くん、君はどう考えている? 昨今の『西』におけるテロの続発や、それについての『西』の見解について」

 Free-Denの飲み会でも、リーダーの江下とアンレンがそんな話をしていたな、と小野田はぼんやりと思い出した。

「テロ首謀者に関する確たる情報はいまだ不明というのが、実際のところではないかと。『西』としては、『東』が抱える宗教団体が諸悪の根源だと指摘したいのでしょうが……」

 しまった、この回答は江下やアンレンの受け売りだったな、と小野田は言った後で気づいた。

 案の定、吉野は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「……まあ、世間がそう思うのも無理はない。あれは『西』の暴走だということにしたいメディアや左派が大勢いるからな。『西』の歯切れが悪いのも事実だ。だがな、あれは、」

 口を「あ」の形に開いたまま、吉野は黙ってしまった。

「どうされました?」

「――いや、なんでもない」

 そうですか、と小野田は特に何とも思わず聞き流した。

 小野田自身、政治に特に思い入れはなかった。ただ、自分の能力を発揮できる、自分の立てた作戦を実行できる、そういう場を求めて事務所に居座っているに過ぎない。だから、吉野が今隠した内容や、「西」の真の思惑などは考慮の外にあった。

「なんにせよ、今回の国民投票の行方は、もしかすると最終的には君たちの働きにかかっているかもしれん。そうならないほうが良いのは承知だが……」

「わかっていますよ、おじさん。任せてください」

「……ふん。まあ、よろしく頼むぞ」

 通話が切れ、パソコンの画面が暗転した。

 小野田は椅子の背もたれに体重をあずけ、天井を見上げ、思考を巡らし始めた。

 ――さて、計画を進めようじゃないか。


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3.テロ

 テーブルに肘をつき、掌に頬を乗せる。視線はずっとガラス越し、左斜め前の古びた三階建ての建物を向いていた。

 深夜2時を回っている。通りに人は一切見当たらない。目標の建物内にも人がいないことは確認済みだ。小野田のいる飲食店だけが、煌々と光を放ち、あたりを照らしている。店内には小野田のほかに、テーブルに突っ伏して寝ている若い男と、ノートパソコンに向かい打鍵音を響かせている妙齢の女性だけ。

 さすがに緊張しているようだ。かすかに左腕が震えている。

 少しでも気を落ち着かせようと、安いコーヒーを一口飲んだ。

 腕時計を見る。そろそろ時間だ。

 これが小野田の計画の集大成になるとともに、先駆けとなるのだ。

 さあ、吹っ飛べ――!



 建物の内部で光が見えたと思った瞬間、音と衝撃が同時にやってきた。

 大音声がガラス越しの耳をつんざき、またビリビリと窓を振る舞わせた。寝ていた男も、パソコンを凝視していた女も体をびくつかせて立ち上がり、窓の方へと駆けてきた。小野田も興奮と衝撃で全身が小刻みに振動している。

 窓の外、建物の破片が飛び散る様子が十分確認できた。暗い中でも内部の火がその破壊の様を照らし出す。窓や、崩れ落ちた外壁から、什器を喰らい炎が成長し続けているのが見える。

 このあたり一帯には人の気配はなかったはずだが、誰かがSNSに投稿でもしたのだろう。事件の匂いを嗅ぎつけたやじ馬たちが次々とやってくる。

 ついで、サイレンを鳴らして雀の子を散らすように消防車と救急車が駆けつけてきた。規制線が引かれ、カメラを向けた野次馬どもが遠ざけられた後、消火活動が開始される。

 小野田も座ってはいられなかった。コーヒーを飲み干し、ゴミ箱に投げ入れると、店から出て走り出した。

 これを俺がやったのだ――!

 実際には、小野田が爆弾を調達したわけでも、仕掛けたわけでもない。小野田は作戦の指揮を執ったにすぎない。しかし、自分が手を下したのだという快感が、小野田の身体の中を駆け巡るのだった。

 やじ馬たちを押しのけて、消防員に押し戻されるギリギリまで前進する。熱を感じながら小野田が目にしたのは、焼け焦げ、飛ばされた縦書きの看板だった。

 そこには、和国で有名な保守系団体の名前が書かれていた。



 爆破テロはその後、小野田が担当した中国地方のみならず、全国各地で多発した。いずれも狙われているのは、保守系、あるいは右翼系の団体ばかり。彼らの本拠地である事務所の建物は、次々と爆発により木端微塵に破壊されていった。

 爆発に直接巻き込まれた死傷者は一人も出ていない。いずれのテロも人がいない時間帯を狙って行われたためである。

 この一連の連続テロ事件は、国民の間に盛大なる議論を巻き起こした。

 テレビをつけると、連日多くの自称識者の間で論争が繰り広げられていた。



「このテロ事件の首謀者は明らかに改憲派ばかりを狙っている! 護憲派はこんなにも非人道的な手を使うようになったか! 平和を謳うものが武力行使に頼ろうなど言語道断!」

