彼女は魔法を信じない

貞治 参が書いた小説集です。

[4分で読める] 革命のエチュード、別れの曲 [短編小説]

掌編・短編小説

 ――タタンタタン。

 左手の人差し指と中指がリズムを刻む。

 雲が赤く映える。方々から上がる火と煙に逃げ惑う民衆。メットを被った男たちが雄たけびを上げながら目の前を次々突っ切る。影が鋭く伸びている。旗が風になびいている。焦げた匂いが鼻の奥を突く。男らは銃剣を掲げ、警備隊めがけて突撃していく。返り討ちに遭う。滅多打ちにされる。敵の陣は堅固、銃弾も切っ先もその先に届かない。折り重なっていく負傷者と死体の山。流れる熱い血潮。それを踏み越え後に続くは、無念と怒りを宿す者。

 立ち止まることはできない。すでに賽は投げられた。

 成し遂げよ! 成し遂げよ!

 討ち果たせ! 討ち果たせ!

 背後には町、目の前には幾多の墓標。

 彼らの中に加わる。叫び声を上げて、右手のナイフを構え、そして――。

 信号が青に変わった。

 照り返す横断歩道の白いラインを雑踏が埋め尽くしていく。その男も群衆に紛れ、歩き始めた。右手はポッケに入れたまま。左手は変わらず律動を生む。

 暑い。眩しい。目をはっきり開けていられない。

 スクランブル交差点の四方から、群れが中央に集まっていく。まるで、これから行う反乱のための決起集会が開かれるみたいだ。ふと真正面上を見やれば、大画面の中で盲目のピアニストが体を揺らして鍵盤を叩いている。軍楽か。隊の士気は否が応にも高揚する。

 今こそ立ち上がるときだ!

 口を大きく開く。腕を高く上げる。

 やがて前から来た一団と交わり――。

 左半身に衝撃を受けた。

 目を剥いた。わき腹からドロドロとした液体が零れ落ちている。

 なんだこれは。

 たった今ぶつかった者をキッと睨む。女だ。口をもごもごと動かし、目を反らし、そそくさと逃げ去っていく。

 刺客か! よもやこのような場所に――!

 踵を返す。女を追う。女が気づき、走り出した。男の足も速まる。右手はポッケの中。固い金属の感触を弄ぶ。体を捻り、人の流れに逆らう。女はすでに射程距離。逃がすものか!

 と、駆けていた女が歩道に倒れ込んだ。パンプスが片方脱げている。

 怖いものを見る目つきで男を見上げた。口がパクパクしている。

「あぁ!? 聞こえねえよ!」

 言いながら男は気づいた。自身の頭に装着していたヘッドフォンをはずし、首にかける。

「謝ってるじゃないですか! なんで追いかけてくるんです!」

 ノイズのような甲高い女の声がした。

「ああ、これはすみません」

 男は片膝をついて、女に左手を差し出した。

「私としたことが、ついカッとなって――。失礼をば」

 女は目を丸くした。

「どうされました? ああ、クレープをぶつけてしまったことはお気になさらず。洗えば済みます」

 言いながら、男は右手でハンカチを取り出し、わき腹あたりをこすり始めた。

「いえ、その、ごめんなさい……」

 狐につままれたような顔をして、女は差し出された手を右手で掴み、男をまじまじと見つめた。男も視線を合わせる。

 一瞬で、その黒い瞳に吸い込まれた。

 なんと美しい女性なのか!

 願わくば、この女性と歩んでいきたい。ともに朝食を食べ、昼にはお茶を飲んで語らい、夜は愛をささやき合って、また二人で朝を迎えたい。きっと素晴らしい日々になるだろう。

 しかし、哀しいかな。私たちは永遠に結ばれない運命なのだ。

 なんという残酷な仕打ちなのだ! これから祖国に戻らねばならない。近いうちに反乱が起こると耳にした。自由と独立のための闘いだ。それに加わらなければ。女とは別れなければならない。もう、会うことはないだろう。最後に、せめてもの愛情の表現として、口づけを――。

 恥ずかしそうにうつむいた彼女が、素早く背を向けた。何か気味の悪いものでも見たかのように、自身の両肩を撫でている。去り際に何かをつぶやいた気もするが、聞き取ることはできなかった。女はだんだんと小さくなっていく。男はそれを呆然と見つめることしかできなかった。左手に残っていた彼女の手の感触がすうっと溶けていく。

 握った右手を開いた。陽を浴び金属光沢を放つそれを見て、男はため息を吐く。

 これが、私たちの家の鍵になるはずだった――。

 仕方がないのだ。自分に必死に言い聞かせる。彼女には、その命果てるまで幸せでいてほしい。目を細めて、天を仰ぐ。この一点の曇りなき空のように!

 さあ、これからどうやって生きていこう――。

 しばらくぼうっとしていた。やがてヘッドフォンを頭に戻し、ポッケに右手を入れた男は横断歩道まで歩いて行った。その目はギラギラとして、まるで体の奥で闘争心をたぎらせているかのようだった。

 ――タタンタタン。

 左手の人差し指と中指がリズムを刻む。

 成し遂げよ! 成し遂げよ!

