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掌編・短編小説

[8分で読める] 華麗なる誘拐のために [短編小説]

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 受話器を取る。スマホの画面を見て、電話番号をつぶやく。復唱しながら、間違えずにボタンを押す。――呼び出し開始。

 トゥルル……。トゥルル……。トゥルル……。

「はい。牧でございます」

 つながったようだ。若い女の声が聞こえる。

「……」

「あの、どちら様でしょうか」

 ボイスチェンジャー越しに声を出す。安物だが、問題ないだろう。こちらの正体に気づかれることはあるまい。

「お前のところの息子を誘拐した」

 声が少しかすれてしまった。発声練習か咳払いでもしておくべきだったか。

「……え、ちょっと、どういうことです? あなた誰ですか?」

「取引だ。今から指定する場所に一人で来い。もちろん、現金も一緒にな」

「ちょっと待って! 息子は、無事なんですか!?」

 質問には答えない。相手には合わせない。こちらのペースを貫く。

「5千万だ。すぐに用意しろ。お前の家に金庫があることは知っている」

「そんな……! それより、息子の声を聞かせてください! でないと、私、」

「警察に連絡しようなどと思うなよ。それらしき人物を見かけたら、そのときは……、わかっているだろうな。俺は見ているからな」

「待って、お願いです。うちの息子の声だけでも……」

 余裕がなくなってきたようだ。キンキンと声が耳によく響く。ふむ、たいしたものだな。

「刻限は20時だ。それまでに来なかったら、子供の命はないと思え」

「待っ」

 ツー……。ツー……。ツー……。

 伝え忘れたことはないだろうか。しばし考える。そして思い当った。

 場所を指定していない! 

 はあ、肝心なときはいつもこれだ。我ながら自分をぶん殴りたくなるよ。スマホのメモを見ながら話すんだった。せっかく練習したのに……。本番に弱すぎるのは何とかしとかないとね。

 では、改めて。

 トゥルル……。トゥルル……。トゥルル……。

「牧です」

「伝え忘れていた。場所は××駅の東口にある公園だ。南出口のベンチで待っていろ」

 ツー……。ツー……。ツー……。

 話しているとき、女がギャアギャアわめくのが聞こえたが、こちらの言うことはちゃんと伝わっただろうか。

 ……なんだか不安になってきた。もう一度かけ直して念を押すほうがよいだろうか。いや、それはさすがにしなくてもよいか。

 でも、万が一、相手が要求を聞き逃していたら? 計画は全部パアになる。だが、受け渡しをやり直す必要が出てくるだけだ。もう一度、計画を練り直し、チャンスを待ち、仕掛ければいい。

 ……大丈夫、それだけだ。

 電話ボックスから出る。サトルがそばで待っていた。野球帽、分厚いジャンパーに、青のズボン、スニーカー。今は与えてやった携帯ゲーム機に夢中だ。

 刻限まであまり時間はない。これは相手に考えさせる暇を与えないためだ。警察に通報されても困る。準備させてはいけない。

 さあ、行こうか、と駅に向けて一歩踏み出した時に気づく。

 ……あ、2回目に電話するとき、ボイスチェンジャー使うのを忘れていた。

 まあ、過ぎたことは仕方ない。これからが肝心だ。

 * * *

 とうに陽は落ち、外は暗い。電灯に照らされていなければ、人の判別はかなり困難だ。

 サトルは公園すぐそばの駐車場に待機させた。二つの自動車の隙間に座らせたから、容易には見つからないだろう。しゃがみこんでゲームに夢中。

 まもなく20時になる。駐車場を離れ、受け渡し場所へ向かう。

 遠くから眺めてみると、それらしい女性の姿が確認できた。公園の出入り口付近の街灯に照らされている。片手にはアルミケースがあり、それが時折光を反射している。彼女は、ケース振り回しながら、周囲を注意深く見渡していた。……やけに軽々持っているな。

 ともあれ、ここまでくれば、今回の計画はほぼ終了だ。スマホから非通知で連絡をする。

 ……今気づいたが、女がスマホを携帯していない可能性を考えていなかった。頼む、持ってきていてくれ!

