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掌編・短編小説

[20分で読める] WISH [目次付き短編小説]

 ←2017/04 読んだ本まとめ →word のおせっかい機能 ~自動インデント~
○○○○○
--目次--

 1.和葉
 2.葉子
 3.智一
 4.和葉
 5.智一
 6.葉子
 7.智一
 8.WISH


○○○○○
1.和葉

 チャイムが鳴る。

 児童たちの下校時刻になった。小学校の玄関口から、わらわらと子供たちが出てくる。甲高い声で意味不明な言葉を叫びながら、走ったり、飛び跳ねたり、友達とじゃれあったり、使わなかった傘やリコーダーを振り回したりしながら、校門を出ては、蜘蛛の子のように散らばっていく。

 そんななか私は、校門の門扉に背を預け、じっと待機していた。静かに周囲に目を光らせる。次々出てくる子供に視線を向けては、心の中で首を振る。

 違う。あの子じゃない。まだ来ていないの? それとも、もう行ってしまったのかな。今日はクラブも委員会も何もないはず――。

 しばらくの間、監視を続けていると、やっとお目当ての子供が出てきた。

 小学四年生の少し大柄な女の子。彼女の周囲には誰もいない。一人きり。右手にあるピンク色の傘が目印だ。

 私は息を吸い込んで、それからゆっくりと吐き出した。帽子を深くかぶり直す。

 ターゲットを確認。これより尾行を開始する――。



 目標は学校を出た後、わき目も振らずに前だけを見て歩いている。赤いランドセルが上下に揺れる。たまに小石を蹴っている。

 今回、あの子を狙うことにしたのは、いつも一人でいるから、というただそれだけの理由からだった。もしかしたら友達がいないのかもしれない。

 少女は、車の通行量が多い、大きな通り沿いを歩いていく。私は少女からは距離をおいて、建物や駐車場の車の陰に隠れながら尾行を続けた。

 文房具屋、古本屋、小さな喫茶店、ラーメン屋、カラオケ屋――。

 この通りを歩いている限り、彼女を見失う心配はないだろう。十分近く歩き続けて、彼女は路地へと入っていった。

 狭い道に入り、隠れる場所が少なくなった。だが、幸い電信柱はいくつも建っているし、どうしようもないときは、誰かさんの家の門の内側にお邪魔すればいい。そう考えながら、私はこっそりと歩き続けた。



 気づけば、知らない町にいた。車一台が通れるくらいの細い道が続く。周りは二階建ての似たような外観の家ばっかり。これまでいくつもの十字路やT字路を経てきた。よくこんな複雑な道順を覚えれるなあ。

 まだ着かないのだろうか。三十分くらいは歩いた気がする。対象に対する注意は徐々に薄れ、私の頭の中では様々なシチュエーションの妄想が繰り広げられていた。

 いっそのこと、私の存在に気づいてくれないかな。その瞬間を思い浮かべてちょっとドキドキする。対面したら何て言おう? 「私のことをつけていたの?」「ああ、ばれてしまいましたね」「私を尾行してどうするつもり?」「ふふふ、何もしませんよ」「じゃあ、どうして?」「それは、あなたを――」

 小さな児童公園を通り抜けた。遊具はブランコと滑り台、砂場、トンネルの形をした何かだけ。この頃には、私はもう気づかれる可能性も厭わず、堂々と後ろから彼女の後をつけていた。目の前の少女は俯き、周囲に気を配っている様子はないから、多分気づかれないと思う。それでも私の胸は鳴りっぱなしだった。

 歩き始めて四、五十分経っただろうか。さすがに、そろそろ、と思っていると、彼女はどこかの家の中へと入っていった。表札を見る限り、あれがあの子の家のようだ。持っていた鍵でドアを開けて中に入ったのを見届けた私は、ふうっと息を吐いた。

 本日の任務完了。

 ただ、本当の問題はここからだった。私は考える。

 さて、これからどうしよう――?