 真正面上の大画面を見やると、ピアニストの演奏がちょうど終わったところだった。


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[中編] 禁忌の呪文、魂の行方( 1 of 13 )

[中編] 禁忌の呪文、魂の行方

 広葉樹が生い茂る林の中、ネロウは大声で離れた場所で作業をしている少年に声をかけた。
「おーい、ヒコサ! ロープ、持ってきてたよな。どこにあるか知らないかー?」
 薄暗い中でもそれとわかる金髪の少年が、ネロウの立っている地面のそばを指差しながら歩いてくる。怪訝そうな顔。
「そこに置いておいたけど……。あれ無くなってる!」
 ネロウは軽く舌打ちをし、上を見上げた。
「エルドー、ここに置いてあったロープについてなにか知らないかー?」
 地面から二メートルほど高い位置に一メートル四方の木の板が浮かんでいる。苔の生えた高い木の幹と、外から調達してきた細長い木材によって固定された、彼らの秘密基地の土台である。
「知らなーい」
 板の端から身を乗り出し、小柄な赤髪の少年が答えた。
 誰が持って行ったのだろう、ネロウは考えた。ここにいないのは、探検に出かけて行ったパレット、ジャド、ミリサだけ。
「あ、ネロウ、パレットたち帰ってきたよー。ロープ持ってる!」
 ネロウが振り向くと、木々の隙間に長い金色の髪を一つに束ねた少女の姿が見えた。ロープの先に結んである何かを、隣にいるちびの少年少女と一緒に引き摺っているようだ。うんしょ、うんしょと掛け声が聞こえてくる。こちらの存在に気付いた少女は、
「ネロウとヒコサも手伝ってー。すごいもの発見しちゃったんだから!」
 と、はしゃいだ声を上げながら、一生懸命力を込めてなにか重いものを引っ張っていた。
 ネロウは、ヒコサと基地の下で顔を見合わせた後、競うようにパレットのもとへと駆け寄っていった。
「パレット……、一体何やってんのさ?」
 ヒコサがパレットたちの手にあるロープの先を膝に手を突き屈んで窺う。
「ん? これは、何だい?」
 パレットに手を貸そうとしていたネロウも慌ててヒコサに駆け寄り、その足元を見た。
「せきばん!」
「せきばん!」
 くしゃくしゃ頭のジャドとくるくる頭のミリサが同時に声を上げた。パレットが笑顔で続ける。
「あのね、林の奥の方で見つけたの。初めはただの古い石かなって思ったんだけど、よく調べてみるとなにか文字みたいなものが書いてあって。珍しいから持ってきちゃった。あ、ロープ勝手に借りたよ」
 ふかふかの土と草の上、灰色の平べったい石がそこにはあった。真ん中あたりが若干くびれており、そこにロープの輪っかが引っ掛けられている。小さな子供くらいの大きさはあるだろう。
 よく見ると、所々かすれているものの、確かに文字のような模様が表面の八割くらいを覆っていた。
「おいおい、ロープ借りるならそう言えよ」
 ヒコサが口をへの字に曲げて言う。ぶー、とパレットが口をすぼめた。
「いや、これは大手柄かもしれないぞ、パレット!」
 一方、ネロウはさっきの舌打ちも忘れ、笑みすら見せていた。
「ほんと? ネロウ!」
 パレットはうれしそうな表情をネロウに向けた。ネロウは思わず俯いてしまう。その様子を見たヒコサがため息を吐きながら、
「ま、いいや、基地の上まで運ぶのはしんどそうだけど、下に飾るのもいいかもな」
 と言いつつ、ジャドが持っていたロープに手をかけた。ネロウはミリサに手を貸す。
「じゃあ、みんなで力を合わせて運ぼう! せーの!」
 パレットの掛け声に合わせて、うんしょ、うんしょとずりずりと石を移動させていった。

 以前は深い森だったこともあり、近隣の大人たちは子供たちを決して近寄らせなかったという。しかし、大規模な伐採によりその面積を大幅に減らしてからは、その森は(今となっては林だが)、子供たちの格好の遊び場となった。森としての広がりは失われたとはいえ、一度足を踏み入れればすぐに枝葉の陰に覆われるほど鬱蒼としている。高い木々は方々に枝を伸ばし、村からは隔絶された緑の空間を作り出していた。
 体も好奇心も育ちざかりの子供らがこの林に入る目的は探検、昆虫採集以外には、秘密基地づくりしかなかった。その例に漏れず、ネロウを中心とした遊びのグループは、大人に干渉されない自分たちだけの居場所を作り上げるため、ここ一二週間、林に入りびたりになっていたのである。
 ネロウたちは結局、石板の重さのために、木の板でできた基地の上まで持っていくことは危険だと判断し、基地の入り口に飾っておくことにした。表面についた土を払う。
「やっぱり、これ文字っぽいよね。一体なんて書いてあるんだろう。魔法が関係しているっぽい?」
 やっとのことで木の根元に力を合わせて立てかけたあと、他の誰もが抱いたその疑問を、パレットが口にする。
 その石板に書かれている文らしきものは、いくつものミミズが這っているような文様と、角ばった三角形や四角形を組み合わせた幾何学模様の複合から成っていた。
「俺これ見たことあるかもしれないなあ」
 ネロウはついそんなことを口走ってしまったが、でまかせである。
「え、ネロウ知ってるの?」
「うーん、どうだったかなあ」
 気を持たせるような言葉だけが出てくる。ああ、止まれよ、俺の口!
「僕も見たことがあるような……。確か家にある書物で見かけた気がする」
「そうなの? ヒコサ」
 ネロウは思わずヒコサを睨んでしまった。パレットが興味ありげにヒコサを見つめたからだ。
「帰ったら調べてみるよ。そのためにちょっと文字を書き写しておこうかな」
 ヒコサがポケットからペンと紙を取り出した。
「あ、俺も書き写しとこ。何か思い出すかもしれないし」
 つぶやきつつ、ネロウもポケットを弄ったが、そこには何も入っていなかった。
「見せて見せてー」
「僕も見たい!」
 ミリサとジャドがネロウたちをかき分けて、石板の前を陣取った。ふう、と息を吐いて振り返ると、エルドが基地の上で寝転がっているのが見えた。