「いいえ。あなたの意見はまったくの的外れだ。そもそもテロの首謀者が護憲派であるとはまだ決まっていないでしょう」

「はんっ! 『大陸』と左派の関係はすでに周知の事実だ。警察発表によれば、テロの実行犯たちは『大陸』に逃げ帰った左派グループ所属の者たちだと判明している。使用された爆弾、多数の留学生の逃亡、その他証拠はいくらでもある! 『西』でのテロ事件との関連も疑われている! 和国人ではないから、護憲派ではない? そんな理屈は通用しない!」

「勘違いだ! これは右翼の自作自演ですよ。『大陸』の学生に金を握らせて、テロに巻き込ませたのです。このテロの背景には、改憲派が存在しているのです。護憲派のイメージを悪化させるために、わざと自らの事務所を破壊させて、世論を動かそうという考えなのですよ! その証拠が、誰一人としてテロにより死んでいないことではないですか!」

「誰も死んでいないことが証拠だと! 貴様、死傷者が出ていないことをさも嬉しそうに言うではないか! え? 貴様らにとっちゃ、人に死なれては自作自演だという主張が成り立たないものな! みなさん、これが護憲派の考え方ですよ。幸いにして負傷者が出なかったことを利用してまで、自演に見せかけ、改憲派をつぶそうとする! 卑怯にもほどがあるだろう!」

「冷静になってくださいよ! 私は事実を言っているだけなんですから」

「いいか! この一連の事件こそが、平和憲法が通用しないことを示しているのだ! 我が国を守るためにはどうするか? 卑劣なテロ行為に対抗するためにはどうすればいいのか!? 道は一つしかない! すなわち、『西』との連携を強化し、足並みをそろえることだ!」

「それは違う! テロの首謀者が誰であれ、『大陸』や『東』の諸国との軋轢を生むような政策は間違っている! それに『西』と協力関係を結ぶことで、それこそ『西』と敵対しているテロ集団の脅威に和国が晒されるとは考えないのか! 国民の命を守りたいなら、戦争につながる憲法改正に応じるべきではない!」

 議論はますます熱くなる。

 護憲派と改憲派の対立は深まり、あと数か月に迫った国民投票に関する世論も大きく揺れ動き始めた。

 小野田はどちらの主張に分があるのか、そんなことには興味はなかった。テレビをみながら、左派グループの会合で息をひそめながら、吉野議員と連絡を取りながら考えるのは、いずれにせよこれで和国の国民感情が激しく動くだろうということだけだった。

 一連のテロ事件が収束した後の世論調査では、初めて改憲派が護憲派を抑え、わずかながらにリードしていた。

 それを見た小野田はほくそ笑んだ。

 この件に関しては、これで俺の役目も終わりかな、と小野田は思った。あとはバレイシュンたちの援助をしてやり、左派で監視活動を続けながら、投票の期日まで穏やかに過ごそう――。



 そしてその日はやってきた。

 護憲派、改憲派、双方が死力を尽くし、やがて訪れた国民投票。

 投票率は95%を越えたらしい。言うまでもなく、驚異の数値である。

 蓋を開けてみれば、改憲派が勝利していた。

 テロ事件をきっかけに流れをつかんだ政権と右派が勢いを取戻し、そのままゴールした結果となったのだ。


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4.会談

「阿呆な敵は、賢い味方よりも利する。今回の騒ぎでそのことを思い知らされたよ。テロの後、護憲派がもっとうまく立ち回っていれば、我々も危うかったかもしれん。しかし、どうだ。あいつらは、テロは右翼の自作自演だの、『大陸』と護憲派に関係はないだの、本質的な議論を避けて言い訳に終始していた。真の問題はテロの首謀者が誰かではないのにな。結局、護憲派はテロを阻止する具体的な案を出すことができなかった。それが奴らの敗因となったのは、言うまでもないだろう」

 とあるホテルの一室で、非公式の会合が行われていた。広々とした部屋の端、窓の傍で二人は向かい合って座っていた。部屋の電気は消されている。彼らの間のテーブルにはワインとグラス。窓の外には大きく明るい満月と、その光を反射している穏やかな海が映し出されていた。吉野は月明かりに照らされている目の前の白々とした顔の男をじっと見据えた。