「はい」

 よかった。つながった。

「ケースを置いて、駐車場に行け」

 要件を言うとすぐに切る。女は先ほど同様キョロキョロ見回した挙句、ベンチの上にケースを置き、こちらの方へ走ってきた。気づかれないように身をひそめ、女をやり過ごす。背中を見送った後は、全力で走る。

 よし、ケース確保。今回の計画はこれで無事終了した。

 ふう、と息を吐く。そのまま続けて深呼吸をする。ハプニング、というか、ミスはいくつかあったが、なにはともあれ、ここまでやり遂げることができた。あとでちゃんと反省しないとね。

 ためしにケースを開けてみたが、中身は空っぽだった。

「ねえ、サトルは?」

 突然声をかけられてビクっとして振り向くと、そこに女がいた。いつの間に背後に?

「いや、駐車場にいるはずだけど……」

「いないんだけど、どこ?」

「え、いや、そんなはずは……」

 二人で駐車場に向かう。

「サトルー、サトルー」

 女はしきりに名前を呼んでいる。

「確かにここにいたはずなんだけど……」

 サトルが座っていた車の間には、もはや誰もいなかった。

 血の気が引いた。

 一人でどこかへ行った? 動かないように言い含めておいたが、我慢できなかったのか。トイレかどこかに行っているのなら、それでいい。ジュースでも買いに行ったのなら、それでもいい。

 だが、もし、万が一、そうでなかったら? もし自分の意志で動いたのでなかったら?

 誘拐。

 最悪の可能性が頭をよぎった。

「ねえ、ちょっと、サトル、いないよ?」

「……いなくなっちゃった」

 言った瞬間、頭がクラっとした。だが、こうして突っ立っている場合ではない。

「探さなきゃ、サトルを! 手分けして!」

 * * *

 結果から言えば、サトルはすぐに見つかった。……警察の交番で。

 サトルを探し始めた後、すぐに声がかかったのだ。

「お嬢ちゃんたち、ここで何してるの?」

 制服姿の警察官。年配のおじさんだった。さっきもここで男の子を保護したという。

 それを聞いて、安心のためか、一気に足の力が抜けた。

 なんでも駐車場でうずくまっているサトルを発見し、不審に思ったので問いかけると、

「誘拐されてるの」

 と答えたので、事情を聴くためとりあえず駅の近くの交番まで連れて行ったという。

 サトルのことを聞いて安心しきっていた私たちも、おじさん警官と一緒に交番に連れて行かれた。そこで、日も暮れた時間帯に子供だけで出歩いていることに注意を受けた。というか、叱られた。それだけでなく、当然のことながら、私たちの両親への連絡もあった。すぐに迎えに来るように、とのこと。

 私の両親は、すぐに飛んできた。何をバカなことをやってるの、と母には叩かれた。自分の口から事情を説明する気はサラサラなかったので、だんまりを決め込んだところ、落ち着いた母に、ご飯食べてないでしょ、と優しく聞かれ、ちょっと泣いてしまった。

 牧マユミ(サトルの姉で今回の事件の首謀者)の両親はなかなかつかまらなかった。家にはおらず、勤め先に連絡を入れて、ようやく話すことができたようだった。しかし、両親ともに忙しく、迎えに来るつもりはなかったようで、結局、私と私の両親がマユミとサトルを家まで連れて行くことになった。

 * * *

 翌日、学校で、マユミが家に帰った後の話を聞いた。

 マユミの両親は共働きで、いつも夜遅くまで仕事をしている。昨夜も例外ではなく、きっちり残業までして家に帰ってきたという。警察から連絡があったことは両親ともに知っているはずだった。しかし、帰ってきても、マユミやサトルには何一つ問いかけたり、叱ったりすることはなかった。また、両親の間でも話し合いがもたれるようなことも一切なかったらしい。朝が来て、普段通り支度をして、マユミたちよりも早い時間に家を出て行った二人には、やはり会話はなかったし、マユミやサトルにも関心のない様子であったそうだ。

 マユミの両親、彼らはわかっていないし、わかろうともしていないのだ、と私は思った。多分マユミも同じように感じているだろう。

 そして、そのことこそがマユミに狂言誘拐を企てさせた、ということにも気づいていない。もちろん、昨夜のアレコレは練習である。今後に行う予定であったホントの狂言誘拐のための。ターゲットの母親役はマユミが演じていた。本番でも犯人役は私が務めるはずだった。

 だが、今回の一件で、図らずも、本番前に結果がわかってしまった。彼ら、マユミの両親は、端から娘と息子のことなど気にかけていないのだ。何が起こったところで、面倒事が起きたな、くらいにしか感じないに違いない。

 淡々と説明するマユミを眺めながら、私は、自分が当事者でないにもかかわらず、絶望にも似た気分に陥った。マユミは、きっと、私以上だろう。

 またしても涙が自然にこぼれてきた。マユミは泣いていないのに。
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