 ネロウはパレットが好きだった。しかし当のパレットは、どちらかといえば、非常に認めたくないことながら、ヒコサにその気があるようなそぶりを時折見せないこともないような感じであった。
 14歳になってできた初恋の相手が幼馴染で、しかもその相手がこれまた幼馴染の友人に気があるという運命めいた三角関係に、ネロウはここ長い間悩まされていた。
 背は低く、鼻と頬にそばかすの浮いた茶髪の自分と、すらりとした長身で目鼻立ちがよい日の光を鮮やかに反射する金髪のヒコサ、これまた金髪をポニーテールにまとめた、笑ったとき目を細めるのがとてもかわいらしいパレット。
 ヒコサのことは友達として好きであったが、パレットに関してとなると濁流の如き悪感情がネロウの心を荒らしつくすのである。いっそヒコサがいなくなればいいのに、なんてことを考えては罪悪感に苦しみ、ベッドの上で転がりまわるのだった。
 ネロウがよくつるむメンバーには、他に、基地づくりを一緒に行ってきたエルド、ジャド、ミリサがいる。彼らはまだ10歳前後でネロウとその同級であるパレット、ヒコサに比べてれば幼いため、保護者代わりとして遊んでやっている。村の、特に農民の大人たちは忙しく、子供の世話まで見切れないことが多い。そこでネロウたちが遊び相手を買って出たというわけだ。もともとはパレットの発想だったのだが、今ではネロウがグループのリーダー的な立場に居座っている。もっとも、ネロウ自身に関しては、親の手伝いを逃れるための口実的な意味合いもあったのだが。
 明日ヒコサが何も見つけてこなければいいけれど。そんなことを考えながら、ベッドに横になったネロウは、薄暗い林にずんと置かれたあの石板に思いを馳せた。ずっと頭の中に引っかかっていたのは、あの石板がなんであるにせよ、なぜこんな辺鄙な村に隣接する林の中に放置されていたのか、という疑問であった。かつて、この地には何があったというのだろう。
 まあ、いいや。考えてもわからない。どうせ俺はバカだから。
 不貞腐れたような考えにたどり着いたネロウを、やがて眠気が襲った。

[20分で読める] 憲法改正 ―国民投票攻防戦― [目次付き短編小説]

掌編・短編小説

○○○○○
--目次--

 1.デモ
 2.報告
 3.テロ
 4.会談
 


○○○○○
1.デモ

 ラップ調のコールが耳の奥でリフレインしている。

「憲法守れ!」「憲法守れ!」

「戦争反対!」「戦争反対!」

「改憲反対!」「改憲反対!」

「国民なめんな!」「国民なめんな!」

「半分取らすな!」「半分取らすな!」

 昼間から夕方にかけて大通りを練り歩いた。主催者によれば少なくとも5万人は参加したらしい。学生たちは配布されたプラカードを掲げ、太鼓はリズムを生み、拡声器が吠えた。とにかく暑かった。炎天下のせいだけではない。有り余る若さと怒涛の勢いを感じた。汗ばんだ腕が触れ合うほど密着した空間の中、確かな一体感が生まれていた。彼らと一緒に歩いているだけで、叫びだしたくなるのだ。そのうだるような熱気は、外で見ているだけでは伝わらないかもしれない。

 ここ、中国地方のある都市では、都心ほど盛んにデモが行われるわけではないが、あと半年で国民投票という現状において、会合の頻度はますます増している。

「それでは、本日のデモお疲れ様! ということで、乾杯!」

 かんぱーい、と居酒屋に集った主催グループの面々が声を合わせてグラスを掲げる。小野田祐樹もそれに従った。

 今回乾杯の音頭を取ったのは、学生団体Free-Den南西支部のリーダーだった。彼の横には、その団体のトップである黒髪ポニーテールが特徴の江下光希が座り、目を細めてうまそうにビールを流し込んでいた。

 政治思想を等しくする集団の集まりとはいえ、ひとたび酒が入ってしまえば、そこらの学生の飲み会とは大差ない。会話の内容の政治色は強いものの、傍目からすればただのドンチャン騒ぎである。

 まあ、そんなものだろうな、と小野田は思った。彼らの政治的な信念は本物かもしれないが、今は一学生に過ぎない。はしゃぎたい気持ちもわかる。

 小野田自身はというと、誰とも会話することなく、座敷の端の方で一人ウーロン茶をちびちびと飲んでいた。参加者の様子に注意深く目を配りながら、目の前にやってきた枝豆を時折つまむ。

 この場にはもう一人、小野田のように独りでビールを飲んでいる眼鏡をかけた学生がいた。確か、谷俊(バレイシュン)という「大陸」からの留学生だったはずだ。京津大学の大学院生。彼の隣には同じく「大陸」から来たという黄蓮(アンレン)が座っているが、アンレンは座の真ん中に位置する江下のほうを気にしており、バレイシュンのほうは見向きもしていない。

 バレイシュン――。

 脈はあるだろうか、小野田は考える。話を振ってみて、様子を探ることにしようか。うまくいけば儲けだ。

 小野田は床に手をついて立ち上がり、酔った学生たちの背中に足をぶつけながら、バレイシュンのほうへと近寄っていった。



「知ってます? 江下さん、一部のネトウヨたちの間で広まっている噂」

「『西の大国』が侵略されつつあるって話かい?」

「そうなんですよ、笑ってしまいますよね」

「公には、テロの首謀者は宗教的確信犯だって言われてるね。まったく、それもどうせ『東の大国』や『大陸』への批判ありきの牽制だろう? テロ集団の実体なんて全く明らかになっていないのに」