 無事に国民投票で勝利を収めた吉野は、ある超重要な戦略会議の前段階として先に現地入りし、「西の大国」のとある高官と会っていたのだった。

 白髪のその男は、吉野の勝利報告にも表情を崩さず、皺を深く刻んだ真剣な顔つきで吉野の目を凝視していた。

「そんなわけで我が国も、あなたがたの連盟への加盟が可能となった。遅れてすまなかったな」

 男がすっと右手を差し出してきた。

「感謝する」

 慌てて、吉野は彼の右手を両手で握りしめた。

「和国が我々の連盟に加盟してくれて、本当にありがたいと思っている。あなたの国が最後の希望だった。『大陸』や『東の大国』、それからそれに追従するような国は決して信用できないのでね。宗教的な理由も大きいが、それ以上にかの国の人間とはどうにも考え方が合わないらしい」

 吉野は頭を少し下げ、やんわりと反論した。

「しかし、『大陸』にも話のわかる奴らはいる。いずれ戦況が変われば『西』も彼らに協力関係を求めることになるのだろう? だったら、根回しをしておかなければならんだろ」

 男はうなずいた。

「まあ、その前に片が付けばいいのだがな。現状、どうやらそれも厳しいらしい。我が国『西』と和国の関係は今までにないほど強固になった。対して、『西』と『東』および『大国』の関係は冷え込んでいる。和国が『東』のほうに根回しをしてくれるのなら、こんなにありがたいことはない」

「ははっ。恐れ入りますな。ただそう考えると、『西』におけるテロが『東』が囲っている宗教集団の手によるものだという主張は、いささか具合が悪かったのではないか? 国民の悪感情も相当なものだろう?」

「仕方あるまい。そうでも言わなければ国民は納得しないのだから。いずれ、すべてが終わり次第、いずれ国民には明かす。それまでの辛抱だ」



「ところで、今回のテロ事件を巻き起こした若者たちはどうしているのかね? このまま政界を目指すことになるのだろうか?」

 男の問いに、吉野は頭を掻いた。

「いやはや、そこまで知られているとは。本当に大したものですな、そちらの情報機関というのは。ええ、彼らは優秀でしたよ。我々もあの若者たちの協力なしには勝てなかったかもしれん。

 中でも最も活躍してくれたのがオノダという男でね、彼は非常に頭が切れる。そればかりでなく、人を安心させるような雰囲気を備えており、次々と協力者を確保していったようだ。フットワークも軽い。まさに逸材だよ」

「使えそうだな」

「ああ。性質は決して悪くない。むしろ議員連中と比較しても飛びぬけているくらいだよ。だが、彼には信念というものがないのだ。和国の行方などどうでもいいと思っている節がある。もちろん、和国のみならず、世界の行方もな」

「なるほど」

「だから、ゆくゆくは彼を切ろうと思っている。まあ、友人の息子だからな、良いポジションは用意する予定だし、何かあったときは利用するつもりでいるが、政界の中心にまで入ってこられては困るんだ」

「ふむ、そうか。もしかしたら、我々の方で使わせてもらえないかと思ったが、忠誠心に欠けるならば、やめておこうか」

「それが賢明だな」

 二人は静かにグラスを傾けた。



「さて、本題に入ろう」

 男が身を乗り出し、テーブルの上に組んだ両手を乗せた。

「現在、我々の国『西』が受けているテロ攻撃についてだ」

 ついに来たな、吉野はそう感じた。悟られぬようごくりと唾を飲み込んだ。

「テロの主体の正体は明らかになった。宇宙開発局の手柄でね。やはり『西』の侵略、ひいては地球全体の侵略が目的らしい」

 吉野は黙ってうなずいた。ここまでは既知の話だ。

「それで、『西』はどうするおつもりか?」

 一瞬の間。やがて、男は口を開いた。

「連盟全体で敵に攻撃を仕掛ける。――戦争だ」

 その短い答えの中に全てが集約されていた。

「和国にも協力してもらう。いや、そもそもそのための憲法改正だったな」

「ああ、そうだ。いずれ来る星間戦争のための改正だった。国家間の連携は不可欠だろう。そんななか、和国だけ法に縛られ動けないなんて事態は避けねばならんからな」

「何度も言うが、あなたの国が連盟に加入してくれて、本当に良かった。なにせこれで全世界の国の半分が連盟側についたことになる」

「奇数の国数では決議も通るようになる、と」

「そうだ。相変わらず『大陸』や『東』諸国は、異星人襲来はデマだと固く信じ込んでいるが、まぎれもない事実なのだ。和国の参加は非常に意義が大きい」

「――事実はまだ公には発表しないつもりなのか?」

「信じるはずがないし、そのための兵器開発を許すはずがない。『西』でも和国でも状況は同じだろう? 我々が、我々だけでやり遂げる必要があるのだ」

 吉野はその真剣な目に魅入られた。

「国を、世界を守るためにな」

 男は言い終えると、窓の方へと視線を向けた。

 吉野もつられて顔を向ける。

 そこには、大きな月があった。明るく光を放っている真ん丸の月。



 今にも地球にぶつかってしまうのではないかと思うくらい、その月は大きく見えた。

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