掌編・短編小説

[5分で読める] How to make some delicious sweets [短編小説]

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「ねえ、何を持ってるの?」

 いつの間にか机の前にやって来ていたケイコが、私の手元を覗き込む。

「さっきの授業中に見つけて拾ったんだけど……。何かのレポートみたい」

 3時間目が終わり、今は次の授業までの間の10分休憩。移動教室から帰ってきた私は、席に着き、ホチキスで留められたA4の紙の束を眺めていた。

「えーと、なになに。うわぁ、英語じゃん」

 ケイコがうんざりした声で言う。そのレポートの表紙には、オシャレなカフェの看板にあるような可愛らしいフォントで、大きく次のように書かれていた。

 HOW TO MAKE SOME DELICIOUS SWEETS

 私はその英文をつぶやき、続けて言った。

「和訳すると、『おいしいスイーツの作り方』ってところかな?」

「わあ、英語読めるなんて。ブンちゃん、すごーい」

「こらこら、あんたも高校生なんだから、これくらい読めなくてどうする」

 ちなみに、ブンちゃんとは私のことである。ともあれ、これはスイーツのレシピをまとめたレポートのようだ。さっそく、表紙をめくってみると、目次らしきページが目に入った。

 ICE cream 2

 CHOCOlate(STICK) 4

 COKE CANDY 6

 CHEESE cake(BROWN SUGAR) 7

 grape GUM 10

 MAGIC MINT cookie 13

 MARY JANE 17

「ええと、上から訳していくと、アイスクリーム、チョコレート(スティック)、コーラキャンディ、チーズケーキ(ブラウンシュガー)、グレープガム、ミントクッキー、メアリージェーンかな。最後のは人の名前っぽいけど、外国のお菓子なのかなあ」

「数字はページ数を表しているみたいだよ、ほら。でも、これじゃあ、すぐには読めないね」

 ケイコは勝手にパラパラとページをめくりだした。

「表紙と目次を見て嫌な予感してたけど、肝心の作り方まで全部英語じゃん! これ訳すの超面倒くさそう。よくわかんない単語とかたくさんあるし」

 ケイコの言うとおり、スイーツのレシピを記しているであろう肝心の内容部分は、二段組みの英文で細かく埋め尽くされている。

「あ、でも私、water 100mL とか、salt 10mg とかならわかるよ! どう、えらい?」

「……いや、さすがにそれはわかるっしょ。ケイコの英語能力、中学レベルで止まってるんじゃないの? まあ、英語の部分はとりあえず、あとで訳すことにして、と。問題はこれ」

 私はそのレポートのある部分を指し示した。英語で書かれた本文は、辞書と格闘すれば何とか読み解くことはできるだろう。しかし、このレポートの難解さはそれだけではなかったのだ。ケイコが最大の疑問を口にする。

「一体何なんだろうね、この意味不明な図形。何とかの地上絵なのかな」

「うーん。スイーツ作りの途中経過なら、写真でも載っけてもらったほうがありがたいんだけどなあ。この暗号みたいな図形じゃあ、何やってるのかさっぱりわかんないし」

 英文の合間に、たびたび何かの幾何学模様が描かれているのだ。折れ線、二重線、矢印、丸、六角形、いや、変な形の多角形もある。何を意味しているのか、全然見当もつかない。

 私たちが難問を前に頭を抱えると、次の授業の開始を知らせるチャイムが教室に鳴り響いた。ケイコは自分の席へと戻るその去り際に、こう言い残した。

「暗号か……。ならさ、聞いてみようよ、秀才クンにさ。あいつなら何でも知ってるでしょ! いっつも本読んでるし!」



 昼休み。お弁当を食べ終えた私たちは、机でブルーバックスを読んでいる秀才クンこと、リケーくんに問題のレポートを見せに行った。

「ふーん。品目はまとまりがないというか、バラバラだね。アイスにチョコにガムにケーキ……。へえ、チーズケーキって自分で作れるんだ。どうやって作るんだろ」

 目次ページを見ながらつぶやくリケーくん。ペラペラと何枚か紙をめくると、とたんに黙り込んでしまった。どうやら問題となっている謎の図形を凝視しているようである。

「どう? なにかわかりそう?」

 ケイコがせかす。それには反応しないまま、すべてのページの図形を確認したリケーくんは、やがてポツリと言ったのだった。

「ねえ、ブンさん、これどこで……。いや、そんなことはいい。とにかくこれを早く先生に見せないと!」

 言いつつ、リケーくんは椅子から立ち上がり、急いで教室を出て行った。あっけにとられた私たちも、我に返るや駆け足で彼を追いかけていったのだった。



 職員室に入り、キョロキョロと見渡すと、リケーくんの姿があった。なぜか担任の先生ではなく、化学担当のところにいる。近づいてみると、その先生はパソコンの画面と問題のレポート用紙を見比べていた。私はリケーくんをチラと見やり、先生に声をかける。

「先生、あの、それって一体……」

「……これはブンが持ってたんだったな」

 先生は質問に答えず、私をギョロリとにらんだ。

「はい、そうですけど……」

「貴様ァ! 何を考えとるんだ、このバカチンがァ!」

 いきなり凄い剣幕で怒鳴られた。

 え、なになに? 私が何したっていうの? 

 ――泣きそう。



 要約すると、こういうことだった。つまり、問題のレポートは、麻薬の合成方法を記したものである。アイスは覚せい剤、チョコ・スティックは大麻、コーク・キャンディーはコカインの俗称だそうだ。他のスイーツもそれぞれ別のクスリを意味するらしい。私とケイコが悩んでいたあの図形は、麻薬の合成過程を表す化学反応式。有機化合物の構造式は、あのような謎の幾何学模様で描かれるのだそうだ。

 レポート発見の経緯は、先生に説明した。わかってもらえたようでなにより。ケイコは涙を流す私を慰めながら、先生に謝罪を要求した。先生はテキトーな感じで私に謝ってくれた。

「それにしても、よくこれが麻薬だってわかったな。化学専門の俺ですら、ネットで調べて合点がいったよ。さすがだなあ」

 誤魔化すかのように話をそらし、ポンポンとリケーくんの肩を叩く先生。

「それに比べて、お前らときたら化学式だということもわからんとは……。先生悲しいよ」

 だってまだ習ってないし! そもそも私たち文系志望ですから! とは言えなかった。

 何はともあれ、スイーツレシピ事件はこれにて一件落着したのである。

 *

「……結局、先生が怒鳴ってブンさん泣かせて終わりか。もっと面白いことが起こると思ったけど。警察の介入はおろか、犯人探しすら始まらないとは。麻薬じゃなくて爆弾の方が良かったのかな」

 電気を消した部屋。机に向かい頬杖。呟いているうち、ふと、自分の醜い感情に気づいた。

「……つくづく小心者のクソ野郎だな、俺は」




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参考:
http://www.city.yokohama.lg.jp/kenko/yakuran/types/
http://www.centeronaddiction.org/addiction/commonly-used-illegal-drugs
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