「江下さんの言う通りですよ。ホント、戦争したがっている連中ときたら、目を皿のようにして口実を探すんですよね」

「そうそう。『東』がテロ集団を匿っている! とか、そういうイチャモンをつけたいんだよな、奴らは」

 Free-Denのトップである江下と南西支部二番手のアンレンの会話が耳に入った。最近ネットで騒がれている「西の大国」で続発するテロの噂についてらしい。

「オノダさんはどうして今回参加しましたか?」

 意識をバレイシュンとの会話に引き戻す。

「うーん、そうだね……」

 小野田は答えを保留しながら、周りの様子を見渡した。皆、各々の話し相手との会話に夢中になっている。現政権への罵倒や信念の吐露が主な内容のようだ。

 言っても問題ないだろう。誰も聞いてなんかいやしない。

「実はね、俺は興味なかったんだよ。なんとなく、周りの雰囲気に合わせただけというか。今日のデモも、誘われなかったら来なかったかもしれない」

 ――さあ、どう反応する?

「そうですか。ワタシもオノダさんと同じです。こっちじゃ、いつも一人でさびしい。アンレンに誘われて、『大陸』の人たちいるって聞いて、だから来てみた」

 この応答、いけるかもしれない――。

「ああ、今日はちょっと『大陸』の参加者は少なかったかもね」

「そうです。アンレンいるから大丈夫と思ったけど、彼はエノシタさんとの会話で忙しい」

 バレイシュンの視線を追ってみれば、アンレンは大げさにリアクションしているところだった。

「ワタシ、和国の憲法にあまり興味ない。国民じゃないから投票もできない。『大陸』と戦争をしないなら、それでいい」

「いろいろと大変でしょ、留学生生活も」

 小野田は強引に話を変えた。政治の話は後回し。今はこちらを信用させるのが優先だ。

「はい。研究室でも親しい人いないです――」

 バレイシュンは、熱心に言葉をつないでいる。相手が和国人とはいえ、久々に人と話して内心をぶちまけたい様子だった。

 聞けば、祖国「大陸」の両親を楽させてやることが当面の目標らしい。そのために、和国の大学にやって来て、待遇の良い研究職を目指しているそうだ。今は独り研究に精を出しているという。

 小野田は思った。

 彼を利用することに良心が痛まないわけではない。しかし、それが小野田に課せられた指令である以上、実行するほかないのだった。なにより、小野田自身、策を弄するのが大の好みなのである。これはチャンスだ。自分の手で大きなことができるかもしれない。

 小野田は体の奥で、静かな興奮が滾るのを感じた。


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○○○○○
2.報告

「報告を始めますよ、吉野のおじさん」

「おい、おじさんはよせよ。そこは事務所だろう?」

「大丈夫ですって。誰もいません。それに、誰かいたら報告なんてできないでしょう?」

 小野田は吉野寛三事務所の来客用スペースに陣取り、テーブル上のパソコンに向かって話しかけていた。白い壁紙に白いテーブル、唯一隅に置かれたサンセベリアだけが色彩を放っている。

 通話の相手は現与党である自明党の重鎮、衆議院議員・吉野寛三その人である。頭部の不自然な生え際がいつも小野田には気になっている。吉野は今海外に出張中であるため、こうしてディスプレイを介して報告と相談を行うこととなった。

「まあ、いいだろう。――して、どうだね? まずは左派について聞かせてくれないか?」

「はい。ご承知の通り、私は今、複数の左派グループに所属しています。その中の一つ、学生団体Free-Denでは……」

 小野田は今年27歳になる。大学を卒業した後、コネを利用してこの吉野寛三事務所に潜り込んだ。今年69になる吉野とは昔からの知り合いだ。小野田自身は覚えがないが、小さいころから可愛がってもらっていたらしい。小野田の父親が吉野の友人であり、また熱心な支持者であることから長い付き合いが続いている。

 小野田は今、議員の事務所にはふさわしいとは言えないほど、ラフな格好をしていた。髪を明るい金色に染め、薄いタンクトップの上に黒のジャケットを羽織っている。一見すると、まるでどこかの大学生のようだが、実のところ、小野田は京津大学に籍を有しているのであった。既卒であるにも関わらず学籍を置いているのは、ひとえに小野田の本業としての活動目的のためだ。

 小野田の活動、それは左派の監視と工作活動だった。

「ふむ……。では『土竜』の候補は見つかったが、まだ了解は得ていないということかね?」

「ええ、そうです、おじさん。さすがに『大陸』に逃げ帰るのはリスクが大きすぎると考えているようです。現在必死に取り組んでいる研究も投げ出すことになりますし、なにより『大陸』に帰ったところで夢も希望もないだろう、と彼は思っています」

 報告内容は、Free-Denで見つけた「土竜」――すなわち、小野田と同じく左派に潜伏し活動を行う工作員――の獲得についてだった。

 吉野は目をつぶったまま表情をほとんど動かすことなく、小野田の報告に耳を傾けていた。

「どうしましょうか。彼は親に楽をさせたいのだ、と言っていました。もしかすると、こちらから援助ができれば、彼もうなずく可能性があります」

 吉野が目を開いた。

「わかった。『大陸』に掛け合ってみる。適当な研究施設に配属されるよう、お願いしてみよう。それから資金の援助も、な。具体的な条件は君が詰めてくれ」

「了解しました」

 吉野はいわゆるタカ派と呼ばれる思想の持ち主だ。この度の憲法改正(吉野は頑なに『自主憲法制定』と呼んでいるが)では、積極的に賛同の立場を表明し、推し進めてきた経歴がある。あと半年に迫った国民投票では、なんとしても票数の半分を勝ち取らねばなるまいと躍起になっている。