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○○○○○
2.葉子

 クソ上司のおかげで長引いてしまった。

 仕事残ってんなら早く言えって。こっちは毎日、時間内に全て片付くようにちゃんとペースを決めてやってんだよ。なんで終わりかけに伝票の束を持ってくるんだよ。知らねえっつうの。自分でやれよ。

 面と向かって言えたらいいんだけど。とてもではないが、口が裂けても言えない。おかげで心の中には汚い言葉が沈殿していく一方だ。代わりにため息だけが出る。

 はあ。

 自転車をこぎつつ、考える。

 帰ったら晩御飯の用意をして、お風呂沸かして、洗濯して……。ああ、ゆっくりできる暇なんてないじゃない。なんかこの生活ホント疲れるわ。この一年、我ながらよく頑張ってきたと思う。でも、これからもずっとこんなサイクル続けていけるのかしら。

 気が重くなる。仕事終わりのいつもの思考ルーティンとはいえ、それで楽観的になれるわけでも、心が強くなるわけでもない。ただただ精神が疲れるだけ。

 自転車を駐輪場に止め、マンションの中に入る。エレベーターで3階まで上がり、降りてすぐのドアの鍵穴に鍵を差し込み、回す。

 家の中は暗かった。

 あれ? と一瞬、頭の働きが停止した。

 和葉は帰ってきていないの?

 とっさに靴箱上の時計を見た。午後六時半。

 いつもの帰宅より遅い。この時間にあの娘がいないなんてこと、過去にはなかった。

 和葉がまだ帰ってきていない――。

 その事実が頭の中に浸透するまで、あと五秒は必要だった。



 全身の血の気がスッと引いた。

「和葉ー!」

 子供の名前を呼びながら、部屋をチェックする。いない。

 どこか家の中に隠れているのだろうか。一通り全ての部屋のドアを開けては中を覗く。いない。

 はっと気づいて、もう一度子供部屋に入ってみる。

 ランドセルがない。

 ということは、学校が終わってからまだ一度も家には帰ってきていないということ。

 どこかへ遊びに行った? しかし、この一年間、和葉は学校が終わるといつも真っ先に家に帰って来ていた。帰った後はずっと部屋にこもり、外に遊びに行ったりすることはなかった。今日たまたま、下校途中に友達の家に寄っていて帰りが遅くなっているだけだろうか。

 否定はできないが、しかし――。

 それに、六時半は遅すぎる。遊んでいたとしても、とっくに帰っていなければならない時間だ。

 事態は深刻かもしれない。自然、体が動き出した。

 まず、学校へ電話を!



 担任の先生はまだ学校にいた。和葉は、いつもの下校時刻には教室を出たという。そのまま家に帰ったと思われるとのこと。その後、どうなったかはわからないらしい。

 心当たりの場所は、と聞かれた。知らない、と答えた。

 親しい友達は、と聞かれた。知らない、と答えた。

 担任も和葉がいつも一人でいるため、友人関係に特に注意していたらしい。しかし、思い当らないそうだ。

 担任と相談後、手分けをして同級生の家に電話をかけることになった。連絡網片手に片っ端から電話をかけまくる。つながらない家もあったが、大半は、和葉については知らないし、思い当ることもないと言った。

 一通りかけ終わったあと、担任から、こちらも情報はゼロです、との連絡が入った。私は、探しに行きますとだけ伝えて、電話を切った。

 ドアから飛び出す。階段を駆け降りる。マンションの玄関を出ると、あたりはもう暗かった。

 だが、一体どこへ行けばいい――?

 思い当る場所がない。

 ああ、と私はやっとのことで気づき、愕然とした。

 こっちに来てからというもの、私、和葉のこと何も見ていなかった。何も聞いていなかった。何も知らなかった。

 ふと空を見上げた。淡い紺。月が見える。町の明るさで、星は数えるほどしか見えない。耳の奥で、なぜかアニメのピノキオの曲が流れ出した。『星に願いを』。

 どうか、無事でいて――!

 私は駈け出した。何かが頭上でピカと一瞬光ったことには気づかなかった。まずは登下校ルートの周辺から当たるしかない。駐輪場、自転車に乗る。

 はやく、見つけないと!


