エッセイ(雑記)

小説における意図ってなんざんしょ? それって必要なものでゲスか?

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 というようなことを最近ツラツラと考えているのであります。

 最近小説コンテストサイト『時空モノガタリ』に興味を持ち、投稿し始めた私。プラプラとサイト上を彷徨っていると、次のような文章に出会いました。

----ここから引用(第128回 時空モノガタリ文学賞 【 自転車 】の総評より。ただし太字は引用者による)----

今回の「自転車」というテーマは、アナログ的で具体的なテーマであるため、個人的で身近な世界に親和性が高かったのだろうと思います、エッセイあるいはエッセイ風に素直に感情を綴った作品、あるいはホラーテイストの作品に印象深いもの多かったですね。一方で作品のバリエーションを出し、ダイナミックなストーリー展開をさせるには、やや難しいテーマだったろうと感じました。最近は、アイデアの“かぶり”は少なくなっているのですが、今回は、映画「E.T.」を扱ったものが結構多かったです。おそらく空飛ぶ自転車のラストシーンの幻想的でロマンティックな印象が魅力的だったのと、それによって、狭くなりがちな世界に広がりを持たせる意図があったのでしょう。ただ残念だったのは、殆どの作品が、その引用の意図が曖昧で掘り下げが少ないため、作品全体の印象もイメージ的・表層的なところに留まってしまっていたということです。なぜE.T.でなければならなかったのか、その理由をもっと明確に意識すべきだったのでは、と思います。どのテーマでもそうですが、作中に入れ込んだ要素のどこに惹かれ、また何を伝えたいのか、一旦立ち止まり意識していく作業が必要ではないかと思います(必ずしも全てを文章で説明する必要はないとは思いますが……)。そうすることによって、具体性や深み・広がりが出てくるのではないでしょうか。安定的に入賞される作者は、やはりこうした内容的な面でよく考えていると、作品を読んでいて感じます。

----ここまで引用----

 うーん。わかったようなわからないような……。

 「惹かれ」た部分とか、「伝えたい」何かってないといけないものなんでしょうか。いや、あったほうがないよりも分厚い物語ができるというのは、その通りのような気もします。でもそれって小説書き誰もが目指すべきなのかというと、ちょっとよくわからないんですね。文学性を重視したい作品なのか、そうではなく薄っぺらくていいから手軽に楽しめる作品なのか。過去の受賞歴をちゃんとさらったわけではないので、どのあたりが重要視されるのかわからないのですが、どちらを選ぶかによって、強調される点は異なってくるような気がします。

『夢見る(オカルト)研究者』とか、どこにもそんな要素がない!)

 まあ、上記は『E.T.』の引用について書かれたものであるので、そもそも一般的な主張ではない可能性も高いのですが。

 なんにせよ、私が小説力をUPさせたいと思ったら、この段階はクリアせねばなるまい、とは思うわけです。ここらへんをまるっきり無視した作品を書くのもいいんですけれども、とことん表現の意図を突き詰めて考える、という作業をある程度こなしておかないと、次のステップにはいけないんでしょうね、きっと。幅も広げておきたいと思いますし。

 確約はできませんが、次回以降の作品では、小説の底に流れる意図というものを念頭に置きながら、執筆を行う所存であります。まあ、テーマによるんですけれどね……。

 あ、もし引用に問題があればご遠慮なくお伝えください。マッハで消去しますので。
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