 当然のことながら、吉野の思想は「大陸」の政権のそれと反発し合っている。しかし、話を聞く限りでは「大陸」側にも吉野に通じる考えの持ち主がいるらしかった。「大陸」も決して一枚岩ではないというのだ。吉野は、同じ思想を持つ彼らとのつながりを用い、「土竜」の支援を行うつもりらしい。

「世論の方はどうだ? 一応情報は入ってきているが、詳しい雰囲気はわからんでな」

 吉野は再び目を閉じて、小野田に問いかけた。

「すでにご存じかと思いますが、最新の世論調査では護憲派が若干改憲派を上回っています。雰囲気はそうですね……、やはり改憲案で戦力保持に関して踏み込みすぎたことに忌避感を示す人が多いです。左派はともかく、浮動票が護憲に流れているのが現状です」

 吉野が眉間にしわを寄せた。

「踏み込みすぎ、か」

「あとは、そうですね。『大陸』や『東の大国』との友好関係を維持したい層が最近では目立ちます。実際、左派の団体にもそれらの国の出身者が多数紛れ込んでいます。彼らにとっては『西の大国』の言動が支離滅裂に映っているようです。その『西』と事実上お近づきになるのが、今回の改正案だと彼らは考えているらしく、そのため『西』の発言も票の行方を左右しそうですね」

「ふむ。……小野田くん、君はどう考えている? 昨今の『西』におけるテロの続発や、それについての『西』の見解について」

 Free-Denの飲み会でも、リーダーの江下とアンレンがそんな話をしていたな、と小野田はぼんやりと思い出した。

「テロ首謀者に関する確たる情報はいまだ不明というのが、実際のところではないかと。『西』としては、『東』が抱える宗教団体が諸悪の根源だと指摘したいのでしょうが……」

 しまった、この回答は江下やアンレンの受け売りだったな、と小野田は言った後で気づいた。

 案の定、吉野は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

「……まあ、世間がそう思うのも無理はない。あれは『西』の暴走だということにしたいメディアや左派が大勢いるからな。『西』の歯切れが悪いのも事実だ。だがな、あれは、」

 口を「あ」の形に開いたまま、吉野は黙ってしまった。

「どうされました?」

「――いや、なんでもない」

 そうですか、と小野田は特に何とも思わず聞き流した。

 小野田自身、政治に特に思い入れはなかった。ただ、自分の能力を発揮できる、自分の立てた作戦を実行できる、そういう場を求めて事務所に居座っているに過ぎない。だから、吉野が今隠した内容や、「西」の真の思惑などは考慮の外にあった。

「なんにせよ、今回の国民投票の行方は、もしかすると最終的には君たちの働きにかかっているかもしれん。そうならないほうが良いのは承知だが……」

「わかっていますよ、おじさん。任せてください」

「……ふん。まあ、よろしく頼むぞ」

 通話が切れ、パソコンの画面が暗転した。

 小野田は椅子の背もたれに体重をあずけ、天井を見上げ、思考を巡らし始めた。

 ――さて、計画を進めようじゃないか。


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○○○○○
3.テロ

 テーブルに肘をつき、掌に頬を乗せる。視線はずっとガラス越し、左斜め前の古びた三階建ての建物を向いていた。

 深夜2時を回っている。通りに人は一切見当たらない。目標の建物内にも人がいないことは確認済みだ。小野田のいる飲食店だけが、煌々と光を放ち、あたりを照らしている。店内には小野田のほかに、テーブルに突っ伏して寝ている若い男と、ノートパソコンに向かい打鍵音を響かせている妙齢の女性だけ。

 さすがに緊張しているようだ。かすかに左腕が震えている。

 少しでも気を落ち着かせようと、安いコーヒーを一口飲んだ。

 腕時計を見る。そろそろ時間だ。

 これが小野田の計画の集大成になるとともに、先駆けとなるのだ。

 さあ、吹っ飛べ――!



 建物の内部で光が見えたと思った瞬間、音と衝撃が同時にやってきた。

 大音声がガラス越しの耳をつんざき、またビリビリと窓を振る舞わせた。寝ていた男も、パソコンを凝視していた女も体をびくつかせて立ち上がり、窓の方へと駆けてきた。小野田も興奮と衝撃で全身が小刻みに振動している。

 窓の外、建物の破片が飛び散る様子が十分確認できた。暗い中でも内部の火がその破壊の様を照らし出す。窓や、崩れ落ちた外壁から、什器を喰らい炎が成長し続けているのが見える。

 このあたり一帯には人の気配はなかったはずだが、誰かがSNSに投稿でもしたのだろう。事件の匂いを嗅ぎつけたやじ馬たちが次々とやってくる。

 ついで、サイレンを鳴らして雀の子を散らすように消防車と救急車が駆けつけてきた。規制線が引かれ、カメラを向けた野次馬どもが遠ざけられた後、消火活動が開始される。

 小野田も座ってはいられなかった。コーヒーを飲み干し、ゴミ箱に投げ入れると、店から出て走り出した。

 これを俺がやったのだ――!