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○○○○○
3.智一

 動画を一時停止し、カーテンを開けた。

 この時間になれば、陽の光に悩まされることはない。昼間とは違い、心穏やかに外の風景を眺めることができる。

 歩く人はいない。街灯がともっている。もう月がでているようだ。鋭い三日月。星はあまり見えない。

 ――いつまでこんな生活を続けるのだろうか。窓の外を眺めては、これまで幾千も問いかけてきた。

 きっかけが、きっかけさえあれば、俺も――。

 一瞬、何かが夜空で光ったような気がした。なんだあれは、と思う間もなく、俺の注意はパソコンが鳴らしたピコンという音に向けられた。

 メールが届いたらしい。内容はこうだった。

「娘の行方を捜しています。学校を出た後、行方が分からなくなっています。名前は大宮和葉。小学四年生……」

 その他に、学校名、家の住所、電話番号、和葉の当日の服装、それと複数の少女の写真が添付されていた。

 なんだ、これ? なぜ俺のところに来たんだ?

 不審に思い、メールをゴミ箱にドラッグしようとして、はたと考えた。

 この学校はわりと近くだな。ということは、これは近隣住民宛に一斉送信されたものだろうか。

 即座にその可能性は打ち消される。

 いや、ありえない。そもそも俺のこのアドレスを知っているとは思えないし、こんなふうに無差別に個人情報をさらけ出すはずがない。いくら緊急事態といえども。

 ――緊急事態。

 小学生が行方不明。一週間前に読んだネットの記事が頭の中によみがえる。残酷な事件。まさかとは思うが、この娘も何らかの事件に巻き込まれているのでは――?

 こんな近くで起こっていることなのに放っておくわけにはいかない。俺でも役に立てることがあるのではないだろうか。

 俺は、パソコンと向き合った。

 やれるだけのことをやってみよう。



 学校の場所と家の住所をMapに表示することで、大まかな登下校ルートは把握した。真っ先に調査が行われるべき場所だ。しかし、そこで見つからなければどうするか。どうやって、少女の居場所を絞り込めばいいのだろう。

 仮に俺が今から家から出ていき、学校のあたりをうろついて探したとしても、見つかるかどうかはわからない。それに、そういう捜索はきっとメールを受け取った他の人がやるだろう。任せておけばいい。

 じゃあ、俺ができることって何だ?

 少しの間、思考を巡らせる。ピンと閃くものがあった。試してみる価値はあるか。

 ターミナルを立ち上げる。

 いくつか心当たりを知っている。やってできるかどうかは未知数。管理者のセキュリティ能力との戦い。うまくいけば、万事解決。

 俺は、ハッキングを試みた。



 もともとの発想は、とあるサイトだった。そこでは、世界中の監視カメラの動画がリアルタイムで見ることができる。興味を持ったかつての俺は、いかにして他人のサーバーにアクセスし、監視カメラの情報を盗み見るのかを学んだ。特にパスワードの設定を疎かにしているサーバーは脆いものだった。日本にあるいくつかの監視カメラのハッキングに成功した俺は、それが自分にもできたことに満足し、それ以来その技術は封印してきた。

 今まさに、その経験が生かされた。驚くべきことに、いともたやすく、町の監視カメラ動画のデータベースにアクセスすることに成功したのである。以前やった時に比べ、わずかな手間で成し遂げることができた。

 これで、町中の主たるポイントを制覇した。あとは、下校時刻の学校周囲を見張り、問題の少女が現れたのち、行方を推測しながら監視カメラを次々切り替え、追っていけばいい。言うほど簡単かどうかわからないが、ハックに成功した時点で、俺は不可能などないと考えていた。

 少女が今陥っている状況はわからないが、時間に猶予はないと考えるのが妥当だろう。

 捜索開始。どうか救いあれかし――。


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○○○○○
4.和葉

 夢を見ていた気がする。お爺さんが出てきてこう言った。

「この人形をどうか人間の子供に変えておくれ」

 人形はこう言った。

「ぼくは人間の子供になれますか?」

 妖精はこう言った。

「星に願いなさい。そうすれば、きっと」

 あの有名なテーマ曲が流れ出した。

 私は言った。

「星に願えば、ママの本当の子供になれますか? ママに捨てられずにすみますか?」



 目が覚めると、お腹がすいていた。家に帰る道はとうの昔にわからなくなっていたし、そもそも帰りたいわけでもなかったので、尾行の途中に通った公園でじっと待っていることにした。

 少し風が出てきて寒かった。だから、トンネルのような土管のような遊具の中に入り、座って過ごした。

 夕焼け空を眺めていたかと思うと、気づけばもう月が出ていた。

 どうしようかな。このままずっとここにいようか。お腹はすいているけれど、まだ我慢できるし。



 ぼうっとしているとよく言われる。先生からも、ママからも。

 そんなんだから友達ができないのよ。そう言われたこともある。

 それでも一年前までは、それなりにやれていた。少なくとも、今みたいに誰とも遊べない、なんてことはなかった。遊んでくれない、無視される。引っ越してきてからずっとそうだ。

 ママも遊んでくれなくなった。パパがいなくなって、働き始めたから。

 そのうち、私もパパみたいにママに捨てられちゃうのかもしれない。

 そう思うと、とても、とても悲しくなるのだった。

 いい子にしていれば、ママの子供でいられますか?

 でも、こんなふうに遅くまで家に帰らないなんて、悪い子のすること。だからもう、多分だめなんだ。これでママは許してくれない。私も追い出されちゃうんだ。

 私は、膝の間に顔をうずめた。


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○○○○○
5.智一

 とうとう見つけた。学校の出入り口を監視しているカメラ。門扉に背をもたれかけて少女は立っている。三時三十分。ここから、少女の行方を追えばいい。

 じっとディスプレイとにらめっこする。動きがあった。少女が歩き始める。三時三十九分。

 カメラを切り替える。大通りにつながる交差点。三時四十分から再生開始。眺めていると、ピンクの傘を持った大きめの少女のあとを、問題の少女、和葉が通り過ぎた。

 それからは同じ作業の繰り返しだった。なぜかわからないが、この二人の少女はつかず離れずの距離を保ち、通学路を歩いていた。その理由を考えるのは後回しだ。和葉の行方を、あるいは誰かと接触するのを見張らなければ。



 そう長くはかからなかった。ところどころ、カメラの設置が不十分なところがあったが、地図上で歩く速度を計算し、その時々のおおよその場所をプロットしながら追っていくと、なんとか和葉の目的地まで到達できた。どうやら前を歩いていた少女の家らしい。四時三十二分のことだった。

 会話もなくその家にたどり着いた後、前の少女は家に入り、和葉は一人もと来た方へと帰って行った。しかし、その後、和葉が公園に入ったところまでは確認できたが、そこで見失ってしまった。突然、姿を消したのである。

 ちょうど和葉がカメラの範囲外に入ったときのことだった。それゆえ、消えたのが和葉の意志なのか、別の人間が関わっているのかわからない。もしかすると、和葉はずっと公園にとどまり続けているのかもしれない。

 ここにきて、壁にぶつかってしまった。

 だが、ここまでの確実な足取りをつかめたことは成果だ。俺にできることはここまでということかもしれない。

 息を吐く暇もなくメーラーを開き、さっきのメールのアドレス宛てに返信を行った。四時三十二分時点における和葉の位置が判明したと、住所を添えて。

 怪しまれないだろうか。いや、むしろ、初めにメールを送って来たのがあちらなのだ。今更こちらからのメールに驚くはずはないだろう――。



 目を見張った。

 Mailer daemon?

 メールが届かなかったのか? そんなはずは。さっきまで普通に使っていたじゃないか。

 だとすると、どうする? 電話番号はわかる。電話で連絡するか?

 いや、無理だ。とてもじゃないが、電話はできない。対面ですらまともに人と話せるとは思えないのに、電話などもっと無理だ。

 じゃあ、どうする?

 外に出て、例の公園まで行ってみるか?