 実際には、小野田が爆弾を調達したわけでも、仕掛けたわけでもない。小野田は作戦の指揮を執ったにすぎない。しかし、自分が手を下したのだという快感が、小野田の身体の中を駆け巡るのだった。

 やじ馬たちを押しのけて、消防員に押し戻されるギリギリまで前進する。熱を感じながら小野田が目にしたのは、焼け焦げ、飛ばされた縦書きの看板だった。

 そこには、和国で有名な保守系団体の名前が書かれていた。



 爆破テロはその後、小野田が担当した中国地方のみならず、全国各地で多発した。いずれも狙われているのは、保守系、あるいは右翼系の団体ばかり。彼らの本拠地である事務所の建物は、次々と爆発により木端微塵に破壊されていった。

 爆発に直接巻き込まれた死傷者は一人も出ていない。いずれのテロも人がいない時間帯を狙って行われたためである。

 この一連の連続テロ事件は、国民の間に盛大なる議論を巻き起こした。

 テレビをつけると、連日多くの自称識者の間で論争が繰り広げられていた。



「このテロ事件の首謀者は明らかに改憲派ばかりを狙っている! 護憲派はこんなにも非人道的な手を使うようになったか! 平和を謳うものが武力行使に頼ろうなど言語道断!」

「いいえ。あなたの意見はまったくの的外れだ。そもそもテロの首謀者が護憲派であるとはまだ決まっていないでしょう」

「はんっ! 『大陸』と左派の関係はすでに周知の事実だ。警察発表によれば、テロの実行犯たちは『大陸』に逃げ帰った左派グループ所属の者たちだと判明している。使用された爆弾、多数の留学生の逃亡、その他証拠はいくらでもある! 『西』でのテロ事件との関連も疑われている! 和国人ではないから、護憲派ではない? そんな理屈は通用しない!」

「勘違いだ! これは右翼の自作自演ですよ。『大陸』の学生に金を握らせて、テロに巻き込ませたのです。このテロの背景には、改憲派が存在しているのです。護憲派のイメージを悪化させるために、わざと自らの事務所を破壊させて、世論を動かそうという考えなのですよ! その証拠が、誰一人としてテロにより死んでいないことではないですか!」

「誰も死んでいないことが証拠だと! 貴様、死傷者が出ていないことをさも嬉しそうに言うではないか! え? 貴様らにとっちゃ、人に死なれては自作自演だという主張が成り立たないものな! みなさん、これが護憲派の考え方ですよ。幸いにして負傷者が出なかったことを利用してまで、自演に見せかけ、改憲派をつぶそうとする! 卑怯にもほどがあるだろう!」

「冷静になってくださいよ! 私は事実を言っているだけなんですから」

「いいか! この一連の事件こそが、平和憲法が通用しないことを示しているのだ! 我が国を守るためにはどうするか? 卑劣なテロ行為に対抗するためにはどうすればいいのか!? 道は一つしかない! すなわち、『西』との連携を強化し、足並みをそろえることだ!」

「それは違う! テロの首謀者が誰であれ、『大陸』や『東』の諸国との軋轢を生むような政策は間違っている! それに『西』と協力関係を結ぶことで、それこそ『西』と敵対しているテロ集団の脅威に和国が晒されるとは考えないのか! 国民の命を守りたいなら、戦争につながる憲法改正に応じるべきではない!」

 議論はますます熱くなる。

 護憲派と改憲派の対立は深まり、あと数か月に迫った国民投票に関する世論も大きく揺れ動き始めた。

 小野田はどちらの主張に分があるのか、そんなことには興味はなかった。テレビをみながら、左派グループの会合で息をひそめながら、吉野議員と連絡を取りながら考えるのは、いずれにせよこれで和国の国民感情が激しく動くだろうということだけだった。

 一連のテロ事件が収束した後の世論調査では、初めて改憲派が護憲派を抑え、わずかながらにリードしていた。

 それを見た小野田はほくそ笑んだ。

 この件に関しては、これで俺の役目も終わりかな、と小野田は思った。あとはバレイシュンたちの援助をしてやり、左派で監視活動を続けながら、投票の期日まで穏やかに過ごそう――。



 そしてその日はやってきた。

 護憲派、改憲派、双方が死力を尽くし、やがて訪れた国民投票。

 投票率は95%を越えたらしい。言うまでもなく、驚異の数値である。

 蓋を開けてみれば、改憲派が勝利していた。

 テロ事件をきっかけに流れをつかんだ政権と右派が勢いを取戻し、そのままゴールした結果となったのだ。


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○○○○○
4.会談

「阿呆な敵は、賢い味方よりも利する。今回の騒ぎでそのことを思い知らされたよ。テロの後、護憲派がもっとうまく立ち回っていれば、我々も危うかったかもしれん。しかし、どうだ。あいつらは、テロは右翼の自作自演だの、『大陸』と護憲派に関係はないだの、本質的な議論を避けて言い訳に終始していた。真の問題はテロの首謀者が誰かではないのにな。結局、護憲派はテロを阻止する具体的な案を出すことができなかった。それが奴らの敗因となったのは、言うまでもないだろう」

 とあるホテルの一室で、非公式の会合が行われていた。広々とした部屋の端、窓の傍で二人は向かい合って座っていた。部屋の電気は消されている。彼らの間のテーブルにはワインとグラス。窓の外には大きく明るい満月と、その光を反射している穏やかな海が映し出されていた。吉野は月明かりに照らされている目の前の白々とした顔の男をじっと見据えた。

 無事に国民投票で勝利を収めた吉野は、ある超重要な戦略会議の前段階として先に現地入りし、「西の大国」のとある高官と会っていたのだった。

 白髪のその男は、吉野の勝利報告にも表情を崩さず、皺を深く刻んだ真剣な顔つきで吉野の目を凝視していた。

「そんなわけで我が国も、あなたがたの連盟への加盟が可能となった。遅れてすまなかったな」

 男がすっと右手を差し出してきた。

「感謝する」

 慌てて、吉野は彼の右手を両手で握りしめた。

「和国が我々の連盟に加盟してくれて、本当にありがたいと思っている。あなたの国が最後の希望だった。『大陸』や『東の大国』、それからそれに追従するような国は決して信用できないのでね。宗教的な理由も大きいが、それ以上にかの国の人間とはどうにも考え方が合わないらしい」

 吉野は頭を少し下げ、やんわりと反論した。

「しかし、『大陸』にも話のわかる奴らはいる。いずれ戦況が変われば『西』も彼らに協力関係を求めることになるのだろう? だったら、根回しをしておかなければならんだろ」

 男はうなずいた。

「まあ、その前に片が付けばいいのだがな。現状、どうやらそれも厳しいらしい。我が国『西』と和国の関係は今までにないほど強固になった。対して、『西』と『東』および『大国』の関係は冷え込んでいる。和国が『東』のほうに根回しをしてくれるのなら、こんなにありがたいことはない」

「ははっ。恐れ入りますな。ただそう考えると、『西』におけるテロが『東』が囲っている宗教集団の手によるものだという主張は、いささか具合が悪かったのではないか? 国民の悪感情も相当なものだろう?」

「仕方あるまい。そうでも言わなければ国民は納得しないのだから。いずれ、すべてが終わり次第、いずれ国民には明かす。それまでの辛抱だ」



「ところで、今回のテロ事件を巻き起こした若者たちはどうしているのかね? このまま政界を目指すことになるのだろうか?」

 男の問いに、吉野は頭を掻いた。

「いやはや、そこまで知られているとは。本当に大したものですな、そちらの情報機関というのは。ええ、彼らは優秀でしたよ。我々もあの若者たちの協力なしには勝てなかったかもしれん。

 中でも最も活躍してくれたのがオノダという男でね、彼は非常に頭が切れる。そればかりでなく、人を安心させるような雰囲気を備えており、次々と協力者を確保していったようだ。フットワークも軽い。まさに逸材だよ」

「使えそうだな」

「ああ。性質は決して悪くない。むしろ議員連中と比較しても飛びぬけているくらいだよ。だが、彼には信念というものがないのだ。和国の行方などどうでもいいと思っている節がある。もちろん、和国のみならず、世界の行方もな」

「なるほど」

「だから、ゆくゆくは彼を切ろうと思っている。まあ、友人の息子だからな、良いポジションは用意する予定だし、何かあったときは利用するつもりでいるが、政界の中心にまで入ってこられては困るんだ」

「ふむ、そうか。もしかしたら、我々の方で使わせてもらえないかと思ったが、忠誠心に欠けるならば、やめておこうか」

「それが賢明だな」

 二人は静かにグラスを傾けた。



「さて、本題に入ろう」

 男が身を乗り出し、テーブルの上に組んだ両手を乗せた。

「現在、我々の国『西』が受けているテロ攻撃についてだ」

 ついに来たな、吉野はそう感じた。悟られぬようごくりと唾を飲み込んだ。

「テロの主体の正体は明らかになった。宇宙開発局の手柄でね。やはり『西』の侵略、ひいては地球全体の侵略が目的らしい」

 吉野は黙ってうなずいた。ここまでは既知の話だ。

「それで、『西』はどうするおつもりか?」

 一瞬の間。やがて、男は口を開いた。

「連盟全体で敵に攻撃を仕掛ける。――戦争だ」

 その短い答えの中に全てが集約されていた。

「和国にも協力してもらう。いや、そもそもそのための憲法改正だったな」

「ああ、そうだ。いずれ来る星間戦争のための改正だった。国家間の連携は不可欠だろう。そんななか、和国だけ法に縛られ動けないなんて事態は避けねばならんからな」

「何度も言うが、あなたの国が連盟に加入してくれて、本当に良かった。なにせこれで全世界の国の半分が連盟側についたことになる」

「奇数の国数では決議も通るようになる、と」

「そうだ。相変わらず『大陸』や『東』諸国は、異星人襲来はデマだと固く信じ込んでいるが、まぎれもない事実なのだ。和国の参加は非常に意義が大きい」

「――事実はまだ公には発表しないつもりなのか?」

「信じるはずがないし、そのための兵器開発を許すはずがない。『西』でも和国でも状況は同じだろう? 我々が、我々だけでやり遂げる必要があるのだ」

 吉野はその真剣な目に魅入られた。

「国を、世界を守るためにな」

 男は言い終えると、窓の方へと視線を向けた。

 吉野もつられて顔を向ける。

 そこには、大きな月があった。明るく光を放っている真ん丸の月。



 今にも地球にぶつかってしまうのではないかと思うくらい、その月は大きく見えた。

「小説家になろう」で新作の連載を開始したんだよ!

『小説家になろう』作品紹介&愚痴

 以前、『2017/05/08 執筆状況とか』でお話しました新作の投稿を開始しました。ブログのほうにはまだ上げないので、ご興味あれば「小説家になろう」までお越し下さい!

『湖底より、婚約破棄へと至る道』

―あらすじ―
「マーガレット=ベルヌーイ。貴女との婚約を破棄することをこの場に宣言する!」
 マーガレットを待ち受けていたのは、婚約者ロータス=キュリーのこの一言であった。円満だったマーガレットとロータス。一体なぜロータスはマーガレットに婚約の破棄を突き付けたのか? これは因果に翻弄される二人の運命を描いた物語である。

―ジャンル―
推理

―話数―
全十話(予約投稿完了済み!)

―ヒトコト―
三つのアイテムを元にして、過去を掘り返すお話となっております。ミステリですが、本格的なやつではありません。


 よろしくお願いします!