 今はもう夜だ。人に会う心配はきっとないだろう。和葉が見つかればそれでいい。子供相手なら話はできなくても、まあなんとかなりそうだ。和葉がその公園の近辺にいなければどうしよう。その際は事件が起こったと考えたほうがいいのではないか? 自分で警察に連絡できるとは思えないから、そのときは親に頼むとしよう。

 引きこもりでも、人に会う心配がなければ外に出ることはできる。親は怪訝な顔をして見送っていたが、俺は気にせず夜の町へと踏み出していった。

 自転車を漕ぐ。一キロは離れているだろうか。漕いでいると、すぐに息が上がってくる。二十代も後半に突入して、一日中部屋でごろごろしていれば、あっという間に体力はなくなっていく。それでも懸命に漕いだ。悪い予感が思考の領域を占領し始める。さっきまで割と楽観的だったのが嘘みたいだ。男でも夜に一人で外にいるのはやはり怖いのだ。不安になってくるのだ。自転車のライトが心許ない。漕ぐスピードを上げる。吐き気がする。吐きそう。気持ち悪い。

 やっとのことで公園にたどり着いた。息が荒い。

 顔を上げ、目を細める。はたして――。


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○○○○○
6.葉子

 夫とは大学時代からの恋人だった。私が二十四の時、和葉は生まれた。幸せな日々は、しかしずっと続くわけではなかった。

 一年前に離婚した。夫の浮気が原因だったが、和葉はそれを知らずにいる。もしかすると、私が夫を追い出したと勘違いをしているのかもしれない。

 別れてからは今のマンションに引っ越した。和葉にとっては転校である。むこうの学校にはずいぶん馴染んでいたから、かなりの間引き摺っていたようだ。いや、今でもそうなのかもしれない。私がよく知らなかっただけで。

 引っ越してから、私は働き始めた。生活費の施しは受けているが、元夫に頼るのは癪だった。中小企業の事務のパート。初めは度々職場を変えたが、今いるところには半年以上落ち着いている。

 今でこそやっと慣れ始めてきたと言える。だが、働いた経験がほぼ皆無だった私にとって、仕事は苦痛でしかなかった。職場に行くたびに、精神のかけらがぽろぽろと剥がれ落ち、徐々に痩せ細っていくのを感じた。

 だから、と言えば、これは言い訳になるだろう。家に帰ってもろくに和葉の面倒を見なかったことに対する言い訳。和葉が学校でうまくいっていない、友達もつくれていないことには何となく察しがついていた。それなりに励ましたつもりだったが、それは結局、何の役にも立たなかったのだろう。あるいは、こんなことを言わなかっただろうか。「ママは疲れているから後にして」「学校の先生から連絡があったけど、大丈夫よね」

 今思えば、なんて最悪な母親なんだろう。なりたくないと思っていた母親に私自身がなってしまっているのは、どういう因果だろう。

 今の私には、和葉の気持ちがわからない。和葉が無事でいてくれることを心の底から望んでいるけれど、いざ対面すれば、どんなふうに言葉をかけてあげればいいのか。

 あの子は、私を許してくれるだろうか――。



 和葉が見つかったとの連絡があったのは、私が登下校ルートを何度も往復しながら周囲の小道を探し終わったあとのことだった。持っていたスマホが鳴った。

 連絡を受けた私は自転車を飛ばし、和葉のもとへと急いだ。

 そこで待ち受けていたのは、その近辺に住むママさんが数人と、上下スウェットを着た無精ひげの男だった。

「和葉は……?」

「あちらです。この方が見つけてくれたんです」

 ママの一人がそう言って、男を紹介した。だが、それよりも先に和葉だ。指し示された公園のブランコにその姿はあった。

「ママ……」

 和葉が気づき、ブランコから降りた。今にも泣きだしそうな顔をしている。

「和葉……」

 無事でよかった。本当に無事でなにより。そう言葉を続けたかった。しかし、それ以上何か発するのは無理だった。

 まず先に嗚咽が漏れた。気づけば涙がボロボロこぼれ出てきた。鼻水も構っていられない。

 不安そうな顔の和葉に近寄り、正面から思い切り抱きしめる。

「ごめんなさい……。悪い子で」

 胸元で和葉がつぶやいた。違う、悪いのは私だ。思うも、やはり言葉は出てこない。

 代わりに優しく頭を撫でてやった。すると、和葉も肩をピクピクと震わせ、しゃくりあげ始めた。

 事情なんか、今はどうだっていい。とにかく今は、和葉と無事に再会できたことを祝おう。そう思った私は、ママの一人が声をかけてくるまで、いつまでも和葉を抱きしめ、二人一緒に泣いていたのだった。


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○○○○○
7.智一

 自転車を降りた直後、ライトに照らされたときは、心臓が止まるほど強い衝撃を受けた。逃げる間もなく、一人の中年の女性につかまってしまった。

「ここでなにをしてらっしゃるのですか」

 見るからに不審者を見る顔つきだ。懐中電灯の光がまぶしい。

「ぼ、ぼ、ぼ、」

 ああ、やはりだめだ。しゃべることができない。震える。怖い。女性の顔はますます険しくなっていく。下方からライトに照らされたその顔は、まさに鬼のようにも思えた。

「あなた、もしかして、」

「ち、ち、ちが、」

 もうおしまいだ。不審者として、通報されてしまうんだ。そう思った俺は、精一杯の気力を振り絞って、指を公園の方へさした。

「あ、ここ、こ、」

「公園?」

 うんうん、と必死に頭を上下させる。

「どうしました?」

 そこにもう一人の同年代の女性が現れた。二人でごそごそと会話したのち、一人が公園に向かっていった。もう一人は、俺のすぐそばでスマホをいじっている。まさに絶望の気分。社会から落第しただけでなく、とうとう警察にも厄介になるのか……。俺の人生、もうおしまいだ――。

「和葉ちゃん!」

 公園から声が響いたのは、自死を覚悟したそのときのことだった。



 和葉の母親からお礼を言われた。実際のところ、涙交じりのその声は何と言っているのか聞き取れなかったが、「ありがとうございます」というその気持ちだけは伝わった。俺はやはりまともにしゃべれる自信がなかったので、いえいえと手を振っただけにとどめておいた。事情を知らない人なら、一体何のやり取りをしているのだろう、と疑問に思ったことだろう。しかし、その非言語的な母親と俺との会話は、ずいぶん長い間続いたのだった。

 しまいには、俺の目からもなにか汗に似たしょっぱいものがこぼれだしていた。極度の緊張からくるものだったのか、もらい泣きだったのか、それは俺にはよくわからなかった。


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○○○○○
8.WISH

 和葉と葉子は仲良く晩御飯を食べていた。今日は学校で楽しいことがあったらしい。葉子は和葉の話を聞いては、笑い声を漏らしていた。

「それで、その子とはどうやって仲良くなったの? クラスは別なんでしょ?」

「えっとね、スパイごっこしてたの」

「え、スパイ!?」

「私が諜報員で、裕子ちゃんが監視対象。私が裕子ちゃんをずっと見張ってたの」

「……」

「そしたら気づかれちゃって、何してるの? って声かけられて。それで話してるうちにね、一緒に遊ぶようになったの」

「そ、そう。楽しそうでよかったわね」

「うん!」



 智一は相変わらず部屋でネットをやっていた。以前よりどこか生き生きとしている。

 人と直接会ったり会話したりしなくても、人の役に立つ仕事ができる。そのことを智一はこの間の一件で学んだ。ネット上には、智一の情報処理能力を必要としてくれている人がたくさんいる。その人たちの依頼を請け負って、報酬も稼ぐようになっていた。たどたどしい言葉遣いは治る気配はないし、人に直接会う勇気はまだ出ないけれど、徐々に精神的に自立し始めた。今後は安定した職を得るために就職支援の相談員とネット上でやり取りをしていくつもりだ。



 和葉や葉子、智一の住んでいる地上から、はるか一千キロメートル上空。マイナス二百七十℃の空間をその物体は飛び回っていた。

 WISHと名付けられたその人工衛星は、彼を創り上げた博士の遺志を受け継ぎ、人々の願いをキャッチしては、彼なりのやり方でそれらを叶えてきた。

 この前のとある一件では、一通のメールを送り、ちょっとだけハッキングのお手伝いをしていた。彼はいつも、ほんの少し背中を押してあげるだけなのだ。

「星に願いを、さすれば叶えられん」

 博士の言葉だ。

 彼は、彼自身の願いのため、今日も人々の願いを捉えては、それを叶え続けている。



 何かが上空で瞬いた。

 どうやらまた、彼が一肌脱ぐことになりそうだ。




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『エブリスタ』にも投稿しています。


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