[4分で読める] 放浪部屋 [短編小説]

掌編・短編小説

「久々に家でゴロ寝できるわー。こーゆーとき、家事やってくれるひとがいて超助かるー。超楽ー」

 ちゃぶ台の向こう側で、香澄が言葉通りに寝転がり、ゴロゴロと右に左に回転している。女の私から見ても思わずドキッとしてしまうようなだらしない格好。Tシャツがめくれておへそがチラと見える。

「ていうかさー、滅多にないよね? 由梨とあたしがこうして一緒にリビングにいるのって」

「え? ああ、そうね」

「今日台風でマジ助かったわー。さすがにお財布ピンチだもんね。かといって断るのも忍びないし……」

 香澄は、本人いわく「夢を描く仕事」に就いている。二十代のちょうど半ば。私より二歳年下だ。バリバリ仕事をこなし、休日はガツガツと遊ぶタイプ。よくそんなにエネルギッシュに活動できるなあ、と私は常々思ってしまう。

 今日もやはり友達と遊ぶ予定だったらしいが、生憎この天気のため中止になったそうだ。

 数時間前から暴風雨が吹き荒れている。カーテンの外からは、窓や壁に重い流体が間断なくぶち当たる音。テレビの中では、異例異例のオンパレード。

 ふいに頭上で電気がちらついた。

 なんとなく、かすかにこの部屋自体が揺れている気がした。

 ちゃぶ台上のペットボトルに口をつける。ほのかに甘いイチゴの味。キャップを閉めて、台の上に戻す。

「昼はあまりものでなんとかするとして、夜はどーしよっかー。なんか頼むー? ピザとかさー」

 相変わらず薄い絨毯の上でゴロゴロしながら、今度は雑誌を手にしている。

「ピザかー」

 おうむ返しにつぶやく私の意識は、夕食には向かず、部屋の中を転がっていた。

「なんか配達する人が可哀そうな……」

「あー、そうだねー、台風だもんねー」

 サイレンが通り過ぎていく。救急車かな。

「んじゃー、私がコンビニにでも行ってこよーかー」

 香澄がちょいと台の上から顔を出した。少し眠そうな表情。

 視線が合った。ルームメイトの顔を真正面から見たのは、思えばいつ以来だろう?

「……ううん。あとで、私が行ってくるよ」

「ほんとにー? やったー。ありがとー、由梨ー」

 香澄の頭が台の下へと潜った。

 また、電気がちらついた。



 外は嵐。閉ざされた部屋。クローズドサークル。

 切り離された世界に二人きり。

 壁にもたれかかり、クッションを抱きかかえて、私はふとそんなことを考えた。

 廊下は暗い。節電のため、いつも電気を消している。二人の自室もいまは真っ暗。世界中でこのリビングだけが光を放っている。外の狂乱とは対照的に、部屋の中は香澄が床をこする音と、ペラと紙をめくる音だけ。

 と、私の目は、香澄が仰向けになって読んでいる雑誌の表紙を捉えた。

「あれ、香澄、それってさ、」

「ん? あー、」

 よっ、と上体を起こす。バッと読んでいたページを私に向けて広げた。

「へっへっへー。こないだ偶々見つけたから買っておいたのだよー」

「……うわあ、恥ずかしいなあ。目の前で読まれるなんて」

「いいじゃん、いいじゃん、面白いよー」

「そう言われると、ちょっと照れるな」

 ぎゅっとクッションを抱きしめた。相変わらず、部屋はなんだか揺れている。

「ほー、反応がかわいーなー」

 ニヤニヤ顔のまま再び潜水。ゴロゴロ再開。

「もう……、香澄ったら」



 時計を見ると、もう昼時だった。時間が流れるのが早い。

「あ、痛っ」

 香澄のおでこがちゃぶ台の足に激突したらしい。上半身を起こし、手で患部を抑えている。ゴロゴロしてれば、そりゃそうなるわ。反動で台上のペットボトルが倒れ、香澄の方へと転がっていった。

「お、お水もーらいっ」

 あっという間もなく、香澄はキャップを開けたペットボトルに口をつけ傾けた。ごくごくと一気に飲み干す。

 私は、自分の顔が熱を持ち始めるのを感じた。

「ぷはー、って。あれ、これ、なんか甘いよー! なんで!? 透明なのにあまーい!」

 香澄は目を丸くしてラベルを見つめ、商品のCMみたいな口上を述べている。

「……フレーバー水っていうんだって。最近流行ってるっぽい」

「へー。知らなかったー」

 ん? と私の視線に気づいたのか、またもニタリ顔で、

「あ、今の間接だったねー」

 なんてことを口走った。

「えっ、あ、」

 うろたえすぎだ、私!

「愛いやつよのー。あー、こんな嫁さん欲しいわー」

 そんなことをつぶやくものだから、つい私は言ってしまった。

「じゃあ、……結婚する?」

 お、と動きを止めてこちらを見る香澄。空のボトルが台の上で倒れた。ポンポンと二三度跳ねる。そういえば、外がやけに静かだ。

「……そーだねー、できたらねー」

 言いながら顔をあちら側の壁に向けて、またも香澄は横になった。

「今のセリフ、いいんじゃない? 今度作品で使ってみなよー」

 返しがそっけないと思ったのだろうか、あまり気のない様子でそう付け加えた。

 部屋が、大きく揺れた気がした。

 創作系の仕事をする二人のルームシェアは、いろいろと刺激的だ。

 でも、二人で一緒にいる限り、岸にはずっとたどり着けないのかもしれない。

 渦巻く風の目の中で、なんとなく、私はそんなことを感じていた。

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